【第七章 終焉の序曲】

【第七章 終焉の序曲】


「ここは……バーバラの部屋……ね」

 服装が給仕服になっている。入れ替わって、どれくらいの時間が経ってるのだろう……。

「……涙?」

 頬に違和感を感じて手をやると泣いた跡がある。鏡を見に行くと、目も赤く腫れている。

「バーバラがここに居ないと知って絶望でもしたのかしら?」

 良い気味ね……でもまだまだ足りないわ。私の記憶のあなたが忘れてる絶望感はこんなものじゃないのよ。

 それよりも現状の把握が先だ。余計な真似をしてなければ良いけど……。

 バーバラの部屋を出てサウザーの部屋へと向かう。その前に自分の部屋へ行き〝薬物〟の確認もしなければならない。既にサウザーは重度の中毒症が現れてるので、私が催促しなくても自ら摂取すると思うが、の〝薬物〟に触れて細工をしているかもしれない。私の計画の要なのだ。失わせはしない。

 途中で兵士の一人とすれ違うので確認しておく。

「あなた、今日は何日だったかしら?」

「はっ。今日は七日であります」

「ありがとう」

 いぶかしげな表情を浮かべていても私に対して敬服する辺り、教育が行き届いているようで安堵する。

 しかし……三日間も入れ替わっていたとは思ってもいなかった。ここ最近で一番長い。色々と面倒な事になっていなければ良いのだけれど……。とりあえず自分の部屋へ急ごう——。


          ♦️


 バーバラ様から聞いた情報は衝撃的な内容だった。あのサウザー皇帝がそこまで変わってしまっているなんて信じられない。一体何があったのだろう……。

 ここは聖堂の一階にある部屋の一つで、シレンやバーバラ様と合流して一緒にお茶会をしている。ジェイクマン将軍とこうして楽しくお茶を飲むのはいつぶりだろう?

「俺も信じられないが、あのサウザーはもう俺の知るサウザーではない。ジーナもジーナらしからぬ。二人して悪魔か何かに取り憑かれているんじゃないかと思ってしまう……」

 悪魔に取り憑かれてる……か。

「そうですのよ! いつも通りのジーナの時もあれば、冷たいと思う時もありましたのよ。わたくしを見る目が違うんですの。直ぐに判りますわ」

「いつものジーナさんの時もあったの?」

「ミレーユさんに会う時はいつものジーナの時しか連れてきてなかったわね?」

「そうなんだ……」

「俺はサウザーにばかり気を取られてたからジーナをよくは見てなかったが、ドレスを着ていてサウザーの妃になってたな。まあジーナならサウザーの妃に相応しいから、変に思わなかったがな……」

「ええ! ジーナったら、いつの間にそんな!?」

 ここで一つの仮説が私の脳裏を掠めた。もしかして……。ううん、もしなら、全ての辻褄が合う。

「ねえ、バーバラ様? ジーナは多重人格者じゃないのかな?」

「多重人格者? 何それ?」

「シレンは心理学について何か知識はある?」

「いや……全く」

「私は帝国に居た二年の間に将軍から沢山の書物を読ませて頂いたので、詳しい方よ?」

 二人にウインクしてみせる。私の自慢の知識を披露するチャンスだとばかりに……。

「確かに色々と書物は用意したが、全部読んでいるとは思わなかったよ」

「だって暇なんだもの。ってそれより、将軍は多重人格者について知ってますか?」

「一人の人間の肉体の中に、複数の人格が存在する心理障害の一つだな。それぞれの人格は全くの別人で、記憶も別々らしいな」

「何なんですの!? わたくしにも詳しく教えて下さいます?」

「簡単です。ジーナの中には二人以上の人間が居る。そしてそれは入れ替わり立ち替わりで表に出てくる。どちらが本物とかは無い。どちらも本物のジーナです。精神疾患の一つで、発症は幼い頃のトラウマが原因である場合が多い」

「ジーナの幼い頃って、どんなでしたの?」

「俺は知らないですね。バーバラ様のお付きになってからのジーナしか知りません」

「そうですか……では、サウザーお兄様もその多重人格者ですの?」

「あの変わり様……可能性はあります」

 そうだろうか……。

「サウザー皇帝は違う気がする」

「ミレーユ王女の意見を聞きましょう」

 まじまじと将軍に見つめられると……照れてしょうがないんだけど……。

「あの……何かしらの確証があったんじゃなくて……私の直感が……違う気がするって……」

「直感ですか……」

 あ、疑ってる? その目は疑ってる? そうよね……。私の直感ってあの時から当てにならないんだよね……。

「ジェイクマン将軍。ミレーユ王女の直感力は常人の域には収まらない程に頼りになるんですよ?」

 ありがとうシレン……。でもね……?

「知ってます。ミレーユ王女の直感が外れた事が無いのも、この目で見てます。信用していますよ?」

 そうですよね……信用されて……え?

「え? 二年前の皇帝に初めて会った時だって、私は自分の直感を外しましたよ?」

「あの時、サウザーは本心からミレーユ王女を殺すつもりはなかった。あれはサウザーの演出なんだ。ミレーユ王女はサウザーの術中に嵌っただけさ。なので、ミレーユ王女の直感力は外れていない。それに二年間、俺の宿題も全てその直感で当てている。俺は王女の直感は信用している」

「お惚気のろけですの? ジェイク様?」

「そ、そうではない。客観的に信用していると言ってるのであって……」

 照れてる……可愛い。

「ありがとう、ジェイクマン将軍……嬉しいです」

 しばし見つめ合う。単純な女ね、私って……。これだけで幸せを感じるんだもの。

「では、情報を整理しましょう」

 シレンが淡々と言うので現実に引き戻される。

「皇帝やジーナさんの変貌は、何故そうなったかは今は問題ではありません。それに対して僕達は今後どうしていくべきか、どうしたいのかを話し合いましょう」

「そうですわね! シレンさん、良い事を仰いますわね!」

「うむ。俺もその意見に賛同する」

 私の知識のお披露目はお預けになるのか……。

「そうね。バーバラ様は今後どうしたい?」

わたくしはもう皇族でも何でも無いんです。好きに生きてきますわ」

「それなんですが……申し訳ないですが、バーバラ様には王宮でミレーユ王女と共に監禁生活をして頂こうと考えてます」

 え……どういうこと?

「シレン、それは……」

「なるほど。それが一番の良策だな。なかなか出来る男だな、シレン殿」

「いいですか? よく聞いて下さい。ミレーユ王女はまだ帝国に狙われる可能性があります。また、バーバラ様も帝国に狙われる可能性があります。そしてバーバラ様は帝国だけでなく、他の反帝国組織にも狙われる可能性があります」

「何でわたくしが?」

「人質として……ですよ。ご自分から抜けたと言っても、その血筋は消えません。正統な後継者に変わりはありません。バーバラ様の意思関係無しに利用されます。また、ミレーユ王女も帰国を公表してません。様々な人の目から隠すには、王宮の中はうってつけですので、お二人は一緒に引き篭って頂きます」

