TSっ娘と親友のあの日の夢

「朝陽?」


 一月も下旬に差し掛かりそうな頃。

 偶然出掛けたその日に限って顔を会わせたくない人に会う、なんて事は良くあると思う。

 オレは七海 朝陽ななみ あさひ。現在高校一年生。とある事情で外出は控えるようにしていたが、病院の帰りにどうしても欲しい物があった事を思い出して寄り道したのが良くなかった。


 オレの名前を呼んだのは鹿野 伊月かの いつき、中学生からのオレの親友だ。その目はまっすぐオレを見ていて、何かを伝えたがっているようであった。

 親友なのに会いたくなかった、というのは喧嘩をしたとかそんなレベルではない。そもそも、向こうはこっちの事が分かる筈がないのだ。絶対に。


 それなのに、街中で親友っぽい人を見つけてしまって気付かない振りをして通り過ぎようとしたのに。横切る瞬間にあいつがオレの顔を見て名前を呼ぶから、オレも足を止めて伊月の顔を見てしまった。

 反応してしまったからには、どうしたもんか、と悩んでいると伊月の方から声をかけてきた。


「あ、いや、すみません。人違いでした。最近姿を見ていない知り合いに似ていたからつい……。メッセージのやり取りはしているんですけどね」

「そうか……そうだったんですね」


 出てしまった男口調を訂正するように言い直す。丁寧口調なら中性的だし大丈夫だろう。

 ……親友に丁寧口調を使っているのも中性的な物言いを使っているのもなんだか身体がムズムズしてくるな。


「そもそもあいつは男であなたは女性なのになんで見間違えたんだろう……あっ、あなたが男っぽいとかではなくて!」


 伊月の言う事はある意味間違っていない。

 オレは三週間前、前触れもなく急に倒れて次に目を開けた時は女子になっていた。意識がなかったのは一週間で、起きた後は検査やリハビリ、女の身体についての説明なんかでさらに一週間入院。

 退院してからは自宅で療養兼、女として通常の生活に慣れる為の期間……となっているが、部屋で引きこもっているだけであった。学校もどうするかオレと親と学校側とで協議中で登校できないし。

 で、今日は退院して一週間の経過観察という事で病院で検査を受けてその帰りに親友と出会ってしまったわけである。


 入院中は面会謝絶だったし、退院してからもメッセージでのやり取りはしているけど、直接会ったり電話とかはしていない。

 だって……だって、男が女になるだなんて、現実感があまりにも無さすぎるのと、女になった自分が受け入れて貰えるのかが怖くて、つい本当の事を言うのを先延ばしにしてしまっている。

 いつかは言わないといけないと思っているけど、仲のいい親友に「男なのに女になるだなんて気持ち悪い」などと拒否される可能性があると動けなくなってしまうのだ。


「ねえ、い……キミ、初対面の女の子に対して失礼な事を言ってる自覚あります?」


 伊月の顔を見上げて微笑みながら言う。今度は知らない筈の伊月の名前を呼ぶところだった。危ない。

 伊月と同じくらいあった身長も20cm近く縮んで155センチになり、細身ではあったものの適度に引き締まって筋肉質であった全身はさらに細く、ぷにぷにとしたものに、顔は男の時のオレの面影を残しつつ、やはり年ごろの女の子と呼べる優しい印象になった。


「そ、そうですね、初対面の女の人に何言ってるんだろ俺は……。本当に失礼しました」


 いくら面影があると言ってもそもそもの性別や背格好が違うのだ。これで男の七海 朝陽との七海 朝陽を結び付けた伊月はオレの事を良く見ていたのだろう。

 こんな変わってしまったのに、どこかでオレだと感じた部分があるのが何だか嬉しくて、自然と笑みが浮かんでしまう。


「ふふ……新手のナンパだとしたら、もっと上手くやらないと誰も引っ掛かってくれませんよ?」

「ナンパではないんですけどね。あ、でもこんな変な事言ってる男と普通に会話してくれるって事は、もしかして脈ありなんじゃないですか?」

「バカな事言わないでください。呼び掛けられた時に見たキミの顔が寂しそうなのと、何か言いたそうな雰囲気でただ事じゃなかったから、ちょっと話を聞いてあげてるだけです」


 他人としてではあるけど、久しぶりに伊月と話しているのは凍っていた心が暖かくなっていくのを感じる。

 あれだけ逃げていたのに、いざ出会って会話を始めるともう少し、あともう少しだけ、という気持ちが湧き出てしまう。


「俺、そんな酷い顔してました?」

「してましたよ、迷子になった息子を見つけたような父親のような感じでした」

「うーん……心情としては間違ってないだけに何も返す言葉がないですね。遠目から見たあなたが知り合いにそっくりに見えたんですよ。それで近付いてみたら顔もなんとなく似てるなって思ったら背丈が全然違うっていうのも気にしないで、つい名前で呼んでしまいました。」


 そりゃあそうだ。

 今着てるコートは男の頃から使っているものでブカブカなのを無理やり着ているようなものだし、サイズ感を除けば遠目から見たら見間違えてもおかしくはない……のか? どうなんだろう。


