14 帰り道は危ない雰囲気
「……ねえ先輩、先程のソリス皇太子とのやり取りですが、前回より余計
「僕に聞かれても知らない」
皇太子が出ていったのを確認して横に立つ先輩マルテスに声を掛けた。
「いや、今のは完全に先輩のせいでしょう! あんな煽りあげちゃって」
「
勢い込んで文句を言う私を冷たい目で見ながらマルテスが冷静に答えた。
ああああ、確かにマルテスはこういうところもあった。変に職務に実直で馬鹿正直なところ。でもなんで今それを
あきれて口をパクパクしてる私に、スッと目の色を暗くして先輩マルテスがこちらを
「君こそ、間近に皇太子の美顔をガン見して
「ガン見なんてしてません! そうじゃなくてですね、さっきのは
「フレイヤ様に失敗などあるはずもない」
いや、私そんな完璧な人間じゃありませんよ?
すげなく切り捨てるマルテスに心の声は通じそうにない。仕方ないから説明を加える。
「そうじゃなくて! 少しばかり、はしたないところでも見せれば呆れて忘れてくれたのに!」
面と向かってはっきり文句を怒鳴り散らすとか、
「はしたないとはどんな?」
私がちょっとばかり後悔に沈んでいると、私のすぐ横に座った先輩が私の頭を抱えるように腕をまわして覗き込む。
「こんなことでもして見せれば良かったか?」
ふと気づけば私を覗き込む先輩マルテスの瞳が暗い。
あれ?
さっきから気になってたけれど、なぜマルテスはこんな暗い瞳をするんだろう?
私はそれがどうしても気になってマルテスの頬を両手で挟み込んだ。
「先輩、一体なにがあったんですか? さっきから先輩、やたら暗いんですけど。マルテスは冷徹に見えるほど落ち着いてていつも冷静でしたけど、決してこんな暗い瞳を見せる人じゃなかったはず。一体なにがあったの?」
私が不安と心配からジッと覗き込むと、先輩マルテスは一瞬その眼を大きく見開いて、でもその瞳からすぐに感情を全て消し去った。
「これでいいかい。君に心配されるようじゃ僕もまだまだ精神修業が足りないな」
「ちょ、ちょっと待って、そんな、感情を消せばいいってもんじゃないでしょ! 私はなにがあったのか聞いたんです!」
「君には関係ない。……さて、そろそろ祭祀を終わらせて来るといい。皇太子も流石にもう戻ってこないだろう」
追いすがって問いただそうとする私の手の中から先輩マルテスがスルリと抜け出す。
そのまま立ちあがって手を差し伸ばし、私の手を引いて立たせてくれた。
「それでは行ってらっしゃいませフレイヤ様。滞りなく祭祀が行われますよう、お祈りしております」
立ち上がればそこにはいつも通り、冷静な表情を顔に貼りつけた先輩マルテスがいた。
昔よく聞いた通り一辺倒な挨拶を言い渡されて、私はそれ以上食い下がることも出来ずにすごすごと後宮の
祭祀は滞りなく終わり、役目を終えた私は控室で待っていた先輩マルテスに連れられて馬車に戻った。
帰り道、気のせいじゃなく身体がだるい。
「山之内君、大丈夫か?」
「へ、平気です。なんか久しぶりに祭祀をやったからかちょっと疲れただけで」
あんな仮病を使った罰があたったのかな。顔をあげるのもおっくうだ。
「そういうが顔が真っ青だ。少し僕に寄りかかるといい」
「ひぇ!」
そう言って馬車の中の狭い椅子で私を横抱きにして自分の肩に寄りかからせる。
ちょ、これいくらなんでも近すぎる。
「せ、先輩、なに気軽に抱きあげてくれてるんですか、祭女はおさわり禁止!」
本当に禁止だ。
本来家族でさえ触ることが
「そんな馬鹿なことはもう忘れた。気分が悪いのにこんな揺れる馬車に座ってて楽になるはずもない。このまま僕の膝と腕の中でしっかり休むといい」
「や、休めません、こんな近くちゃ」
「近いと気になるか?」
へ?っと思った時には先輩の顔がすぐ目の前だった。
「気になるくらいならいっそ距離をなくせばいい」
馬車の外から差し込む月光が、先輩マルテスの紫色の瞳を妖しく輝かせる。
その瞳が接近して、それに見とれている間にふわっと柔らかいなにかが私の唇に重なった。あまりのことの成り行きに、しっかり目を見開いて先輩マルテスの目を見つめてしまう。
それはどれくらいの長さだったんだろう、柔らかい先輩マルテスの唇が数回私の唇を
「最後まで目を閉じなかったね」
そう言われて初めて、今、自分になにが起きたのかを理解した。
唇を……奪われた。祭女なのに!
油断した。
「な、なんてことを!」
「ごちそうさま」
「ひ、
初めてのキスを奪われたショックとこの上なくバクバクいってしまってる胸の高鳴りを、私は祭女の祝福問題で押しつぶした。
なのに全く動じた様子のない先輩マルテスが、
「なにを言ってる。この程度で祝福は消えない。疑うなら試してみればいい」
そう言って私の目の前で突然自分の指を咥え、躊躇なく指先を噛み切る。
「きゃ、マルテスなんてことを! 貸しなさい!」
思わずフレイヤの口調で命令してマルテスの手を取った。指先から
すぐに自分の身体から祝福が流れだす独特の倦怠感が肩から腕を駆け抜け、マルテスの傷は嘘のようにみるみる閉じていった。
最後に、その表面に残った血液をマルテスがニヤリと笑いながら目前で舐めとる。
「言っただろう。このくらいじゃ君の祝福は消えはしない」
「そ、そんな馬鹿な。だってキスなんてしたら絶対ダメだって……」
「まあ、年若い娘にここまでは大丈夫でここからはダメ、って言うのは効かないからな。公的には全てダメとされてるだけだ」
「マ、マルテスはなんでそんなことを知ってるのですか?」
祭祀にまつわることでマルテスが知っていて私が知らないことがあるなんて信じられない!
悪いけど、神殿や祭祀のことだったら私より詳しい人なんていないはず。マルテスにだってその知識では負けてないと思う。
私の問いかけにマルテスがちょっと苦笑を浮かべながら私をあやすように背中を撫でる。
「まあ、君が思うほど純正騎士の僕は純朴でもなんでもなかったもんでね」
「それってまさか!」
マルテス、実地で証明しちゃってるの!?
まさか、それってお相手は運命の想い人さん?
「まあ君の耳に入ってなかったのならばよかった」
「よ、よくないわ! 今知ったもの」
「そうだね。今、君は僕の口づけの味を知ってしまった。どうだった?」
そんなことを目を輝かせて聞かないで欲しい。私は悔しくてそっぽを向きながら答えた。
「知らない。あんなのもう忘れた」
私の声を聴いたマルテスがクククっと喉の奥で笑いながら私の背中を撫でる。
「まあ君にはまだまだ色々出来ることがあるのをこれから知ってもらえればいい」
「え」
「色々ね。祭女のままでも出来ることはあるよ」
先輩の妖しい瞳が近づいてくる。
またキスされる!
そう思って……でも避けられなかった。
さっきのキスを再現するように、数回重ねられたマルテスの唇の感触を最後に世界が回り出し、そこで私は意識を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます