9 私だって頑張ってました

「それで。君の最近見る夢はそのひとつだけなのか?」


 先輩マルテスも前の話題を蒸し返す気はないらしく、きっぱり放棄して元の話に戻ってきてくれた。

 そりゃこれ以上自分の赤ちゃんプレーをほじくり返されたくはないわよね。


「はい。ただですね、ひとつあるということは他にも抜けている記憶があるのかも。事実、あの夢の直前、自分がどうして死にかけたのかまるっきり思い出せませんし」

「…………」


 先輩マルテスが急に黙り込んだ。それって──


「先輩、もしかして覚えてるんですか?」

「まあな。……本当に知りたいのか?」


 先輩が少し辛そうに尋ね返す。

 そりゃそうよね。私が死にそうになった時って先輩も死にそうになってた時だもの、思い出したくないに決まってる。


「先輩が嫌ならいいです……って本当なら言ってあげるべきかも知れませんが。教えてください。これ、真面目に死活問題ですから」

「死活問題って……」


 なに言ってるんだ、って顔で見返してくる先輩に、私はきっぱり宣言する。


「私、死にたくありませんから」

「え?」

「先輩、あの部屋に転移送還の魔方陣描いてらしたでしょ?」

「……気が付いてたのか?」

「思い出しました」


 マルテスったら本当に優秀過ぎるのよ。

 だって騎士の癖に魔法も使えてしまうんだもの。


 私も彼も神殿に務める以上、祝福と魔術に関しては一通り習得してる。

 あれはまあ一般的な『帰還の魔法陣』を机や壁際の本棚、窓の陰なんかを使って再現した代物だった。だからあんなに散らかってたのになにか懐かしい気がしてたのよね。

 『正方形の部屋』って時点ですぐに気づくべきだったのかもしれない。


「先輩の魔方陣、なんで今まで動かなかったんでしょうか?」


 まあ、普通に遠距離から帰還するのと、異世界から帰還するのではまるっきり違うのかも知れないけど。そんな事を考える私とは全く違う返答を先輩が返してくる。


「思うに、僕に魔力がないからじゃないかな?」

「え? ないんですか!?」

「ああ、言ってなかったね。館山たてやま朝火あさひとしての僕にはまるっきり魔力がないよ」

「そ、そうだったんですか」


 なんか意外だ。あんな魔王様みたいな顔してるくせに。


「ああ。だけど君の話からすると多分僕も二十四歳になれば魔力が戻るのかもしれない」

「ああ、なるほど。先輩はまだ自分の死亡年齢になってなかったんですものね」


 そう言ってから思い出した。マルテスは確か戦闘魔法専門で破壊力抜群の魔術使いだったはず。


「でも先輩の魔力、正直向こうでは無敵になっちゃうから発現はつげんしないほうが無難ぶなんですね……」

「僕があちらの世界で魔法なんて使うと思うか?」

「……思う」

「良くわかったな。人にバレるような使い方はしないから安心するといい」


 ニヤリとマルテスが見たこともない悪い笑みを浮かべた。


 その笑顔、真っ黒だよ。腹黒さがにじみ出てるよ。


 話せば話すほど、私の思い出のマルテスとのギャップが開く一方で悲しくなってくる。

 でも。


「先輩、それ私の祝福だけが原因じゃないと思います」

「ん?」

「転移送還の魔方陣、私もすでに試してましたから」


 そう。私だって帰りたかった。なんとしてもこの世界に戻ってきたかった。

 だから、思い出せる限り、試せることはすでに全て試してた。


「こっちの世界の魔術式なんて一番最初に全部試しました。その他にも白魔術、黒魔術、神式、仏式、教会式。ブードゥー、ネイチャー・チャネリング、チベット密教、陰陽師式。ネット小説に詳しい友人に教えてもらってコンビニから買い物して出てみたり、怪しいドア開けまくったり、階段から落ちてみたり。流石に死ぬのは最終手段としてまだ試してませんが……」

「君、よっぽど本気でこっちに帰りたかったんだな」


 先輩マルテスがちょっと呆れた顔してるけどね。こっちは必死だったのよ。


 学生の分際で手の出せる文献は全て試した。

 巫女なんてやってたお陰で、胡散臭うさんくさいまじないと、本当に効き目のありそうなリチュアルの違いはなんとなくカンで分かった。

 だから手に入れられた信憑性の高い文献ぶんけんにあったリチュアルは全て試して失敗して。


 もうあとは海外の特殊文献に賭けるしかない、そう思って成績上げて海外の大学の研究チームをねらってたのに。

 それが、こんな思いもよらぬタイミングでこっちに飛ばされちゃって、正直気が抜けてるのなんのって。


 いいえ、どうやって来れたのかはこの際問題じゃない。

 とにかくこちらに来れたからには……!


 私はキッと先輩マルテスを見据えた。


「折角こちらに来れたからには私、この世界にやり残したこと始末します」


 決意を込めてそう言った私を先輩マルテスはさも厄介そうに見返した。


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