「別々に匿うよりも効率が良いしな」

「僕はミレーユ王女もバーバラ様も、そんな輩に利用されるような事を許したくありません」

「ありがとうシレン。本当にありがとう」

「ま、ミレーユさんと一緒なら構いませんわ。ジェイク様はどうなさいますの?わたくしよりもジェイク様の方が、見つかれば即、殺されてしまいますわよ?」

「ええ!?」

「俺は処刑される所だったからな。だが心配ご無用。自分の身は自分で守る。それに、ただ逃げ回ってる気は更々ないしな」

「どういうこと?」

「俺はサウザーと約束している。あいつは俺に殺される事を望んでいる。俺もそれを承諾した。そして今のあいつを見てられない。早く楽にしてやりたい……」

「そうでしたの……お兄様はそんな事を……よほどジェイク様を信頼なさってたのですわね……。分かりましたわ! 今後の目標が出来ましてよ!」

「——バーバラ様?」

わたくしたちで、帝国を潰しましょう!」

「バーバラ様! それ本気なの!?」

「本気も本気。わたくしは大本気ですわ! シレンさんもジェイク様もそれでよろしくって?」

「僕の意見は聞かずに勝手に決めてしまうんですか?」

「あら? シレンさんは最初からそのつもりだと思ってましてよ?」

「それはそうですが……」

わたくしは、まどろっこしいのが嫌いなんですの」

「ふふっ。バーバラ様らしい。シレンの負けね」

「かないませんね。ジェイクマン将軍もそれで宜しいのですか?」

「シレン殿、帝国が掲げている大義名分を知っているか?」

「王家の奴隷となっている人々の真の解放……ですよね?」

「そう。サウザーと俺の真の願いでもある。まだ世界の半分くらいしか解放出来ていない。ここで帝国が倒れたら、全ての人を奴隷生活から解放させるのは難しいのではないか……」

「そんなの心配いりませんわ、ジェイク様。リーダーが代わるだけで、世界の真の解放はそのまま続ければ宜しいんですのよ?」

「残念ですがバーバラ様……俺にはそんな求心力も無ければ器も無い。サウザーのようなカリスマ性があって初めて成り立つんです」

「あら? そんなのもっと心配する必要無くってよ? ここに最適な人物がいらっしゃるじゃないですか!」

「バーバラ様、いいの? 好きに生きるって仰ってたじゃない?」

「何を言ってるのミレーユさん? あなたの事ですわ」

「へ? 私!?」

「サウザーお兄様の理想に感銘を受けてると以前言っておられたわよね? 求心力も器も申し分ない程にお持ちなのはミレーユさんしか居ませんわ」

「いやいやいや。私にそんな力は無いですって!」

「シレンさんやジェイク様はどう思いますの?」

「俺は……ミレーユ王女が再適任者とは思う。だがしかし……」

「僕もジェイクマン将軍と同じ意見です。ミレーユ王女にそんな重責を負わせるような……」

「シレンさんがそんな事を言うのですか? ミレーユさんを立てて帝国に反する為にミレーユさんを帝国から連れ戻したのではないのですか?」

「それは……」

「ジェイク様もですわ。愛する者を危険な目に合わせたくない気持ちは分かりますが、ジェイク様がミレーユさんを危険な目に合わせないようにすればいいのではないのですか? それが出来る方だと思ってましたが、わたくしの買い被りでございますの?」

「それはそうですが……」

「バーバラ様、もういいよ。二人とも私の身を案じてるだけだよ……」

「肝心のミレーユさんはどうなのです? 変わり果てた帝国をこのままにしておいて良いと、お思いですの?」

「それは……」

「お兄様は常々、バネンシア王国が理想的な秩序だと仰ってました。人々に慕われ、人々を守り、人々に支えられている国が理想だと。今こそバネンシアが、その王族のミレーユさんが立ち上がる時ではないのですか?」

