31 諦めることには慣れてます
「マイ・ゴールデン、夕食はお気に召さなかったかい?」
私が考えごとをしながら夕食を頂いてると、お父様が大きなダイニングテーブルの向こうから声を掛けてくる。
「ゴールデン禁止。返事しないって言いました!」
全く、このお父様は人の気も知らないで。悪い人ではないけれど、あまり私の気持ちを深く考えてくれない。
「こがね、そんなにパパにゴールデンって呼ばれるのが嫌なのかい? 小さい頃は喜んでくれてたじゃないか」
三才児の頃と高校生を一緒にするな!
「とうの昔にその呼称は好きではありませんと言いました!」
イライラが絶頂に来て、今までになくきつい口調になってしまった。するとお父様が青ざめた顔で慌て出す。
「おお、分かったよ分かったよゴー……こがね。お腹空いてなかったのかい?」
「そんなことないわ。ただちょっと考えごとを……」
「そうか、それならいいが。冷めないうちに食べてしまいなさい」
確かに夕食に出されているブイヤベースは覚めると美味しくないものの代表格だ。私は仕方なく手を動かしてスープを頂きながら考える。
なんのかんの言っても、このお父様だって私を愛し可愛がって、そして慈しんでくれている。私は向こうでもこちらでも家族の愛情には恵まれてるって思ってた。
だけどまさか私のすぐあとにお父様も死んでしまってたなんて。
先輩の婚約のこと、父の死、マルテスの死、国の滅亡。
全てが心に影を落として本当に気がめいる。
「ああゴ……ゴホン、こがね。来週から春休みだろう。その次の週末はパパの為に開けておいておくれ」
暗い気持ちでスープを
今一瞬ゴールデンって言おうとして誤魔化したの、気づいてるからね。
「お父様、この春休み中はこの前お話しした『生活指導委員』のお仕事がありますから、お昼はこちらにいません」
私がすげなくそう返事をするとお父様が少し怪訝な顔でこちらを見る。
「お昼って、別に春休みまでそんな仕事をする必要はないだろう」
「え、ええっと春休みもクラブハウスの見回りがありますから忙しいんですよ」
「まあ一日くらいは休みなさい。その日は
「勝弘って叔父様が?」
「ああ。まあお見合いってことになるのかなあ。パパは寂しいな」
「え? え? ええええ!?」
どうして突然そんな話が出てくるの?
「ほら、黄金も十六歳になったんだし、そろそろ婚約者の一人くらいいてもいいだろう。我が家の場合、やはり家同士のこともあるから君の将来を約束できるような相手を今から探すのは当然のことだ。とはいえパパは寂しい」
パパ寂しいはどうでもいいわよ。
どうしてそんなことを勝手に決めてきちゃうんだこの人は!?
「お、お断りしてください。今、とてもそんなこと考えられません」
「無理だよ。だって勝弘が言ってきたんだよ? お父さんが君に関することで勝弘に勝てると思う? それにこれは君の入学の条件の一つだったんだし」
「そんなの聞いてません!」
お父様は叔父様には頭が上がらない。
お父様はお金を、叔父様は教育を愛してる。
私のことでお父様が叔父様と言い争う場合、おおむね叔父様に理があってお父様が言い負かされるのが常だった。
それにしたって入学の条件ってなによ。なんで私の結婚が入学に関わるの!?
「え? 言わなかったっけ? あの学校は元々そういうお相手を探すのにも非常に役に立つからね。勝弘が君の様子を見て相手を選んでくれるって言ってたんだよ。まあとにかくそのつもりでいてね」
私にこれ以上問いただされるのが怖いらしく、私の夕食が終わっているのを確認したお父様は、言いたいことだけ言ってそそくさと部屋をあとにした。
なんて皮肉なんだろう!
独り部屋に戻ってベットに倒れ込むと勝手に涙が溢れてきた。
今日、初めてマルテスに対する自分の燃えるような感情を自覚して、理由を説明することも出来ない祝福を与え、そして謝られ。
その同じ日に先輩に婚約者がいることを知り、そして今自分自身もお見合いをするという。
お父様、きっと断れないんだろうな。
そして私もまた流されてもいい、そう思ってしまう。どの道今の私の気持ちなんてどこにも行き場がないのだから。
あんな激しい感情が自分の中にあったことを知ったその日のうちに、私はまたもそれを全て諦めるしかないらしい。
『自分の結婚一つ自分で決められないだろう』
数日前の先輩の言葉が耳に蘇る。
そんなこと言ったって先輩、フレイヤでもこがねでも、どの道私に自分の結婚を選ぶ権利なんてないみたいですよ。
私は心の中でそう言い返しておいた。
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