13 逃げ出すはずが回り込まれました
「先輩、どうしましょう。このまま後宮に行くとまた第二皇太子に見つかって求婚されちゃうんですけど」
馬車が走り出し、騒音で声が聞き取りにくくなったところで先輩マルテスに詰めよった。
そうなのよ。この日私は、もうすぐ生まれる第八王子の無事な生誕をお祈りするために後宮に祝福を授けに行くんだけれども。
それを見学に来ていた第二皇太子が、何をどうしたことか、私の姿に一目惚れしたといって明日には求婚してくるのだ。
この国で
この国にとって国の繁栄を影から支える祭女の役割は、貴族同士の政略結婚や、下手したら皇太子の嫁取りなんかよりももっと重要なものなのだ。
それを無視して求婚してくる第二皇太子に国中が沸き立ち、禁断のロマンスだなんだといらない尾ひれ
「折角だからなんとか回避したいです」
スピードを上げる馬車に閉じ込められてもう逃げ場もない私は、それでも絞り出した涙を目の端にくっつけてマルテスを見あげながら必死に
「またそんな無茶を。僕は後宮の祭祀には参加できないから手伝いようがない」
そうなんだよね。でも。
「元を正せばこのせいで、第二皇太子があの日の祭祀に無理やり出席したじゃないですか。だから護衛に余計な兵士まで乗り込んで、人が多くてマルテスがいないことにも気づけなかったんです。これを変えられたら、もしかしたら運命も変わるかもしれないって思いませんか?」
この説得には少しばかり心を動かされた様子で、先輩が眉根を寄せて「一考の価値はあるな」とその瞳を
あ、こういう悪だくみにはこっちの先輩マルテスの方が頼りがいがあるかも。
後宮の門を抜け、その入り口に馬車が止まると、私は「申し訳ないけれども気分が悪い」と言って休ませてもらえるようお願いした。
すぐに後宮の女官たちが後宮中でも一番外側の賓客用の一室にマルテスと共に通してくれる。
思っていた以上に大事になってしまい、長椅子を用意した女官たちがやれ冷たい飲み物だ、ひざ掛けだ、と
「上手く行きましたね」
渋々ながらも皆が引き下がってくれて、先輩マルテスと二人きりになった私はやっと一息ついた。
これで一安心。
先輩マルテスのアイディアは単純だけど効果的。
本来今日の祭祀にソリス第二皇太子が参加するなんて予定はなかった。
あとで伝え聞いたところによれば、後宮にいる兄弟の様子を見に立ち寄った皇太子が、運悪く、すぐ隣の部屋で祭祀を行っていた私を見初めたのだそうだ。だからここでしばらく時間を潰してソリス皇太子が先に帰っちゃうのを待っていれば、自然と鉢合わせを回避できるはずなのだ。
先輩マルテスったら最高に腹黒……じゃなかった、最高に頼りになる。そう思ってたのに。
「祭女殿はこちらか?」
先輩マルテスと二人、時間つぶしに部屋の品定めを始めたところに、部屋の外からとんでもない声が響いてきた。
「ソリス皇太子、困ります!
「うるさい、国の大切な祭女殿がお倒れになったというのだ、せめてお見舞いを申し上げずに帰れるか!」
突然のお見舞いだなんて、なんて非常識なことを!
私が見るとマルテスも全く同様の迷惑この上ないって顔をしてる。
「先輩早く!」
とは言え、そんなのもほんの一瞬のこと。私はすぐに先輩を急き立てて椅子に座ってる自分の前に立たせた。
その陰で長椅子に置かれたクッションに背を預けて横になり、
「祭女殿、失礼いたします。お加減はいかがでしょうか? こちらに薬湯をお持ちいたしました」
チロッとクッションの隙間から覗けば、部屋に飛び込んで来たのは太陽のような若者だった。
光り輝く金髪は後ろを短く刈りあげられ、頭頂から額にかけて柔らかくカーブを描く少し長めの髪が高く張り出した額に落ちて神々しい縁取りをしている。
象牙のように白い肌には薄くオリーブオイルが塗りこめられていて、彼の引き締まった筋肉の隆起を浮きだたせ輝いていた。
武人らしく引き締まった顎の線は、無骨というよりはその甘くなり過ぎそうなマスクに少しばかりの
逞しい
全国の乙女が胸を高鳴らす美丈夫。
市民からは『日陽の皇太子』と呼ばれ、皇帝と同じ家名を名乗ることを許される数少ない継子、ソリス・クラウディウス第二皇太子殿下その人が、言葉通り薬湯の茶器を持った侍女をひきつれて部屋に現れ、私のすぐ近くに駆け寄り、こともあろうに長椅子に横たわる私の顔のすぐ前で跪いた。
「こ、こ、皇太子殿下! 少し馬車に酔ってしまっただけで本当に大したことはございません。本日の祭祀は滞りなく行いますので、どうぞ皇太子殿下は心置きなくお気をつけてお帰り下さいませっ!」
いくら祭女とはいえ、一国の皇太子を仮病で跪かせるなんて!
私が慌てて起き上がり、早口でまくしたてると、目の前で皇太子殿下がコテリと首を傾げる。
「祭女どのは思いのほか……若くてらっしゃるのですね。このような重大な祭祀に来られるといのでもっとお年を召した方を想像しておりました。私は軍に席をおく身ですからあまり国の祭祀には出席したことがなかったのだが。ああ……本当に、なんてお美しい。貴方のような方が祭女をされていただなんて」
しまった。つい起き上がった拍子に思いっきり視線を合わせちゃった。
途端、まるで高価な瑠璃の中に散った金箔が輝くかのように、ソリス皇太子の瞳の中にそれまでなかった艶っぽい輝きが
なんてこった。なんでこんな会ったこともない人が突然私に恋なんかしちゃったのよっと思ってたけど、これってまさかのギャップ萌えだったの!?
「祭女殿がこのように美しい女性だとは思いもいたしませんでした。まるで夜空に輝く金星のようにお美しい。流れる金髪はわが皇帝の高貴な血を思わせる。その極上のサファイヤのような瞳は私のような高貴な者にこそ相応しい。貴方はまるで僕を虜にするために
今『触れてはいけない』って自分で言ったよね!
じゃあそこでなんで求婚に繋がるのよ!
っともう少しで叫びそうになってる私の足を、思いっきり踵で踏みつけながら先輩マルテスが私たちの間に割りいるようにして前へ進み出てた。
「!」
「ソリス皇太子、どうぞお控え下さい。フレイヤ様はただ今ご気分が悪く、一度屋敷に帰ろうかと相談していたくらいです。申し訳ありませんが、今は本日の祭祀に備えて休ませて頂きたく存じます。そのようなお話は、後日改めて神殿のほうへご連絡くださいませ」
痛みで声の出なかった私の代わりにマルテスがキッパリと応える。
「君は誰だ?」
突然進み出て口をはさんだマルテスを、ソリス皇太子が厳しい目で睨みながら
だけど先輩マルテスは顔色一つ変えずに切り返した。
「『祝福の祭女』フレイヤ様の守護騎士を拝命する、マルテス・カーティウスと申します」
すると皇太子が「カーティウス家の者か」と呟いて、流石に黙り込んだ。
守護騎士の勲位は決して宮廷内では高くないが、祭女とともにある守護騎士は国の
「よかろう。後日改めてお伺いさせていただく」
そう言って、
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