8 お互い様、って言わないで


「それでずっと自分はフレイヤの記憶を全て引き継いだって思ってたんですけど。それからもたまーに新しい記憶の夢を見てて、まるで忘れ物が届くように新しい記憶がちょこちょこ追加されてたんですが」


 ちょっと気を良くしながら続けた私の言葉に、先輩マルテスの目が光った。


「ここ数年はすっかり落ち着いて、もうこれで全部かなと思ってたら、十六歳になったその日からまた夢が始まっちゃいまして」

「詳しく聞かせろ」

「詳しくって言ったって、本当に短い夢なんですよ? 多分死の直前五分ぶんくらい」


 私の説明を聞いたマルテスの私を抱える腕に力がこもった。


「すっごく顔色の悪い先輩が……マルテスが私を看取みとってくれる夢です」

「君は……あの時を夢で見たのか」

「見た、じゃなくて見るんです。毎週、毎週。もう……」


 グッと言葉に詰まった私の様子に、先輩マルテスの顔色が少し青ざめて見える。

 だけど私はたまりに溜まった鬱憤を晴らすがごとく、勢いよく吐き出した。


「もうしつっこくて! 死にかけの土気色の顔なんかより、もっと犯人の顔とか健康だった時の夢でも見せてくれればいいのに」


 気遣うように伸ばされた先輩マルテスの手が、突然空中でピタリと止まった。


 あれ? 今度はすごくがっかりしてる。


「……山之内君。申し訳ないが君、かなりフレイヤ様とは性格が違う気がするのだが?」

「え? そんなことありませんよ。私昔からこんなでした……って、あれ? そう言えばマルテスの前では私、結構猫かぶってたかも?」


 でもしかたないじゃない。

 だって憧れの騎士様の前で猫を被らない娘なんている?


 そう思いつつも泳いでた視線を戻せば、先輩マルテスのじっとりとした視線がこっち向いてた。


「君、さっきはよくも自分のことを棚に上げてあれだけ嘆けたものだね」


 あれ? あれれ?

 もしかして私は私で営業用フレイヤしか見せてなかったの?

 うう、これはマズイ。話題転換。。


「わ、私のことなんかより、先輩はいつから記憶が戻ってたんですか?」

「最初からだ」

「え?」

「生まれつきマルテスの記憶があった」

「ず、ずるい!」


 私は五歳の時点ですり合わせるの凄く苦労したのに!

 そう思って言い返した私に、先輩マルテスが困ったように先を続けた。


「……僕は生まれてすぐ蘇生そせいされたんだよ」

「え?」

「転生の影響で死にかけたのか、死にかけたから転生前の記憶が戻ったのか。生まれてすぐICUに入って生死の境目を一か月くらい行き来してたらしい。最初の一年くらいは記憶があってもまるっきり思考が安定しなくて、まあおかげで羞恥しゅうちもあまり感じずにすんだ」


 あ、そうだわ、最初っからって……


「二十四歳で赤ちゃんプレ……ムガッ」


 言おうとした途中で先輩マルテスに鼻先を摘ままれた。


「君は確か山之内財閥のお嬢様だって聞いていたのだが、一体どうしてそう下品に育ったんだか」


 な、自分のこと棚に上げてなんてこと言うのよ。


 とは言え自分でも自覚はあるのよね。

 成金だって三代目ともなればそれなりに良い育ちなんだから、もう少し取りつくろって育つはずだったんだけれど。

 実はこれ、フレイヤの方の地だったりする。


 フレイヤは確かに家も代々祭家さいけだったし、生まれは非常に良かったんだけど。

 なんせこの世界、侍女じじょたちとの付き合いはすごく近いのよね。

 私の家はお父様も祭司さいしだから一年のほとんどを神殿に捧げちゃってて帰って来ないし、お母様はお父様の代わりに社交に務めててあまり家にいないし。


 二人ともく優しいし一緒のときはそれは素敵な家族だけど、それ以上に侍女たちとの生活のほうが濃かったのよ。

 特に最近は。


 だって年頃なのに恋愛は祭女の私には体験できないし。

 あ、祭女は処女必須だから。結婚は三十歳になって引退するまで出来ないの。

 これここの常識。


 だから恋は許されても恋愛は出来ない。

 どんなにマルテスに恋しても、それは決して表には出してはならない私だけの秘めごとだった。

 周りにいた侍女たちはもちろん気づいてたけど、絶対指摘しないし知らんぷりしてくれてた。

 だからと勉強の合間の侍女たちに交じってのガールズトークが私の唯一の楽しみだったのよ。


 無論、皆も私から騎士として私と一緒に行動してるマルテスの裏話を聞きたがったし、結局皆に混じってかなり色々突っ込んだ話もしちゃってた。

 お蔭で幸か不幸か、マルテスには神託を受けたすごく素敵な『運命』の想い人がいる、なんて聞きたくないことまで聞いちゃったんだけどね。


 ふと見ると、先輩マルテスが黙り込んだ私をまだ睨んでた。

 本当は今すぐその想い人のところに会いに行きたいんじゃないのかな。

 なんて、まさかマルテスにそんなこと言うわけにもいかない。


「先輩には負けますわ」


 私はそれこそ特上の営業用スマイルをかかげてそう答えておいた。


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