【第六章 光儀の約束】
【第六章 光儀の約束】
「じゃあ……フィルもサラも生きてるかどうか分からないのね?」
ベッドに半身起き上がって会っているミレーユ王女は今にも泣き出しそうな悲しい表情を浮かべている。あの無邪気な明るく優しい笑顔はどこにもない。
カイヤから王女が目を覚ましたと報告がで駆けつけて、事の
「ごめん……。後ろを振り返る余裕すら無かったんだ……。王女を連れて逃げる……それすら達成出来なければ、バランの死に報えないと思って……」
今は王女の部屋には僕と王女の二人きりしか居ない。昔から王女は二人の時は敬語を使うと怒るのだ。
「いいの。シレンを責めてる訳じゃないから……。無事かどうかシレンに聞いてみただけだから……。ごめんね? もう大丈夫よ……」
申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「ごめん……僕が王女を連れ出さなければ……僕の責任だよ……」
「いいのよ……。後悔したって死んだ人は生き返らないよ……。それにサラだって怪我はしてても、まだ生きてるかもしれない。生きてればその内会えるよ……」
沈んだ王女の顔をまともに見れない。二人して顔を下に向けて、しばらく沈黙が続いてた。
「まぁまぁまぁ! 王女様、シレン様がいらしてるのに何て顔をされてるんですか! ほら、殿方にはこう……ニッコリと!」
「ぶふっ……」
お茶を持ってきたカイヤがニッコリと笑うと、ちょっと不気味で少し吹き出してしまった。
「シレン! し……失礼で……」
そう言うミレーユ王女も口元を手で抑えて必死に堪えている様子だ。
「いやですわ、シレン様。私なんかのニッコリで笑わないで下さいませ。私よりも王女様にご注目下さい。王女様のニッコリはそれはそれは魅力的なんですから! ほら王女様!」
「カイヤ! 今は公務じゃないんだから、普通でいさせて! まったく、いっつもうるさいんだから……」
「うるさいのは当然でございます! 亡きお母様であるお妃様から、王女様が立派な公女になれるようにと、仰せ使っております! そもそも王女様は、お小さい頃からわんぱく過ぎで——」
「あーっ! もう、分かったわよぉ! その話は聞き飽きた! もうさ——」
カイヤとミレーユ王女のやり取りを見てると、まるで親子みたいに思える。
僕の母親は僕を産んで直ぐに亡くなっており、記憶も無い。そのため父に厳しく育てられたが、こうしてよく父にも反発してたな……。
懐かしさと微笑ましさが折り重なって、自然と口元が緩くなる。
「王女。王女がバネンシアに帰って来られた事は、しばらくは内密にお願いします。国王様にも秘密です」
カイヤが現れたので敬語に戻す。
「どうして?」
「王女の身の安全の確保の為です。恐らく帝国から王国へ王女の身柄の確保の圧力があるでしょう。現状、バネンシア王国はそれに屈するしか選択肢がありません」
「しばらくって言ってたわよね? 私が帰って来たって公表する予定はあるのね? それはいつの予定?」
忘れてた……。ミレーユ王女は鋭いんだった。
「それは……今はまだ……」
「時間じゃなくて、状態の事でしょう? どういう状態になったらって事を聞いてるの」
少し戸惑う……。戦略に関する事だからだ。だけど……もういいかな。全部話してスッキリしたい……。
「当初の予定では、王女を立てて帝国に反旗を翻す計画でした。その為の準備もしてきました。ですが——」
「私を連れ戻すのに思った以上に被害が大きかったのと、帝国の力が強すぎて現状だと敗北必至すぎて全滅するだけ……でしょう?」
「そ、そうです」
内心びっくりしている。まさか王女の口から戦略の意見が出てくるとは思いもしなかった。
「後は……そうねぇ……。帝国の理想が正しいと思ってるから、自分達が悪になるのを恐れている……てとこかしら?」
「はい……そうです」
「そうよねぇ。私もそうだったもの。皇帝とも会ったことあるけど、あの人は正に正義を地で生きてるような人だもの。バネンシアだけの事じゃなくて世界を見渡したら、そう思っちゃうよね」
「そう。だから僕は帝国を倒すと誓った王女との約束を守ろうとしたんだけど、その信念が揺らいでる」
カイヤが部屋から出て行ったのでまた敬語でなくしている。
「あぁ、その約束覚えてくれてたんだ。ありがとう。でもそれは無かった事にして?」
「ありがとう。王女からそう言ってもらえると助かるよ。だから目的が変わったんだ。帝国を倒すためじゃなくて、王女がバネンシアに居れるように守る戦力を整えようと思ってる」
