Chapter 4 最初のチャンスかも知れません

12 最初のチャンスかも知れません

「ではやはりあの死亡シーンは祭祀の途中だったのですね」


まあ、そうじゃないかとは思ってたけど。


「ああ。君が最初の祝詞を終えて一旦控えの間に入り、そして出てきたところだった。僕は……すでに致命傷を負っていた」

「あれは誰にやられたんです?」


 マルテスの傷を思い出して、思わず怒りが口調にも出てしまう。


「分からない。僕は船に乗る前にすでに襲われていたからね。だから乗船が遅れたんだ」


 私の怒りとは対称的にマルテスの声は冷静で淡々としてるけど、待って!

 今聞き捨てならないこと言った!


「ちょ、ちょっと待って、まさかその時点で負傷してたの!? じゃあなぜ船に乗ったのです! すぐに救援を呼べばあなたは助かったのに」

「君が危ないのが分かっていてなぜ?」


 私の興奮がまるで伝わらない様子で、マルテスが「何を当たり前のことを」って顔で答えてくる。


「だったらせめて船に乗ってから助けを求めれば良かったのに!」


 私の怒りがまるっきり伝わってくれないことにイライラしながら、追いかけるように文句を言い散らすと、そんな私に先輩マルテスが軽く肩をすくめてみせた。


「君の大切な祭祀を邪魔するほどのことではなかったからな。君が控室に入ったところで説明しようと思ってた。それがまさか……」

「ウォホンッ」


 そこで突然、部屋の入口の外から聞きなれた咳払いが聞こえてきた。


 扉がないこちらの世界では、カーテンで部屋の入り口が仕切られてるので、こうして入り口の前で声をかけるなりなんなりして入室を乞うのが普通。

 だけど午後のこの時間は私の短いプライベートな時間だから、普通は誰も邪魔しに来ないんだけど。


「ああ、そう言えば。君のその装いは多分今日があの日だからじゃないのか?」


 驚いて飛び上がった私に先輩マルテスが小声で耳打ちした。


「あの日って……」

「後宮への呼び出し」

「あ!」


 確かにこの金の腕輪は一級の祭祀の装束だ。この時期にこの手の祭祀は一つしかなかったハズ。

 マズい、これ私たちが死んだ日以外では今年一番最低な日だ。


「マ、マルテス隠れさせてくださいませっ!」

「逃げようだなんていけませんよフレイヤ様。このような光栄なお誘いをお断りすることはなりません」


 窓から逃げようと立ち上がろうとした私を軽々と押しとどめた先輩マルテスは、前世と全く同じことを言いながら手早く私の装いを正して入り口へ声をかけた。

 外で咳ばらいをしたのは家臣のトルトスとお母様、ベネリスだった。


「フレイヤ様、どうされたのです? お迎えがお待ちですよ」

「まさか今日の祭祀をお忘れだったわけじゃありませんよね」


 二人に急かされながら準備を終えた私は、祭祀に必要な道具をマルテスに全部持ってもらって、慌てて屋敷の表へと急いだ。


「トルトス、ベネリス、見送りありがとう」


 この世界でうやまわれるべき祭女の私は、たとえ相手が母であってもベネリスと呼び捨てにしなければならない。

 久しぶりに見ることができた懐かしい母の姿に、内心飛びついてしまいたい想いでいっぱいだけれど、普段からフレイヤにはそんな振る舞いは許されていなかった。

 涙を飲んで、いつもどおりの挨拶を交わす。


「それでは行ってまいります」

「フレイヤ様行ってらっしゃいませ」

「フレイヤ、気を付けて行ってらっしゃい」


 私とマルテスが乗り込んだ馬車は、私たちを見送る二人を残して屋敷の前から緩やかに出発した。


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