Chapter 3 思い出は生きるために
7 私、実はちょっとした過去持ちです
五歳の誕生日の夜、それは突然始まった。
お父様が開いてくれた盛大なお誕生会の最中、突然頭を抱えて苦しみだした私は、慌てるお父様に抱えられてそのまま系列の病院に運ばれたけれど。
有名なお医者様たちがどんなに検査してもなんの問題も見つからない。
そりゃそうよ。だって変化は内側で起きてたんだから。
その頃、私の頭の中にはまるで濁流のようにもう一人分の人生の情報が流れ込んでた。
まるっきり他人の経験、しかも今現在の自分の年よりずっと先の経験までが、一切の
不快だと思う自分への、不審、困惑、
しばらくの間、私の記憶は完全に混乱してたし、
それでも諦めずにお医者様が熱を下げる努力を続けて下さったお陰で、一週間が過ぎた頃、ようやく脳内のバランスを取り戻すことができた。
熱が冷めてみると私は『黄金』と『フレイヤ』、両方の人生の経験をしっかり自分の記憶として認識できてしまってた。
突然、世界が違って見えた。
私の生きてた世界とこの世界はあまりに違い、常識も良識もすべてが根底から組み立て直された。
だけど、たとえ現実の身体が日本生まれの五歳児だったとしても、心情的には十六歳の時の私の気持ちのほうが歴史が長い分、比重はそちらに傾いていた。
とても悲しいけど、世界が少し色あせて見えた。
五歳児が本来なら味わうはずの新しい発見も経験も、どこか一枚フィルター越しに感じるようになってしまった。
そして思い出すのは、自分の住みなれた、あの美しい世界。
祝福に溢れた森と大地と海の世界。そして私の愛する人々──
たとえ以前と全く同じ身体に戻れなかったとしても、今すぐあそこに戻りたいという強い望郷の念が常に私を抱きしめ続けた。
最初はなぜ自分がこんな世界に飛ばされてしまったのかと嘆き苦しんだ。
お父様に訴えてもお医者様に訴えても、熱の影響で意識が
今思えば、相手にしてもらえなくてラッキーだったのかもしれない。
そうじゃなければ虚言癖でも疑られるところだったのかも。
そしてそれから『黄金』としての幸せな日々が過ぎていっても、私はどうしてもこの世界へ戻る夢を捨てることが出来なかった。
な~んて、綺麗に締めくくれればいいんだけどね。現実はそんな綺麗なもんで終わってくれなかった。
五才児の身体で十六歳の自我は正直色々ひどかった。うん、結構な恥辱プレーだった。
お父様と一緒のお風呂は即日却下した。
だっこからハグしてキスも禁止。
部屋にノックなしで入ったら口きかないと覚えてくれるまでしっかり躾けた。
娘が急に冷たくなったと騒ぐ父を
幼稚園の恥ずかしいお遊戯だって、ムービーを撮ると張り切って最新のスタジオシステムまで持ち込むお父様の手前、逃げ出すわけにも行かなかった。
ピチピチのスクール水着や短パンも、生前の常識じゃとても考えられない格好だったけど、私一人が着ないなんて言えなかったし。
最後は「身体は子供だから」と諦めた。
まあ、そう悪いことばっかりでもなかったんだけどね。
思い出した前世の知識なんて現代日本じゃほとんどなんの役にも立たなかったけど、勉強自体は凄く楽だったのよ。
だって実は私、前世でも結構な『
あ、違った。
『
『巫女』ともいえるかな?
もしかすると女神にも近いかも。
私の生きていた前世の世界では、神の力を分け与えられ、神々に代わって人々にそれを授けることの出来る選ばれた者が、少数ではあるけれども私を含め実際に存在してた。
皆は尊敬と敬意をこめて私を『豊穣の祝福の祭女』と呼んでいた。
まあとにかく、ちょっとばかり偉かったわけですが。
その裏では容赦ないスパルタ教育を受けてました。
だって文字は
祝福を司る者の責任として、ありとあらゆる言語を学んで史実を覚え、詞とか歌、踊りに楽曲とかも習ってた。
要は、勉強する習慣を幼いときから嫌ってほど叩き込まれてたわけなのですよ。
私は別に天才なわけじゃないけれど、お陰様で学校の勉強で困ったことは一度もない。
別に机に齧りついて勉強してたわけじゃない。脳が柔らかいうちに先へ先へと先回りして、教科書や参考書を一気に終わらせたから単に吸収効率が非常に良かっただけ。
そんなわけで、実は私、大学の一般教育程度までは中学生の時点で全学科一通り終わらせてる。
だから正直、高校の期末試験は怪しまれない程度にちょっと手を抜いているくらいなのだ。
最近の目標は赤い背表紙の本の全校制覇と資格試験。
そしていつの日か、世界の古文書を自由に手にできる職業に就き、なんとしても異世界に戻る道を探るのだ──!
「っとこんな感じでした」
駆け足に私が辿ってきたこれまでの歴史を説明し終えると、先輩がなぜか地味に落ち込んだ。
「十八年かけて、箱入りだったフレイヤ様と同程度にしかことを進められてない自分が
まあ!
ひどい言いがかりよね。
でもよく考えたら、八歳も年上だったマルテスと同程度だったのなら、私けっこう偉いかも。
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