「それなら私じゃなくても、国王のお父様が……」

「帝国に二年も居たミレーユさんが説くから人々の心に響くんですのよ? それに現国王よりもミレーユさんの方が華があって求心力がありますもの」

「確かにそれはある。現国王は帝国に屈している。王女の身なれば、比較的自由に行動出来る」

「私が勝手に屈したようなものだし……それにお父様にまだ会えてないし……お父様が私を許すとは思えない……」

「それは大丈夫だよ。国王陛下はミレーユ王女を称えてたし、誰よりも無事を祈っておられたよ?」

「本当? シレン」

「うん。だから近いうちに顔を見せてあげたらいいよ」

「ありがとう——」

「ではこれで決定でよろしくって?」

「え、待って! せめて心の準備くらいさせてよ、バーバラ様!」

「大丈夫ですわよ! 目標が決まっただけで、実際に行動に移すのはまだまだ先ですわ。今、下手に動いても死ぬだけ。シレンさんとジェイク様が準備をして下さりますから」

「人使いが上手ですね? ジェイクマン将軍、バーバラ様は昔からこうなのですか?」

「シレン殿、その通りです。俺も手を焼いてばかりいましたよ」

 二人の男の間に笑いが生まれる。わだかまりが無くなるのは良いことよね。

 私達の目標は決まった。後はそれをどうやって達成させるかを練るだけなんだけど……。でもその前に、私はジェイクマン将軍にどうしても確認しなければならない事がある。それはこの場の空気が悪くなると分かっていてもだ。

「ジェイクマン将軍、一つだけ聞いておきたい事があるの……」

「何でしょう?」

 私の口調から察したのか、真面目な顔で応えてくれる。

「あの……サラは……サラは無事なのですか?」

「そうか……。隠しても仕方ないので正直に答える。サラは……亡くなっている。銀髪の青年、シレン殿の事か? と、ミレーユ王女以外のあの場に居た者は全員、射殺されたと報告を受けている」

「そうですか……ありがとう、正直に答えてくれて……」

「申し訳ない……」

「ううん。将軍は謝らないで下さい。仕方ない事ですので……」

「すまない……」

「はい、そこまでです! メソメソしたって、死んだ者は帰らないのです。ミレーユさん? 後日、サラと他の者へのお墓を作りましょ? 悲しむのは、そのお墓の前だけにしましょう!」

「うん……ありがとうバーバラ様。そうします」

「そう。辛気臭いの、嫌ですの!」

 そうよね。バーバラ様の言う通りだ。私、ううん。私達にはやるべき事があるんだ。サラの為にも、フィルの為にも、他の死んだ者たちの為にも、立ち止まってはいけないんだ。

「それでは一旦、王宮へ戻ります。皆さんも馬車に乗って下さい。その後、ジェイクマン将軍は僕と一緒にある場所に行って頂きます」

「心得た。宜しく頼む」


          ♦️


「ここは……鍛冶屋か?」

 シレンに連れてこられた場所は、バネンシアの市場の奥にある、一軒の鍛冶屋だった。

「シレン、そいつは何だ?」

 カウンターの奥に居たのは、見るからに只者ではない、屈強な体格の年老いた店主だった。かつてはこの王国を守るのに、さぞ寄与した事だろうと容易に推察出来る程に眼光が鋭い。

「バラック、ご紹介します。帝国に処刑される所を逃れてきた、お尋ね者の元将軍、ジェイクマン殿です」

「もうちょっとマシな紹介は無かったのか?」

 俺は気が引けたが、これからを考えて、余所余所しい態度や口調は止めてほしいとシレンから頼まれていたので遠慮なく言ってみたが、これはこれで苦言を呈しすぎたかな?

「ミレーユ王女の心を射止めたんです。これから先、思ってる以上に他の者達からのあなたへの当たりは強いと思います。これぐらい軽く流しましょう?」

 そうか……この青年は王女を……そういう事か。

「なるほど、承知した。初めまして、バラック殿。帝国に反する者として、利害が一致している点で宜しく頼みます」

「かっはっはっは。それだけで充分じゃ。で、お前さんはコイツの扱いは熟知しておるのか?」

 バラックがカウンターの中から取り出したのは、鉄砲だった。

「これは! どこでこれを——?」

「僕が襲撃の時に敵兵から奪って持ち帰りました」

「なるほど……奪われたとの報告は受けてなかったから、ここにあるので驚いた」

「構造は簡単じゃから、コイツ自体は量産出来る。じゃが……」

「弾丸の方だな?」

「弾丸と言うのか? 鉛の塊を飛ばすのは分かったが、火薬の詰め方の詳細が分からん。何発か撃ってみて分量を決めようと思っておったんじゃが……」

「火薬を精製するのに必要な物質、硝石が入手出来ない……だな?」

「そう言う事だ。流石によく分かっておる」

「これは鉄炮と呼ばれる、ランド王国が開発した兵器だ。火薬を爆発させて鉛の弾丸を飛ばして敵兵を仕留める。射程距離は五十メートル以内なら、人体を貫通させられる。そしてこれの運用には火薬が必須で、火薬の原料の一つ、硝石はバネンマイト山脈付近でしか採取されていない。その硝石の独占の為に真っ先にかの国を攻略した位に、帝国の最重要戦略物質だ」

