29 その忠誠が悲しいんです

「今日見聞きしたことを今の内にまとめておこう」


 お弁当を開けて「頂きます」と一言おいてから先輩が話し始める。私もお弁当を開いて中を覗く。

 今日は和風でまとめられてる。山菜おこわにさわらの西京焼き、ホタルイカと里芋の煮つけ、そしてふきとうの天ぷら。

 いい感じに私の好きな物ばかりだ。これなら疲れてても食べられそう。


「そうですね、これで犯人も分かりましたし」


 お弁当の中身を物色しながら私がそう言うと、先輩が片眉を上げてこちらを見る。


「ほう、では聞こう。誰が犯人なんだ?」


 え?

 そんなの先輩だってもう分かってるはずでしょ。


「メルクリ総督ですよね?」

「どうしてそう思う?」


 笹の葉に乗せられたおこわをお箸で一口取りながら答えると、先輩がすぐに聞き返してきた。


「え、だって……本人が言ってたじゃないですか。先輩のことは気にすることないって。長くない命だからって」

「ああ。確かに。僕の命を狙うのがメルクリ総督ともう一人の可能性は高いな。じゃあ君は?」

「え? 私ですか? それはだから……あれ?」


 よくよく思い出してみるとメルクリ総督はお父様を殺すとは言ってたし、水の祝福の祭祀を失敗させて私を嫁にするとは言ってたけど、私を殺すとは一度も言っていなかった。


「君を殺した犯人はまだ分からないままだ。かなりの情報を得られたからこれで効率的に動き回れるが、現時点で君を殺した犯人は闇の中だな」

「そ、そうですね。でも先輩を殺そうとする人が分かっただけでも良かったじゃないですか?」


 よく考えたら、まずはマルテスさえ死ななければいいんだよね。

 そんなちょっと卑屈なことを考えながら言ったからだろうか、途端先輩が眉を吊りあげた。


「君が殺されてしまったら僕には意味がない。君だってそれじゃあ君自身の転生を止めることは出来ないんだぞ? それに君が死んだあとのこともある」


 真剣な声でそう告げた先輩は、やけに悲しそうに私を見た。


「君には知らせまいと思って今まで黙っていたが、これ以上隠しても仕方がない。君の死後、水の祝福の祭祀は失敗し、君の御父上は命を落とされた」

「え……?」


 今夜のメルクリ総督の言葉から不穏な物は感じていたけれど、それでも突然知らされた父の死はやはり鋭く胸に突き刺さった。

 でもちょっと待って、なんで先輩がそんなことを知ってるの?


 顔に浮かんだ疑問を読み取った先輩が先を続ける。


「君は覚えていないようだけどね。君は今際いまわきわに僕に最後の祝福を授けてくれたんだ。おかげで君の死後、僕は残念なことにしばらく生きながらえてたんだよ」

「え、じゃあ──」

「心配するな。命が潰える時まで僕は君の亡骸のそばから片時も離れなかった。もう残り少ない命だからと君のお父上がお許しくださった」


 私の言葉を遮って続けた先輩の言葉に呆然とするしかなかった。


 なんてこと。

 死の間際まぎわ、この人は愛しい人の元へ向かうこともせずに私の側で死を嘆いてたの……


「ずっと君の亡骸の元にいたとは言え、聞きたくもない街の様子が食事を運ぶ者の口から伝えられていた」


 私の胸をえぐ悔恨かいこんの痛みをよそに、先輩が淡々と先を続ける。


「君の祝福を受けられなかった川はにごり、流された花は最後まで花開くことがなかったそうだ。皮肉なことに、僕が君の元に留まることを許可くださった君のお父上は、次の日に僕より先に亡くなられてしまった。祭家の恩恵を失った街には隣国から病が広がり、僕が人生を閉じるまでのほんの一週間弱の間に街は沢山の命を失っていた。あのまま続いたのであれば間違いなく国はかたむいただろうな」

「そ、そんな。なんで今までそんな大事なことを言ってくれなかったんですか!」


 なにができたわけじゃない。全ては時の彼方で決着のついてしまったことだ。だけどそれでも知っておきたかった。


 そんな想いで言い返した私に、先輩がまたあの苦しそうな顔で私を見つめる。


「……君が苦しむであろうことを知っていてなぜ言える? あの二人の話を一緒に聞いていなければ僕は最後まで言わずに済ませたかった」


 先輩が見せていたあの暗い表情はこのことが原因だったのだろうか。

 そう思うと胸が痛む。


「じゃあ、私が死ぬとあの美しい国もなくなってしまうかも知れないんですね」


 死ねない。これじゃあ死ぬわけにいかない。

 困ったなぁ。最初より目標が厳しくなっちゃった。


 先輩を見習って少し息を吐く。

 そうして胸の痛みを押し殺した私は、もう一度顔をあげてキッと先輩を見た。


「お父様を狙う者の正体を突き止められますか?」


 問いかけながら、自分でも雲を掴むようなあてのなさに私が少し顔を曇らせると、先輩が思いの外軽く頷いて答えてくれる。


「勿論そのつもりだ。まずメルクリと話していた相手だが、どうやら去年いざこざのあった隣国ドルトイとの戦線にソリス皇太子と一緒に参戦した者のようだ。しかも現在進行形でカスターナ地方の交易に口が挟める立場にある。そして君の御父上に何らかのうらみを持っている」

「すごい……!」


 私と違い、しっかりと敵を見据えていた先輩の観察力に思わず驚きの声が漏れた。

 それを聞いた先輩が苦笑いしながら続ける。


「これだけ情報があれば相手を絞りやすくなる」


 お弁当をつつきながら先輩がまた考え込む。

 お父様と私が祝福を行ったカスターナ地方はこの国の首都であるアテーナの街から西北にあたる貧しい地域だ。去年の春先、上流の土砂崩れの結果、泥炭が街の田畑に流れ込み、春の収穫がほとんど出来なかった。それをおぎなえるよう、特別に父と二人でおもむいて、夏の収穫が増えるように大規模な祝福を流してきたのだ。


 ただ、貧しい地域の人々だから、権威ある人間が無理強いすれば他国に作物を流してしまう可能性はある。

 だけどそんなことがあとから発覚したら、それこそ大事になってしまうのに。


「やはり明日君の御父上、テシ様にお会いしよう。テシ様ならばなにか心当たりがおありかも知れない」


 考えごとをしながら弁当を食べ終えた先輩が決心したようにそう言った。


「私も参ります」


 お父様とはしばらくお会いしていない。というか転移を始めてからまだ一度も祭祀でさえお会いしてない。ぜひこの機会に、という私の申し出はすぐに却下された。


「いや、君にはもう一つお願いしたいことがある。君はジュディス君とは仲が良かったよね?」

「……はい」


 ジュディスはメルクリ総督の息子だ。とてもあのヒヒ爺の息子とは思えない程内向的で優しい性格をしてるんだけどね。

 年齢が近いこともあって、以前は一緒に同じ言語学の先生のもとに通っていた。

 歳は向こうのほうが上なのに、気が弱いせいか私の弟のような存在だ。


「彼を屋敷に呼んで是非、彼の父親が水の祝福の祭祀になにか企んでいないか聞いてみてくれ」

「マルテスは一緒じゃなくていいんですか?」


 私の質問にマルテスが小さく笑いながら答える。


「まあ彼なら人畜無害だからな。今までも長く見てきているからよく分かっている。彼なら大丈夫だろう」


 私も全く同意見なんだけど。

 マルテスにまで心配されないのは、男としてジュディスが少し可哀想だ、なんてちょっと思いながらお弁当箱を片付けた。

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