「その準備が整うまで私の存在を公にしないって訳ね? 分かりました。シレンに任せます」
「随分と……その……」
「物分かりが良いって?」
「いや、そんな事——」
「大丈夫よ。私だって伊達に二年も帝国に居た訳じゃないもの。私も自分の意思で帰ると決めたんだし、それ相応にわきまえてるつもりよ。それに……私の救出作戦で亡くなった人達に申し訳ないよ……」
「そっか。ありがとう。あの後どうなったかは今後に探りを入れるから、サラの事もそれを待ってほしい」
「ありがとう。お願いね?」
「うん。任せておいて!」
「あ、あとお願いついでで、もう一つお願いがあるの……」
「何?」
「あの聖堂に行きたいの。なるべく早く!」
思い出のあの聖堂か……。思い出したら赤面してしまう。王女に悟られないようにしないと。
「医者の話だと、右脚の傷口が塞がるのは七日くらい掛かるって言ってたから……あと二、三日したら行こうか。僕が連れてってあげるよ」
「本当? ありがとう!」
嬉しそうに微笑む王女の顔は公務で見せる表情とは違って、無邪気な少女そのもので本当に魅力的だ。その笑顔は僕がこれからも守ってみせる。絶対にだ——!
♦️
「侮っていた……。まさかバーバラがあんな大それた事をするなんて思いもしなかったわ……」
煙も引き、見渡す部屋は至る所が火薬玉で破壊されていた。兵士達が瓦礫の撤去作業をしているのを高みから眺めている時、思わず口からこぼれてしまう。
無残なものね……。
サウザーは爆発に触発されて自室でガクガク震えている。おかげで私が自ら指揮を取らねばならなくなっている。私がそうしたとはいえ、こうまで腑抜けると、哀れでしかない……。
バーバラとジェイクマンには、追手は差し向けていない。それに差し向けても追いつけずに無駄に終わるだろう。追跡する馬を用意するまでに時間がかかりすぎている。ジェイクマンの処刑を円滑に進める為に、他の将軍達は全員首都ランドから遠ざけさせていたのが仇になっていた。しかし、ジェイクマンには人望がある。他の者達が私の意に沿わないなら簡単にジェイクマンに付き、歯向かうのは目に見えていたので、これはこれで仕方ない……。
だが、逃げた先は分かっている。恐らくはバネンシアでしょう。幸いにも、直ぐに何か起こせるような力は、彼の地方には無い。ある程度は放置しておいて問題ないはず。ならば、ザイール王国を滅ぼす方を先にしてしまいましょう。
ザイール王国……。私に地獄を見せた憎き王国……。北の端にあるのも忌々しい。ザイールを滅ぼすのに幾つもの王国を先に落とさなければならない。
鉄砲を使う戦術を解禁すれば、怒濤の如くザイールに到達出来るだろうけども、同時にザイールに鉄砲の情報を与えて対処の術を考えさせる隙を作る事にもなる。
ザイール王家には、是非とも圧倒的な力に捩じ伏せられる敗北感と屈辱感を思い知らしめたいので、それだけは避けなければならない。
あの恐怖と絶望に満ちた心境を深層心理にまで叩き込んでやらないと、私の気は晴れない。
そうだ。帝国の侵攻が、じわじわと自分達に迫っている恐怖をじっくりと味わわせればいいのよ。一気に済ませたら勿体ないわ。奴らがそうやって恐怖を日に日に増長させてると想像するだけで身震いする。そして最後に……ふふふ。
「ジーナ様にご報告申し上げます。逃走した将軍の足取りが掴め——」
「何ですって!」
近くに来て
「え……あ、逃走した……」
発する言葉も、
「今、私を何と呼びました? そして逃走者を何と呼びました?」
「え……はい、あの……申し訳ございません」
私の言葉を理解しないのか? 猿め。
「申し訳ありません、皇后陛下。私の教育不足でございます。反逆者ジェイクマンの逃走先を掴みましたが、今は捨て置いて良いと存じます。それよりも侵攻の準備を急ぎますので、此奴めをそれまでに使えるように再教育して参りますゆえ、失礼して宜しいでしょうか?」
途中で割って入って一気に捲し立てた男は、今や最も私に忠誠を誓う近衛隊長だ。ジェイクマンの後釜にと推薦しておこう。こうまで機転が効く犬は大事にしておかなければね。
「分かりました。
「はっ。仰せのままに」
部屋を後にし、サウザーの居る部屋へと向かう途中に頭痛に見舞われる……。
私が私でいられる間隔が長くなってるとはいえ、
しかし……ふふふ。この現状を
そうだ。バーバラは
となれば、どうやってバネンシアからおびき寄せるか? ……ね。
そのシナリオ……も……練っ……て……。
「は!」
不意に意識が戻る。ここは……宮廷かしら?