「ワシの独自のルートでも、ごく少量しか横流ししてもらえん。厳重に管理されておる」

「それはそうだ。これは実戦でも僅かしか使われてない。それだけ秘匿性の高い兵器だ」

「帝国とやり合うのに、これの大量配備は必要です。何とか硝石を入手する方法を考えないとなりません」

「そうだな……」

 しかし、まさか鉄炮がここにあるとは思ってもみなかった。俺が知る限り、ランド本国以外には外に出てないと思っていた。だが……。

「シレン。君は帝国と戦争をする気か?」

「まさか! 正面からやり合って勝てる訳ないですよ。ゲリラに徹して、短期に電撃的に侵攻して最後に中枢を叩きます。ですが、その一つ一つに全て勝利しないとならないので、相手以上の装備が無いと苦しいです」

「そうか。俺も同じ意見だ。戦闘日数は少なければ少ない程、こちらに勝機がある。帝国との力の差は歴然だ。長引けばジリ貧で最後には潰される。仕掛けるタイミングも、仕掛け方も慎重に吟味しなければならないな……」

「ええ。ですので、ジェイクマン殿にここに来てもらいました。ここはバネンシアの反帝国組織の本部でもあります。今後の作戦立案や準備の進捗を図るのに、ジェイクマン殿を頼りたいのです」

「それは嬉しい申し出だが、俺が裏切るということは考えていないのか?」

「あなたは裏切りませんよ。ミレーユ王女を裏切る事はしない人です。それでもし裏切られるようなら、それまでだったって事です。僕も王女もね」

 バネンシアという国は本当に人材の宝庫だな。ミレーユ王女もそうだが、俺を押さえ付けた兵士の強さといい、シレンといい……。国が豊かで風土が良いと、こうまで人材を輩出するのか……。

「ありがとう。俺はサウザーと約束をしている。あいつは俺の手で殺される事を願っている。その約束を果たす為にも、俺に出来る事は全力を尽くす。宜しく頼む」

「ふむ。お前さんはどれだけの情報を仕入れられるのだ?」

「バラック殿、申し訳ないが、今までの帝国の情報なら教えられるが、新たな情報は得られないと思って頂きたい」

「ふむ。帝国に義理立てしておる……という訳ではなさそうじゃが?」

「はい。一番の理由は危険の回避です。俺にもコネの一つや二つは用意出来る。その用意したコネをスパイ化して帝国の内情を逐一こちらに届ける事は可能だ。しかし……」

「そのスパイが裏切る可能性がある」

「そうです。こちらの情報も敵に漏れる可能性もあるなら、その危険は排除しなければならない。帝国側に完全に信用出来る人間が俺には居ない。帝国の将軍という立場であるなら話は別だが、今の立場では……」

「元部下の方達はどうなんですか?」

「彼らにも家族がある。己の思い一つで家族を失わせる訳にはいかん。昔のサウザーならそんな事はしないだろうが、今のあいつはただの独裁者だ。スパイだと分かれば家族ごと殺される」

「立派な将軍様じゃな。だがしかし、死人が一人も出ない戦いは無い。特にこの鉄砲と言ったか? こいつでりあう事になると、双方に死者は出る。そしてお前さんは帝国兵に向けてこいつを撃てるか? 元部下だった兵士達に——」

