24 今日のマルテスはお客様仕様です

 その日は転移してみればすでにパーティー用の身なりに着つけられていた。

 とはいえ、普段から祭祀のたびに礼服を来てる私にとってはあまり変わり映えのない格好だ。装飾品だけがいつもより少し華美な程度。

 その上に化粧を施され、私が支度を終えると先輩マルテスが部屋にやってきた。


「準備は出来ましたか」


 他の小間使いが部屋にいる手前、本来のマルテスの口調で私に話しかけてきたけど、先輩マルテスの姿に目が釘付けになってる私はその違いにも大して気が回らなかった。

 通路の窓から差し込む夕日に照らし出されたマルテスは、今日はその緩く波打つ黒髪を後ろに撫でつけて結ってるせいで、綺麗な頬骨から耳への線が露になってる。


 普段から精悍せいかんな小麦色の肌にはオリーブオイルが塗り込められ、そうでなくても綺麗な筋肉の隆起がより強調されて独特の色気をかもし出している。

 決して他の軍人のようにガチムチなわけではないけれど、よく鍛えられた筋肉はまるで彫刻のように美しい。

 何層にもウェーブを重ねながらも身体にピッタリと沿うシルクのトーガは、マテアスの厚い胸板を微かに覗かせながら綺麗なドレープを描き、マルテスが動くたびにその脇や胸空き、足元などからもチラチラと男らしい身体を見せつけてくる。

 普段なら必ず最低限の防具をまとっているのに、今日は自分の実家の警護の騎士を伴うので彼自身はなにもつけていない。それでも腰に巻いたベルトに細身の剣だけは帯びていた。

 小首をかしげて私を見つめるその瞳は、いつものごとく深い紫の中に小さな輝きを秘め、私を真っすぐに射抜いぬいてる。


「時間には少し早いですが出発いたしましょう」

「は、はい……」


 見惚みとれて私がまともに応えることも出来ずにいるのを見て取ると、口角をフッと笑ませた先輩マルテスが私に歩み寄り手を差し伸べる。

 ここは社交のルールにって私の手を取ってエスコートしてくれる気らしい。

 普段とのあまりの違いに気後れがしてしまう。

 館山先輩の時に輪をかけて背の高いマルテスの手に、自分の手を軽く乗せて導かれるままに馬車へと向かった。


「山之内君、ちなみにフレイヤ様はダンスは出来たのか?」

「え?」


 馬車に乗り、二人きりになったところで先輩マルテスが少し心配そうに尋ねてきた。


「最近のパーティーでは音楽に合わせて手を取り合いクルクル回るような遊びが流行っているそうだが。思い出せる限り、フレイヤ様はあまり運動神経がいい方ではなかった気がするのだが」


 それは正解。

 祭祀に必要になるような舞踊ぶようは神に捧げるものだから、通常一人でゆっくりと舞うものばかりだ。ついでに言えば黄金こがねの時も決して人に威張れるような運動神経は持ち合わせてない。


「どちらかと言えば運動は苦手ですし、ダンスはちょっと怖いですね」


 大変控えめに私がそう言えば、マルテスが笑いをかみ殺しながらこちらを見る。


「そうだな。確か去年の体育祭ではどれもビリだった気がする」

「み、見なくていいのにそんなの!」


 ひどい、見てたのに尋ねてきたのね。

 人が一生懸命忘れようと頑張ってるのに、その一番思い出したくないことを平気で指摘するなんて!


「先輩はやたら女子の歓声を集めてましたね」


 それに引き換え、館山先輩はその高身長と普段から武術で鍛えた体躯たいくで、まるで体育会系エースのように点数を稼ぎまくってた。体育祭の間、珍しく先輩の歩くあとに黄色い歓声が聞こえてたのは言うまでもない。

 むろん、祭りのあとにはすっかり消え去ってたけど。

 私に指摘されても先輩は不敵にニヤリと笑うだけ。なんかちょっと悔しいな。


「ダンスも出来ないとなるとやはり僕の横にずっとついていてもらうしかないな。独りでフラフラしないように」


 なんだか遠足の引率の先生みたいなことを言われた。


「先輩こそ私をおいてチョロチョロしないでくださいね」


 言われっぱなしが悔しくて言い返してみる。


「ほら着いたぞ」


 だけど私の反論は綺麗に無視された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る