17 貴方に会いたくて
それからしばらく、私はなんとしても先輩に掴まらないよう逃げまくった。
先生経由で回ってくる呼び出し状は笑顔で受け取り、もちろん全部無視。
朝は誰もいない早い時間に学校に着いて始業時間ぎりぎりまで女子トイレにもり、昼休みはお弁当に変えてエミリちゃんと一緒に食べてトイレに立つのも必ずエミリちゃんと一緒。
エミリちゃんには迷惑ばかりかけてしまって本当に申し訳ないと思ってるんだけど、彼女はそれでもスパイごっこのようで楽しいと笑ってくれる。ありがたい友人です。
とはいえどんなに頑張ってても、
先輩の予定を全部知ってるわけじゃないし、鉢合わせしそうになったこともあったけど、そこは先輩が声を掛ける前にエミリちゃんが適当な理由を付けていつも私を逃してくれてる。
そんな攻防を続けながら逃げ回って今日で三日目。
逃げ回るのってすごく疲れる。
ずっと神経使って気を張りっぱなしだし、エミリちゃんにも悪いし。
そして極めつけが、見かけるたびに先輩の形相がどんどん凶悪になってきて、爆弾育ててる感が半端じゃない。
あれ、間違いなく呼び出しをバックレてる私への怒りからだよね。
おかげで胃が痛くなってくるし、ストレスで食欲は減るし、夜は眠れないし、本当にいいことない。
いい加減
そろそろ諦めて欲しい。
現実逃避気味にそんな事毎日お祈りしてたのに。
お昼休みの始まりの鐘が鳴ってすぐ、私たちの教室の後ろの扉がガシャーンとガラスの割れそうな音を立て、勢いよく開いた。
驚いて教室中の人間が視線を向けるその先には、館山先輩がその長身で扉を覆うようにして仁王立ちしてらっしゃる。
うわ、溜め込んだ怒りで先輩の能面顔に磨きがかかって
長身の美形が怒るとその
先輩から漂ってくる
そんな教室の様子は気にも留めずに、先輩が軽く教室内を見回して、私の姿を見つけると眼光鋭くロックオンとばかりに睨みつけた。
ひっと小さく悲鳴を漏らした私を見据えたまま、先輩が必要以上に目立つ綺麗な姿勢でズンズンと真っ直ぐ私に向かって歩いてくる。
私はと言えば垂れ流しの負のオーラと、その鬼気迫る勢いに気圧され、身動きもできないまま呆然と眼の前に迫った先輩の姿を見あげた。
眼前を覆い隠す絶壁のように私の前に立ちはだかったその天辺から、先輩が怒りを込めたおどろおどろしい視線で私を見下してる。
蛇に睨まれたカエルのごとく、微動だに出来ない私を前に、突然先輩がスッとかがんだかと思うと、あろうことか
「ぐへぇっ! ちょっ、な、何するんですか」
先輩の肩が胃の辺りに突き刺さって、乙女に許されない酷い声が漏れた。
「何度呼び出しても来ないから強制連行しにきた」
「せ、先輩下ろして!」
「却下だ。呼び出しを何度も無視するような者には実力行使もいとわん」
「そんなっ」
いや、せめてお姫様抱っことかさ、縦抱きとかあるでしょ、なぜ俵のように肩に担ぎあげることを選んだんだ!
こんなの、スカートの丈が危ないラインまで上がっちゃってるし、お願いだからやめて!
しかも先輩の長身で担ぎあげられると、普段自分の身体じゃまず経験出来ない高度からの視界になって、床が遠過ぎてかなり怖い。
だけど、軽々と私を担ぎあげた先輩は、安定のガッチリホールドで私を逃がす気はまるっきりないご様子。それ以上私が文句を言う間も与えずに、踵を返してまたもズンズン歩き出した。
私は慌ててスカートの裾に手を伸ばして何とかめくれないように必死で押さえる。
あまりのことに教室の中は完全に凍り付いたまま誰ひとり声もあげない。皆口を開けてただ呆然と立ちくしてる。
私たちの様子を無言で見守るクラスメートたちと、ちょっとだけ面白がってるエミリちゃんの顔が先輩の脇から逆さに見える。
そんなシュールな光景を見送りながら、こんなことなら自分から出頭すればよかったと、私はここ三日逃げ回ってた自分を呪わずにはいられなかった。
先輩が昼休みの生徒の行き交う廊下を私を抱えたまま無言で通り抜けたおかげで、歩く先々でまたも私は凍りついたように立ち尽くす生徒たちの、好奇心と
やっと生活指導室に到着したころには、私はすでに
無論、そんなもん、なれてないんだけどね……
私を部屋に担ぎこんだ先輩は部屋の真ん中でストンと私を下ろし、部屋の中を動き回って物の位置を少しづつずらしていく。
「な、何考えてるんですか! 今のは酷すぎでしょ! 少しは私の
「体面を考えるならとっとと呼び出しに応じてればよかろうに」
私を放ったらかしでなにやら独りでブツブツ言ってる先輩の背中に、思いつく限り私が文句を叫べば本棚に歩み寄りながら先輩が嫌味っぽくこちらを睨む。
「こんな目立つ方法で君を連れてくるはずじゃなかった」
そんなこと言うけど!
「全部先輩のせいじゃないですか!」
「いいから君も今日はちゃんと準備しろ。そろそろ始まる頃だろう」
「え、ああ! また勝手に魔方陣起動させてるし!」
「僕が起動するわけじゃない。君と僕がこの中心に立つことで充分な量のエネルギーが供給されてるだけだ」
「またそういやって祝福や魔力をエネルギーとかいうのやめ……あれちょっと待って」
前世ではこの点でよくマルテスと言い争ってた。
マルテスは全ての魔力や魔術、祝福のような特殊能力は根底では同じものから成り立っていて、全ては体内に蓄積されたエネルギーから発せられてるって考えだった。
神に仕える祭女の私は『祝福』は神のおぼし
でも、現代の黄金の得た知識を考え合わせると、悔しいけど先輩の考えの方が論理的に思えてしまう。
そ、そんな。
じゃあ私は何を信じて祭祀を執り行えばいいのよ。これって祭女としての私の原点みたいなものなのに。
そんな私の戸惑いを見抜いた先輩が少し苦笑いしながら私に歩み寄る。
「今は世界の真理など解き明かしてる時じゃない。それよりも君は今度こそ僕の上に倒れ込まない準備をするべきじゃないのか?」
「そ、それは……ってあれ? 先輩、魔方陣が間違ってます!」
「間違いではなく少し付け足しただけだ。もう少し長く向こうにいられるようにね」
「そ、そんなことしたら私のお昼が──!」
「そろそろ始まるぞ」
私の空腹をどうしてくれるのよ!
そう文句言ってやりたいのに。
ゆっくりと私の腰と頭に腕をまわし守るように抱きしめてくる先輩に、胸の奥がギュウッと締めつけられてた。
逃げ回ってたけど。
会いたくなかったけど。
結局私はこの人に抱きしめられても逃げ出せない。
それは決して転移する為だけじゃなく。
抱き寄せる腕の中から見あげれば、先輩がじっと私を見下ろしてる。その瞳はなにか言いたそうで、でもガンとして感情を閉じ込めてるようで。
それは昔ずっと私がマルテスの瞳に見ていたものとよく似ていて。
マルテスと先輩の顔が重なって見える。
先輩の表情とマルテスの表情が重なって見える。
それを見つめる私の胸に沸き起こる感情に、私はもう嘘がつけなかった。
ずっと貴方に会いたかった──
そして無言で見つめ合った私たちは、そのままゆっくりと光に包まれていった。
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