「戦場においては、情を持てば死しか無い。目標達成に向けて、引き金を引く事の迷いや躊躇は俺には無い。だが、戦場以外ではなるべく殺したくはない。それではダメか?」

「シレン。このジェイクマン殿は信用出来る男じゃな。敵に居なくて本当に良かったと言える。お前さんが敵のままなら、ワシらは敗北しておるわい。のお?」

「そうですね。その通りです。では帝国のスパイ作りは僕の方で請け負います。ジェイクマン殿はバラックと共に硝石の入手と、鉄砲の実技訓練を任せても良いですか?」

「分かった」

「情報収集についての立案や、仕入れた情報を元にした戦術の組立ても、その都度お願いします。あと、硝石はバネンシア領内でも採取は厳しそうですか?」

「俺も詳しくは知らないが、探せばあるんじゃないだろうか?」

「それは難しいじゃろな……硝石は湿気に弱い。海風が吹くバネンシア領内の山肌には無いと思うがな……」

 そうなのか? 初めて知った。

「領内ギリギリを隈なく調べてもダメそうか?」

「知っての通り、バネンシア側のバネンマイト山脈は傾斜が厳しくなってて、人が立ち入れる領域が少ない。命の危険がある場所を探すよりは、横流しのルートを何とか作る方が遥かに合理的じゃ」

「では引き続きバラックに硝石の件はお任せします。あとジェイクマン殿にもう一つお願いがあります。バネンシア領内の帝国兵を全て味方に引き入れられませんか?」

「なるほど……それこそ俺でないと出来ない事だな。任せてくれ。一人残らず引き入れる」

「そんな事が出来るんか?」

「人間の集団心理を操作して、帝国は過度の戦争をせずに他の王国を潰してきた。その程度は簡単だ」

「それならその逆を突いて帝国を潰したらどうなんじゃ?」

「そうもいかない。帝国を潰す正義の大義名分がこちらに無い。民衆の支持が無ければ操作は不可能だ。その大義名分を作るのもシレン殿の入手する情報にかかっている」

「僕の役割も重要ですね……」

「引き入れた兵士から得られる情報も重要になる。その辺は任せてくれ」

「頼みます。そうだ、バラック! ミレーユ王女の能力を使えば、硝石の採掘場所を見つけられるかもしれませんよ?」

「ワシは反対じゃ。わざわざ王女をそんな危険な場所に連れてくのか? まあ、王女の事だから、危険を省みずに行くと言うだろうがな」

「俺やシレンが同行する。それなら大丈夫だろう?」

「ふん。好きにしろ。帝国の追手からも逃れなければならんのだぞ?」

 ミレーユ王女の奇跡の能力を目にする、又とない機会だ。是非ともこの目に焼き付けたい。

「では七日後にまたここで会いましょう。ジェイクマン殿は僕の隣の家が空き家なので、そちらで大丈夫ですか?」

「ありがとう。助かるよ」

「道のりは険しいですが、僕達ならやれない事はないはずです。七日後に組織の幹部を集めます。その時に大筋のシナリオを決めましょう。それじゃ、僕はこれで」

 シレンはさっさと行ってしまった。何処へ行くかは言ってなかったが、思う所があるんだろう。何より聖堂で会った時より眼の輝きが違う。今まで抱えて来た生きる目標が別に変わっても、やはり人間は目標があれば邁進するのだ。