もうここ何度もこの現象が起きている。頭痛がして意識を失ってる間、私は……。今回は何をしたの? 一体私はどうしてしまったの?
「バーバラ様!」
何はともあれ、まずはバーバラ様の無事を確認しに行かなければならない。命をかけてバーバラ様をお守りする。そうサウザー様にも誓ったのだから。
歩き出して違和感に気づいた。着ているのは給仕服ではなく、シンプルながらもドレスを着ている。
何故私がドレスを……?
得体の知れない何かが私に起こっている。もしそれがバーバラ様に危害を加えるようなものなら……絶対に許さないわ!
「お願い、バーバラ様……無事でいてください」
バーバラ様の部屋へと向かう足は急いでいた——。
♦️
目を覚ました日から三日ぶりに会うミレーユ王女は血色も良くなり、一段と魅力的に見えた。
簡素な造りと地味な装飾の馬車に乗っていても、やはりその魅力は色あせる事は無かった。それは王女である事を周りに悟られないように大きなフードを被っていても隠せない程の魅力だから……そう感じるのは僕がミレーユ王女を特別に見てるからなのだろうか? いや、王女自身が持つその魅力を僕が素直に受け取っているとみるべきかな。
馬車の中で向かい合って座っていて、外の景色を眺めている王女の横顔は、少女の頃のあどけなさを残してはいるけど、憂いを帯びていて大人の雰囲気を漂わせていた。
二年の月日は短いようで、やはり長い。目の前にいる女性は間違いなくミレーユ王女その人なのに、別人かと思うように浮ついた気配も無く落ち着いている。
王女はこんな落ち着いた気配を纏う女性だったか……?
僕の知る王女は無邪気で明るく、自分の思った事は口にしてしまう真っ直ぐな心を持った人だ。良くも悪くも少女のまま……という印象だったんだ。
二年の月日が王女を成長させたのだろうか? それともその二年の間に王女を変えた何かがあったのだろうか……?
「なぁに? シレン。私の顔に何か付いてる? さっきからずっとこっち見てるから……」
不意にこちらに向き直って言われるものだから、ドキっとする。
「あ、いや。色々と思い出しててね……王女も大人になってってるんだなぁ……って」
——僕は何を言ってるんだろう。
「私も、もう十八よ? 当たり前じゃない。何言ってるのよ。いつまでも子供気分じゃいられないよ。シレンもね?」
「そんなの知ってるさ。僕だって反帝国組織をまとめ上げるのに、どれだけ苦労してきたと……って王女に言ったって仕方ないか」
「あ、ごめんなさい。そういう意味じゃなくてね? えと……シレンは私との約束を守ってくれてるんだよね……ありがとう。嬉しいよ」
「何言ってるの。それこそ当たり前だよ」
「ありがとう……本当にありがとう。そして……ごめんなさい。本当にごめんなさい」
「え、どうしたの?」
「私たち……まだ子供だったって事ね。ううん。私だけが子供だったのかな。何も分かってなかった……」
「王女……」
「シレン……大人になるって……残酷ね……」
そう言って王女はまた窓の外の景色を眺めて黙ってしまった。
結局ミレーユ王女は何を言いたかったのだろう?
