10 思い出は生き残るために

「私、どうしても私たちを殺した犯人を突きとめたいんです」

「また君は突拍子もないこと言うな。一応聞いてやるがなんでだ?」


 思い切ってそう告白した私を先輩マルテスがさも面倒くさそうに見返した。

 そんなのお構いなしに、私は自分の意思をしっかり表しておく。


「理由は……あの世界に行きたくないから」


 私の言い方が悪かったのか、片眉を引きあげて意味不明と無言で訴えてくる先輩マルテスに、私は再度言葉を改めて説明する。


「私、こっちに転生したかったんです。あの世界は……私の世界じゃないから」


 ボソリと私がそうこぼすと、先輩マルテスが憐れみを込めた目で私を見た。


「君には……祝福があったからね」


 それもあるけれど。

 こちらに転生したかった個人的な理由は色々あったのよ。


 この世界を愛しているのはもちろん、てっきりマルテスはこっちに転生してるから、今後何回転生を繰り返しても二度と会えなくなっちゃうって思ってたし。

 たとえマルテスには心を通い合わせた『運命の相手』がいて、私たち二人が結ばれることは永遠にないのだとしても、私はせめてマルテスと同じ世界に生きていきたかった。


 だけど、事態は私が思っていた以上に深刻だ。

 私の転生に巻き込まれて先輩まであちらに魂が飛ばされちゃってる。

 このままだとマルテスは『運命の相手』と来世でさえ会えなくなってしまう。


 この十一年間、私も色々考えてきたんだけど。

 私が異世界に転生させられてしまったのは、巫女の責任を果たせずに最も重要な祭祀の中盤で死んでしまったからだと思う。


 全ては祭事を司りながらも責任を全うできなかった巫女わたしへの神罰なんだ。


 そう思ってなんとか受け入れようとしてきたんだけど。


 マルテスにはそんなの関係ない。

 マルテスまで一緒に転生する理由は全くないはず。

 もしかするとマルテスったら人一倍責任感が強いから、あそこで私を死なせちゃったことに変な未練が残ってるのかも。それでノコノコ私の転生についてきちゃってるに違いない。


 やっぱり私もマルテスも、あんな死に方、絶対しちゃいけないのよ!


 方法とタイミングはともかく、うまい具合にこっちに帰って来れちゃったからには、なんとしても犯人を事前に捕まえて事件を未然に防ぎたい。

 もしそれが無理なら、せめてマルテスを巻き込まないで自分独りで死なないと……


「そ、そうなんです。私どうしてもこっちの世界に生まれ変わりたいの。だからあんなふうに殺されて死んじゃうなんてのは絶対駄目なんです。なんとしても私を殺した人間を見つけなくちゃ」

「君は……本当に前向きだね」


 力説する私を先輩マルテスが少し寂しそうな瞳で見つめてる。その様子が不安になって聞いてみた。


「先輩は? 先輩は違うんですか?」


 ここに来たからには協力してもらえるって勝手に思ってたんだけど。


 ああ、もしかして先輩は今すぐ想い人のところにとんでいきたいのかもしれない。

 引き留めて申し訳ないことしちゃった。


 私が先輩マルテスの返事も待たずに勝手にそんな結論にたどり着いてると、先輩マルテスが聞こえるか聞こえないかのか細い声でぼそりと呟いた。


「僕は……君を救いたかった」

「え……?」


 苦しそうに答えた先輩マルテスの顔は、まさに以前のマルテスそのものの慈愛じあいに満ちあふれてる。

 私がその懐かしい眼差しについ見とれていると、マルテスがその優しい顔をフッと自虐の笑みに歪ませ、暗い熱のこもった鋭い視線で私を射抜いた。


フレイヤ様きみを死なせてしまうなんて、僕は一体なんのための守護騎士だ? なんのための巫女の戦士だ?」


 やっぱり! マルテスは私の死にいらない執着を持っちゃってる!


「だ、だってそれは……私たちはあの日ハメられたんでしょう? そしてマルテスせんぱいだって死んでしまったじゃないですか。あなたは命を懸けて守ろうとしてくれたのになにを後悔するのですか?」


 つい……フレイヤの口調に戻ってしまった。すると、マルテスも同様にあの日のような情熱を込めて私に言い返す。


「貴方の命を失ってしまったら意味がない」


 そう言って私を見つめる先輩マルテスの目には重く暗い情熱がたぎってる。


「今度こそ。必ず貴方をお守りします」


 力強く、それでいて昔のように距離のあるマルテスの物言いが、私を少なからず不安にした。

 そんな私のかすかな動揺どうように気づいたかのように、私を見つめる先輩マルテスの目元が優しく緩められる。

 伸ばされたマルテスの手が優しく私の頬に添えられて。

 マルテスの澄んだ紫の二つの瞳に吸い込まれるような気がして、どうしても目が離せなくて。

 見つめ返す私の顔に、マルテスの顔が急接近して──


 もう、マルテスの額の髪がかすりそう!


 そんな距離まで近づいてきたところで、突然マルテスがピタリと動きを止めた。

 数秒の間、ジッと私を見つめていた先輩マルテスが、ふぃっと顔を横に背けながら続ける。


「だからあの日のことをもう一度話し合おう」


 ぶっきらぼうにそう言った先輩マルテスは、私の頭をまるで子供にするかのようにポンポンと数回叩く。


 い、今のはマズかった。なんか昔に引き戻されてついこっちまで引き込まれちゃうところだった!


 頭のうえを気安く叩かれる感触にやっと我を取りもどした私は、慌てて頭を巡らせて聞くべき本題をマルテスにぶつけた。


「そ、そうですよ、それであの日一体なにが起きたんですか?」

「……君はなにを覚えてる?」


 私の問いに先輩が質問で返す。私は手繰たぐり寄せるように古い記憶を引っ張り出してきて話し始めた。

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