Chapter 5 ただ貴方に会いたくて

15 戻ってきちゃいました

 とても暖かい。あったかくて気持ちいい。


 身体がふわふわして、誰かがゆっくりと揺すってくれててすごく安心する。ゆりかごの中ってこんななのかな。


 優しい手が何度も頭を撫でてくれる。いい子いい子と撫でてくれる。

 首の辺りに柔らかいものが当てられてくすぐったい。あやされるような温かい手に撫でまわされて、今私、最高に甘やかされてる。


 その優しいなにかに抱きついて、与えてくれる優しさを全身でむさぼる。まだ前世の記憶を取り戻す前の幼いころのように、私はうっとりとその幸せと安全の心地よさを堪能たんのうしていた。


「ここまでしても起きないのなら、このままおそってもいいんだとみなすが」


 とてつもない問題発言が聞こえてきて、バッチリ私の目が開いた。

 声の主を見下ろすと、目前で舌舐めずりしてるギラギラとした先輩の目と目がガッチリ噛み合った。


 あ、これ猫が逃げられなくなった餌をなぶる前にする奴だ。


 冷静に馬鹿な考察をしてから視線を下げると私の制服のリボンが解けてる。ブレザーもブラウスもボタンが幾つか外れてて、ブラが一部見えちゃってる。もっと下まで目をやれば、先輩の片手がスカートの裾をめくりあげて、直にしっかり私の腰を支えてる!


「な、なに、なにが起きたの!」


 驚いて跳びのこうともがくのに、先輩の頑丈がんじょうな腕が容赦ようしゃなく私を抱きとめて放さない。


「は、放してください!」


 私が怒鳴ると館山先輩がコテリと器用に寝っ転がったまま小首を傾げた。


「なにを言ってる。こちらに意識が戻ったら僕を下敷きにしてた山之内君が自分から抱きついてきて僕を誘惑したんだろう。生活指導委員長の僕にこの部屋でここまで迫るなんて、山之内君は見かけによらず積極的だな」


 すっかり自分が押し倒されてるのかと思えばとんでもない、私ったら気づかないうちに先輩を押し倒してた。押し倒したというか先輩の腰の上に跨がって抱き着いてたらしい。


 どこをどうしてこうなった!?


「ぜ、絶対不可抗力、不可抗力です! 倒れたせいで乗っかっちゃっただけのはず!」


 あまりのことに混乱からフリーズしてしまった私の腰を、先輩の大きな手が両脇から包むようにキュッと掴んだ!


 待て、一体どこを掴んでるのよ!


「それで続きは? 君が動かないんだったら僕が動こうか?」


 気のせいじゃなく、そのまま私の下で腰を動かそうとする先輩に思いっきりダメ出しする。


「ストーップ! どきます! 今どきます! 動かなくていいですから! こ、このような行為は校則第三条イ『高校生としての品位を欠く』行動にあたります、つ、つまり校則違反でチェックメイトです!」

「よくもまあ、そんな備考のような校則までしっかり覚えてるもんだな。まあ君が生活指導委員をするうえでは非常に好都合だが」

「は? 今なんと言いましたか?」

「ああ、言い忘れてたけど君を次期生活指導委員長に推薦しておいたよ」


 さっきから面白そうにこっちを見上げてた先輩がしれっととんでもない爆弾を落とした。


「は~ぁあああ?」


 あまりのことに声が裏返ってしまった。


 ちょっと待って。この人、なに勝手なこといってるの!?


「生活指導委員長は指名制でね。一度指名されたら逃げられない。君の叔父様もきっとお喜びになられるだろうね」

「い、嫌です、絶対嫌! 嫌われ者の仲間入りなんてまっぴらごめんよ!」


 私が力いっぱい拒絶すると先輩が真っ黒な笑顔で見あげながら私をおどす。


「今の君のこの姿、僕が写真に撮ってないと思う?」

「ふえええ!?」


 焦りのあまり、頭の天辺からとんでもない声が湧きだした。そんな私の顔を見た先輩が、プッと吹き出して続ける。


「って言うのは冗談だよ。でもよく考えてみて欲しい。君が僕に無理やり生活指導委員長を押し付けられたとなれば、君が独りでちょくちょくここに出入りしても誰も怪しむ人はいなくなる。どうしても君が嫌だというなら僕が三年になった時点で適当に他の奴を指名するよ。それでどうだ?」

「わ、私がここにちょくちょく来るって……まさかこの転移を繰り返すつもりなんですか?」

「当たり前だろう。やはりこちらでは君の『祝福』の力でさえ減衰げんすいしてるようだ。この魔法陣を使っても長時間の転移は難しい。まあ想定内ではあるが転移先の時間進行度も確認する必要がある。なるべくすぐにまた戻りたい。君だって犯人を捕まえて転生をやり直したかったんだよな?」

「そ、れはそうですが」


 それはその通りなのだけど。

 一緒に転移する相手に大きな問題がある。


 幾らマルテスの魂をあちらに返す為とはいえ、こんな貞操に危機の迫る転移を繰り返すのは本当に正しい選択なのだろうか?


 顔を顰めて考え込もうとしてた私に先輩の非道な言葉が追い打ちをかける。


「選択肢、とかないからね。これはすでに決定事項だし、すでに推薦は通ってる。とりあえず、これから毎日お昼休みはここに寄るように」


 余りのパワハラ具合に声も出ず、私は心底あきれ果ててしまう。すると、今も下から私を見あげていた先輩がフッと妖しく微笑んで付け加えた。


「あと、そのキスマークは消える前に自己申告するように」

「へ、ふぇ!」


 言われて見下ろせば思いっきり開けた胸の合間、ブラの上に小さく赤いキスマーク!


「いやーーーー、信じらんない!」

「本当にうぶなままだな、君は。とても精神年齢が通算、二十六さ──」


 絶対に言ってはいけない乙女の秘密を口に乗せようとした先輩の声を遮るように、天井の高い部屋に思いっきり乾いた平手打ちの音が高々と響き渡った。


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