気になるけど、聞いてみるのが怖くて聞けないでいた。何故怖いのだろう……。そんな事を考えていると、馬車は目的地の〝聖堂の丘〟に着いたようで、停止して従者が到着した旨を伝えてきた。
「王女、着いたよ」
何とか歩けるようにまで回復したとは言っても、傷口は骨を削ってるので痛みはあるだろう。乗り込む時もそうだったけど、馬車から降りる時も「うっ」と小さい呻き声をあげるので、肩を貸してあげている。
王女は従者が用意してくれた車椅子まで、左半身は僕に預け、右半身は右手に杖を突いて身体を支えている。
本当なら抱き抱えて車椅子まで連れて行きたいのだけど、従者が居る手前では仕方ない。
「ありがとう、シレン」
よいしょーっ! と言いながら車椅子に座った王女は、さっきまでの憂いの表情ではなく、いつもの明るい笑顔に戻っていた。
「どういたしまして」
「さ、行きましょう! シレン、押して?」
「お任せを!」
聖堂まで歩いて数分の距離で馬車は停まっている。建物の目の前ではなく少し手前で停まったのは、ミレーユ王女に二年ぶりのこの景色を楽しんでもらう為だ。
従者には少し距離を置いて付いてくるように指示を出して、車椅子を押してゆっくりと聖堂に向かう。これで従者を気にせずに会話が出来る。
ミレーユ王女と何年ぶりかの二人での聖堂か……。中に入ったら〝あの約束〟の事を聞いてみようかな?
自然と車椅子を押す手には力が入っていた……。
♦️
二年ぶりの聖堂か……。ずっと来たかったんだよね。やっと来れた!
目に映る情景は小さい頃から見慣れたものと変わる事なくそのままで、安心感を与えてくれる。気分を落ち着かせるには、ここは私には最適な場所だった。
私はこれからどうしたらいいのだろう……。この数日はずっとそればかり考えている。
シレンに押してもらっている車椅子はゆっくりと聖堂に向かっている。シレンの心遣いかな? ありがとう、シレン。でも私は……。
膝の上に持ってきた本……〝勝つ為の交渉術〟をぎゅっと掴む。
帝国が現れる前までは、私の日常は平穏で、何事もなく過ごしていた。あの幼い頃からの恋を叶えて、結婚して、平穏のまま歳を重ねていくと思っていた。
帝国に居た二年は私を劇的に変えてしまっていた。しかし私は王家の人間だ。自由が許されない立場の人間だ。けれど自由になったとしても、思い通りにいくと限らないのは分かりきっている。
もどかしいなぁ……。
「ねえ、シレン?」
「何だい?」
「私って……変わったと思う?」
「え? う〜ん。変わったと思う」
「どういう風に?」
「綺麗になったよ」
「何それ? てか、シレンは変わらないよね」
「……そうかな?」
「……そうだよ」
いつの間にか聖堂に到着していた。階段は使わないし広いから、車椅子のまま中に入る。
「ねえ王女? 子供の頃に二人でここに来たこと覚えてる?」
もちろんだよシレン……。
「覚えてるよ。馬に乗せて連れて来てくれたんだよね?」
建物の中も二年前と何も変わらない。相変わらず綺麗に保たれている。
「あの時、王女が言おうとしてた約束の続きを——」
「ミレーユさん! ミレーユさんじゃなくって!?」
突然の聞き覚えのある声がした上の方を見ると、バーバラ様が二階の手摺りから手を振って見下ろしていた。
「——バーバラ様!」
「やっぱりミレーユさんでしたのね! 待っていて下さる? 直ぐにそちらに降りて行きますわね!」
バーバラ様は二階の部屋の中へと消え、ドタドタと音をさせながら一階の部屋から現れた。
「バーバラ様! 何でここに——」
言葉は途中で遮られてしまった。口を封じられてしまったからだ。私の顔はバーバラ様の胸の中に押し込められてしまっていた。
「良かったですわぁ! また会えましたわね!」
やっと離してくれたバーバラ様は狩りに行くような格好をしている。そしてよくお似合いでいらっしゃる。
「あなたはミレーユ王女と一緒に塔に居た方ですね? 何故ここにいらっしゃるのですか?」
シレンは腰の剣に手を掛けて周囲を警戒している様子だ。確かにそうだ。バーバラ様が一人でこんな所に居る訳がない。ジーナさんは? 他にお付きの警護の人達は?