 すまないシレン……。お前から王女を奪った男を信頼してもらえる事、嬉しく思う。そんなお前の想いに応える為にも、俺は俺の出来る事以上に尽くそう。

 しかし、一つだけシレンに文句を言ってやりたい。

「バラック殿、シレンの家は何処なんでしょうか?」

「……ワシも知らん」

 シレンは抜けてる所がある……記憶しておこう。


          ♦️


 錚々そうそうたる顔ぶれね。この部屋に全将軍が集まるのは。私の宿願を達成してくれる可愛いワンコたち……。

「皆、よく集まってくれた。俺から重大な発表がある。心して聞いてくれ」

 サウザーの熱弁が始まる。私のは上手く機能してるようで安心しました。さぁ、私のワンコたちを忠実な獰猛どうもう犬に変えてあげなさい——。

「悪なる王家どもに抑圧されている我が同胞達は未だに多く取り残されている。世界の半分は解放されておるが、まだ半分だ!」

 そう……それでいいのよ、サウザー。私達に正義があるのよ。

「取り分け、最北に位置するザイール王国の極悪非道ぶりは目に余るものがある!」

 いいわ……とってもいいわ……。

「我が帝国は北進し、ザイール王国を滅ぼす事を最優先に行動してゆく!」

 あぁ……ついにこの時が来たのね。私の愛しいワンコ。配下のワンコにもっと言っておやりなさい!

「西と南への進軍は一先ず膠着状態へと持ち込み、残る全ての軍で北進する!」

「ですが皇帝! 首都の防衛が手薄になりませんか?」

「おだまりなさい! 皇帝陛下のお言葉を遮る事は許されませんよ!」

「ジーナ! よい、案ずるな。この首都まで攻め込める軍隊など存在せぬ。それよりもザイール王国は軍事国家でもある。容易には落とせまい。よって、北進に至っては鉄砲の使用を許可する! 圧倒的な力で、諸悪の根源のザイールを滅ぼしてまいれ! 途中にある王国も逆らうなら容赦するな!」

 あぁ……素敵よサウザー。早くザイールを滅ぼしてちょうだい。

「サバノバ将軍!」

「はっ!」

「お前に北進の全権を任せる。部隊の編成後に速やかに北進せよ!」

「はっ!」

 サバノバ将軍は残忍さで知られる将軍の一人で、他の王家を有無を言わさず皆殺しにしている唯一の将軍でもある。私の推薦だ。ザイール王家も皆殺しにしてくれる事を願ってるわ。


「首都を手薄にして本当に大丈夫なのか?」

「皇帝もお考えがあるのだろう。俺達常人には考え付かないような事をさ」

「しかし皇帝も変わったな」

「演説が下手になったな」

「何にせよ、解放するのは俺も同意する」

「そうだな。世界の秩序は帝国が作る」


 声は聞こえないが、一部のワンコどもがそんな風にヒソヒソと話してるのが唇の動きで分かる。

 まだワンコはワンコのままの認識で大丈夫なようね……。ふふっ。哀れね……。

「それでは解散する!」

 サウザーは言い終えると、ツカツカと部屋を出て行く。自室に戻って薬の吸引をするのだろう。額の汗の具合がそう物語っていた。

 もう私がお膳立てをしなくても自ら薬物を摂取してくれそうね。ここまで来るのに半年か……。

 他の将軍たちも続々と部屋を後にして行く。その表情は半分疑いの色が残ってはいたが、人々の王家からの解放が出来るのは帝国だけと信じている間は大丈夫だろう。

「フィル。居ますか?」

「はい、此方に。ジーナ様」

 すぐ側の柱の影からフィルは現れた。

「首都防衛をあなたに命じます。首都が手薄になったらバネンシアへ知らせを飛ばしなさい。あなたが直接行くのもありでしょう。バーバラをおびき寄せて、の目の前で殺すのです。分かりましたね?」

「仰せのままに」

「ふふ。良い子ね……今夜は私の部屋へいらっしゃい。あの快楽を存分に楽しませてあげるわよ?」

「は、はい! ありがたき幸せ!」

 感動と喜びの表情だが、目の焦点は合ってない。まだ催眠の効果は半分と言ったところか……。もう数日はかかりそうね。まあ間に合うでしょう。

 あの日の目覚め以来、この体は私が支配している。睡眠の後も意識は私のままだ。それが何故なのか少し気になるが、私が私でいられて計画が滞りなく進められてるのなら良しとしましょう。

 ふふふ。もうすぐ……もうすぐ私の願いが叶う。ふふふふふ……。

 


次回【第八章 紅蓮の鮮血】

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光が照らす約束は 美山幻夢 @miyamagenmu

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