「そそっかしい性格なんですね」

「普段は落ち着いているってよく言われるんですけど。でも、テストとかではケアレスミスが多いので、確かにどこか抜けているのかもしれないですね。」


 この前テストの答え合わせとかした時、確かにおっちょこちょいみたいなミスが多かったっけ。

 また一緒に遊んだり勉強したりできるようになるのかな。何だか目頭が熱くなった。


「ちゃんと見返さないと、そのうちもっと大切なものも落としちゃうかもですよ?」

「そうですね、気を付けます。……また変な事を言うんですけど、こうやってあなたと話していてもなんだかあいつと話しているような気がするんですよ、おかしいですよね」


 おかしい事はない。伊月の言う「あいつ」と目の前話しているオレは同一人物でなのだから。初対面の相手なのに、"オレ"を見つけてくれている事がまた嬉しく感じてしまう。


「……そんなにその知り合いの事が心配なんですか? メッセージだけとはいえ、連絡は取れてるんでしょう?」


 初対面、さらに言えば赤の他人としては踏み込み過ぎな質問だったかもしれない。でも聞かないといけないと思った。


「そいつね、急に倒れて最近……一週間くらい前に退院したらしいんですよ。でも、倒れた原因は言ってくれないし電話しても出ないでメッセージで用件を言ってくれって返ってくるんですよ」

「はぁ」

「何も教えてくれない、声も聞けない。それじゃ実は退院してなくて、俺に心配させないように嘘付いているんじゃないかって」


 そこまで考えていたのかと思わずにいられない。こっちの気持ちが整理が付かず、先延ばしにしていたのが申し訳なくなってしまった。


「あいつ……朝陽は大丈夫って言うから信じようとは思っているんですけど、どうしても悪い考えがよぎってしまって、朝陽の影を追っていたんだと思います。それで、あなたにも声をかけてしまって、こんな話までしてしまいました。本当にご迷惑おかけしました。」

「い、いえ、聞いたのはこちらですから。こっちこそ無理に聞いてしまってすみませんでした」

「結局話すって決めたのは俺なので。それに、あなたに話したい、聞いて貰いたいと思ったんですよ。なんででしょうね」


 ……なんででしょうね。


「お……わ、わたしが言う事ではないと思いますが、そのお相手の事をもっと信じてあげてください。あっちも何か事情があってメッセージだけのやり取りをしているのでしょうし。覚悟ができたら必ず、最初にキミに話してくれると思います」


 他人であるという立場をいい事に、自分の伝えたい事を伝えるという卑怯な方法を取ってしまった。それにしても、オレと言おうとしてたり、ボロを出しすぎである。


「ありがとうございます。あなたに聞いて貰えてスッキリしました。朝陽が話してくれるまで待ってみようと思います。」

「それはどういたしまして。そう遠くないうちに話してくれると思いますよ」


 オレもこれ以上伊月を、その他の人を心配させちゃいけないと思う事ができた。怖いのは変わらないけど、いつかは勇気を出して伝えないといけない。その結果がどうなろうと、伝えないまま逃げてしまうよりはいい筈だ。


 ……なんだかしんみりしちゃったな。空気を変えよう。


「それにしても、そんなに心配しちゃうなんてその"あさひ"って人とはどういう関係なんですか? ……彼女?」

「なっ! か、かかか彼女なんかじゃないですって! ただの友達だから!」


 だんだんと伊月の口調が崩れていつも通りになってきた。やっぱりこの方がいいな、


「ふーん、じゃあ、そういう事にしておきましょう。そこまで想われているなんてそのお友達さんは幸せ者ですねー」

「絶対納得してないよな、それ……? それはそうと、そっちこそ、どうして名前で呼び掛けた時に足を止めたんだよ? 普通なら自分の事じゃないと思ってそのまま通りすぎるよな?」


 言ってて自分が恥ずかしくなるような事を言ったら、今度はこっちの痛いところをつつかれてしまった。ここらが潮時だな。


「えーっと……あ、ごめんなさい。そろそろ帰らないといけない時間なので、これで失礼させてもらいますね!」


 と、言って急いでその場から退散するのであった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 目覚ましのアラーム音が聞こえて目を覚ます。


 ……懐かしい夢を見た。あれからもう半年経つのか。

 あの後、家に帰った後、すぐに伊月にメッセージを送ったっけ。確か文面は……


『心配かけてごめん、いろいろあってオレ自信の気持ちに整理が付いてないんだ。ちゃんと整理して、話せるようになったら話すから、それまで信じて待っててほしい。とりあえず、身体は健康だから、そこは安心してくれ』


 みたいな感じだったかな。

 それに対しての伊月の反応が『了解』ってスタンプだけだったのはよく覚えている。あれだけ心配しておいてそれだけかよ!って。


 それからまた一週間くらい経った後に伊月には打ち明けた。赤の他人として出会って話してしまったばっかりに、どんな顔して会えばいいんだろう、最後に変な事聞いちゃったよな、と、打ち明けるまでの間は熱が出てもおかしくないほど考え込んでしまった。


 伊月としても、街中で少し話した、しかも悩みを聞いて貰った女の子が急に現れたんだから驚いた顔をしてたっけ。緊張してたからもう細かい会話の内容は覚えていないけど、言いたかった事はちゃんと言えたと思う。多分。


 言えたからオレは今ここにいて、今の、女の子になった生活も楽しむ事ができている。うん、それでいいんだ。


 「ふぁあ~……」


 あくびをしながら体を伸ばした後、立ち上がる。


 もう一ヶ月もしたら夏休みだ。女の子としての夏休みは初めてで服は薄くなるし、女の子として気を付けなきゃいけない事はたくさんあるしで大変そうではあるけど、それ以上に一度しかない高校二年の夏が楽しくなればいいな、と思いながら部屋を出て顔を洗いに向かった。

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TSっ娘ちゃんと親友くん 海里 燦 @kairi_3050

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