「大丈夫ですわよ。
「信用出来ません。王女、ゆっくり後退します。大丈夫。僕が守ります」
シレンは剣に手を当てたまま、ゆっくりと車椅子を後退し始める。
「待ってシレン! バーバラ様は信用出来る方よ! それに……」
バーバラ様が言ってたもう一人が気になる。配下の人間ならば〝その者〟と言うはず。しかしバーバラ様は〝その方〟と言っていた。バーバラ様がそう呼ぶ人は私は一人しか知らない。
まさか……まさか……。
「信じられないのも無理ありませんわ。
「しかし、そうは言っても疑うのが僕の務めです。申し訳ないが王女を守る為なので、お許しいただきたい」
シレンも引かないわね。近衛隊としては立派だけど……もし私が考えている通りなら、その真実を私は是非とも受け入れたい。
その時、正面入口のドアが開き従者の一人が入ってきて近くで片膝をつく。
「申し上げます。建物に入ろうとした不審者を捕らえました。帝国の者と思しき者です」
「あら。恐らくはその方ですわ。ここに連れて来て下さいます?」
バーバラ様はニコニコと自分の部下のように従者に指示を出すものだから、その場の全員が困惑してしまう。
でも……バーバラ様らしいな、ふふっ。
「シレン、お願い」
「分かりました」
シレンの指示を受けた従者が外から連れて来たのは、後ろ手で縛られてはいるけど、まさしくジェイクマン将軍その人だった。
「——っ!」
本当に……本当にジェイクマン将軍だったの……?
「あの方はどういう方なのです?」
「あら、ご存知なくて? 帝国軍の最高責任者
——処刑!? 私のせいだ……私を逃がしたせいで……でもそれだけであの皇帝が将軍を処刑なんて……あり得ない。まさかそんな——。
「ならば縄は失礼ですね。縄を解いてあげて下さい」
「はっ!」
従者は縄を解いて正面入口から外に出て行く。また周囲を警戒に当たるのだろうか。
「いやはや。バネンシアの人間は強いですね。抵抗しても、一瞬のうちに縛られてしまったよ。敬服します」
シレンに話しかけるの? ……私じゃないの?
「素直に受け取っておきます。色々と事情がおありのようですので、失礼ですが聴取をしても宜しいでしょうか?」
「構いませんよ。私はもう何の権限も無い。それよりもバーバラ様の身の安全を優先して頂けたら助かります……っ」
やっとこっち見てくれた……。私が今どんな顔をしてるか分かる? 私の気持ち、表情から読み取ってくれますか? 得意でしょ?
「それはお約束致します。今更ですが、この方は皇帝の御妹君のバーバラ皇女ですか?」
「そうですのよ? でも
「そうですか……深い事情がおありのようですね。とりあえず落ち着ける場所に移動しましょう」
「それでしたら、そちらの部屋にソファとテーブルがございましてよ?」
「そうですね。そちらに行きましょう。それで宜しいですか王女? ……王女?」
「ミレーユさん? どうかなさいましたの?」
会話が聞こえてない訳ではなかった。聞こえてるけど理解してないだけだ。泣きそうだけど涙は必死に堪えてるんだよ? だって笑顔で会いたいじゃない……。笑おうと頑張ってるんだよ? 私、今きっと不細工な顔をしてるだろうな……口は苦虫を噛み潰したように歪んでるよ。唇もプルプルしてるよ。
なのに何でそんなに優しい表情で見返してくるの? 何で近づいてくるの? 片膝ついて目線を合わせてくれたの? 私が車椅子に座ってるから?
「お久しぶりです。ミレーユ王女。元気そうで良かった——っ」
何故そうしたのか自分でも分からない。気が付いたら車椅子から飛び降りて、ジェイクマン将軍に抱きついていた。
「将軍が無事で良かった——また会えて良かった——」
泣かない……絶対に泣かない!
