25 パーティーは様子が怪しいです


「……ここ先輩のご実家なんですよね」


 馬車を降り、またも先輩にエスコートされながら入ったのは街はずれの広大なお屋敷だった。


「ああ、君も知っての通り我が家は代々戦士の家系だからな。有事に真っ先に派兵しやすいこの場所に屋敷を頂いている。だからこの同じ敷地内に親戚も数件住んでる」

「それにしても大きいですね」

「大きさだけが取り柄だな。こっちだ」


 先輩に手を引かれるままに奥へ奥へと進むと今日のパーティー会場の広間に着いた。まだ時間が早いこともあって人はまばらだ。

 床に敷かれた厚い絨毯の上にいくつものクッションがまき散らされ、その中心に、一人の美しい男性がクッションにうずもれるようにして半身を横たえていた。


「ああマルテス、こちらに来い」

「あれが兄のアウルスだ。また女ばかり侍らせてるな」


 マルテスの言う通り、そこには沢山の若い女性がアウルスを囲むようにしてやはり寝そべっている。

 これは別に妖しいパーティーなわけじゃなく、この国のパーティーは基本こうやってだらだらしながら天窓や窓越しに夕日や星をで、酒や貴重な食べ物を堪能たんのうするのが普通なんだよね。

 その証拠に、皆手にはお酒の入ったグラスを持って談笑してる。


「兄上、お話してました通り、フレイヤ様をお連れしました」

「ああ、僕の可愛い弟よ。それが君の目に入れても痛くない巫女姫か」


 真っ白い歯をこちらに見せながら、歯の浮きそうな言葉をさも当たり前のように言ってのけるアウルスとは正反対に、先輩マルテスが私の横で眉をひそめてる。


「ご冗談はおよしください、祭女のフレイヤ様に失礼です」


 ほんとマルテスは硬いよね。そこが良かったんだけど。


「初めまして。豊穣の祝福を司る祭女のフレイヤです。今宵はお誘いいただきありがとうございます」


 私が近くのクッションに座りながらテンプレ通りの挨拶をすると、マルテスがすかさず私が座りやすいようにすぐ横に座って寄りかからせてくれる。確かにこれは同席どうせきしたパートナーならば一緒に座る男性に求められる普通のマナーだけどさ。今更ながらこんな薄いトーガ一枚へだてただけでマルテスの硬い筋肉が背中に当たってつい顔に血がのぼってくる。


「おやおや。夜会にそんな硬苦かたくるしい挨拶はいらないよ。どうぞ楽しんで行ってくださいね」


 アウルスはそれだけ言って、すぐに女性たちとの会話に戻っていく。

 それに合わせて周りの視線も私たちから外れて、途端先輩マルテスと二人だけ、その輪から取り残された。

 お陰で余計、隣のマルテスの存在が気になって気が休まらない。


「どうしました、座りにくいですか?」


 そう言ったマルテスの腕が私の身体を支えるために私の腰を抱き寄せた。あまりに自然な仕草に文句も言えないし、誰もおかしいとは思ってないみたい。

 断るに断れず私はつい先輩マルテスをみつけた。

 すると、先輩マルテスがこちらに顔を寄せてボソリとつぶやく。


「役得だな。これは他の人間のところに座らせるわけにはいかなくなった」

「せ、先輩、この手いりません、自分だけで座れますから」


 私が身体を離そうとすると、反射的に硬い筋肉の塊のような先輩の腕がガッチリと私の腰を押さえ込む。


「なにしてる。フラフラするなって言っておいただろう」


 周りに聞こえないように気を使ってるのは分かるけど頼むから耳の中に直接喋るのやめて!


「ほら、一人目が登場したぞ」


 先輩の腕の感触が気になっちゃってぼーっとしていた私に、先輩が鋭い視線で入り口を指し示した。


 うわ、来るの分かってたけど見ただけで今すぐ逃げ出したい。


 そこにいたのはあのメルクリ総督だ。今日もなぜか自分の身長より長い毛織のトーガをズルズルと引きずりながら入ってくる。

 目ざとく私を見つけて挨拶に来るメルクリ総督に、私は今度こそ全力で逃げ出したい気分だった。


「おおフレイヤ様、なんと珍しい。フレイヤ様が夜会に出席されるなど初めてのことではないですか?」

「ええ、本日はマルテスのお兄様の招待ということで特別出席させていただきました」

「ならば是非、次は我が家で開かれるパーティーにもご出席ください、フレイヤ様のパトロンとして、フレイヤ様のお気に召す素晴らしい夜会を開いてご招待させていただきますから」


 私が逃げ出そうとしてるのに気づいてすぐ近くに座り込んだメルクリ総督が手を伸ばして私の膝に触ろうとする。それを目ざとく見つけたマルテスが何気ない所作で振り落とした。


「メルクリ総督。お酒もまだ頂かないうちからお酔いですか?」

「これはこれは。マルテス殿も今日はゲストとしていらしてらっしゃるのでしょう、少しぐらいは羽目を外されては?」


 メルクリ総督はそう言いながら新しく部屋に入ってきた若い女性たちを呼び寄せる。


「ああ、ファリスタ様の息女様、それにカタリヤ様の奥様、今夜もお美しい。こちらでマルテス殿とフレイヤ殿と相席はかな」


 そう言いながらわざとマルテスの横を指し示した。二人はパッと顔を輝かせて飛んでくる。メルクリ総督はそれを数回繰り返し、私たちの周りに女性ばかり呼びまくった。結果私が座ってる片側を覗いて、マルテスの回りが全て若く美しい女性に囲まれてしまった。

 メルクリの誘導もあれば女性たちの下心もあって、誰も私の周りには座らない。おかげでマルテスはその女性たちの対応でいっぱいいっぱいで、私がメルクリ総督ににじり寄られても今度は邪魔することも出来ない様子だ。


「ではフレイヤ様は是非ワシとお話を」


 そう言ってるのに、なぜかその手が私の膝に掛かる。

 メルクリ総督の私を見るねっとりとした視線にぞっとして声も出せない。

 それでも我慢してると、そのままその手がズズズっと太ももを這いずり上がってきて、そのあまりの気色悪さに、私はとうとう我慢しきれず唐突に立ち上がった。


「フレイヤ様どうされました」

「ちょ、ちょっとお手洗いに行ってきます」


 心配して立ち上がろうとするマルテスを、周りの女性陣がしな垂れかかるように取り囲んでるのが目に飛び込んできた。理不尽にも怒りが湧いて、思わず私はクルリと背を向けて、それをに独りで会場の隅へと駆け出した。

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