「俺もです、ミレーユ王女。無事で良かった。またこうして会えて嬉しいですよ」
抱きしめてくれて、頭を撫でてくれる将軍の手からは、大きな優しさが伝わってきて、確かな想いを感じずにはいられなかった。
♦️
あらあら。ようやく素直におなりになったんですのね? これでミレーユさんも殻を破ったと言えますわね。でも、まさかジェイク様も既にそうだったとは驚きですわ。ジーナの〝ロリコン化作戦〟が上手く功を奏したのかしら?
ともあれ、
ふと横を見ると、銀髪が美しい青年が鎮痛な面持ちで二人を眺めている。
これはこれは……そういう事なのですか?
「ねえ、たった今、失恋をされたあなた?」
「え! ぼ、僕ですか?」
可哀想に……動揺が隠し切れなくて素が出てますわね。変な気を起こさなければよろしいのですけど……。
「想いを成就させる事が出来ない悲しみは
「僕は、そんな……ありがとうございます」
「あら、お気になさらないで? あなたの為ではなくてミレーユさんの為……ひいてはジェイク様の為ですもの。愛しい方には幸せになって頂かなければなりませんもの。そうではなくって?」
抱き合う二人が身体を離し、ジェイク様がミレーユさんを車椅子に乗せているのが視界に入った。
「シレン……ごめんなさい。私はあなたとの約束を守れないです。子供の頃の約束とは言え、自分から持ち掛けて自分から破る最低な女です。本当にごめんなさい……」
「王女……僕は王女の明るい笑顔が好きです。これからも王女のその笑顔を全力で守ります。その想いに変わりはありません。なのでもし、そちらの方が王女の笑顔を崩すような事をしたら、許しません。宜しいですか?」
「誓おう。ミレーユ王女の笑顔は俺も守る」
二人の男の間には火花がパチパチと……てのを想像してましたのに、違うのですね。何か一瞬で全てが落ち着いたような……。
「つまんないですわぁ! もっと激しい嫉妬と憎悪をぶつけ合うものとばかりに思ってましたのに! ジェイク様もシレンさん? も、恰好よすぎですわ!」
「そんなんじゃないですよバーバラ皇女。僕はただ——」
「今何てお呼びになりました?
「あ、すみません! えと……バーバラ様」
「はいぃ。
「は、はい! もちろんです!」
「どうもありがとう。ってミレーユさん? さっきから何をクスクス笑ってらっしゃるの?」
「……ごめんなさいバーバラ様! あまりにもバーバラ様がバーバラ様らしくって、その……」
「
「そうよね! バーバラ様はそういう方でしたよね。ありがとうバーバラ様。私はそんなバーバラ様が大好きです」
「あらあら。ジェイク様から
ミレーユさんの頬に手をあて、キスを迫ってみる。これはちょっと意地悪だったかしら?
「や! あの、その! バ、バーバラ様!?」
「冗談です。ミレーユさんもノリが悪いですわよ?」
「もお! バーバラ様ぁ!」
周囲は笑い声で包まれる。そう……そうですわ。
これで良かったのですわ。これで……。
「さ、ミレーユさん? この聖堂が〝あの伝説〟の聖堂ですのね?」
「うん。そうです。よく覚えてましたね?」
「当たり前ですわ。
「ありがとうバーバラ様! ジェイクマン将軍? この先の大広間の奥に、一緒に入ってほしい場所があるんです。そこに連れてってもらえますか?」
「分かった。行きましょう。着いたらその〝伝説〟とやらを教えて下さいね?」
「はい!」
「ではバーバラ様。申し訳ないが、少し離れます」
「構いませんわ。行ってらっしゃいな」
一礼してミレーユさんの車椅子を押して奥に進むジェイク様の背中……やはり行ってしまわれるのですね。
そう仕向けたのも、そう願ったのも
お兄様のように慕っていたジェイク様……幼い頃からずっと恋焦がれていた方が、まさか本当に血縁のお兄様だったなんてね……。
ミレーユさん、ジェイクお兄様を宜しくお願いしますね。ジェイクお兄様もミレーユさんを宜しくお願いしますね。ミレーユさんは
やがて二人は奥の部屋へと続くドアの向こうへと消えていったのでした。
泣きませんわ。ミレーユさんも泣かなかったのです。
「さあ、シレンさん? 情報交換といきましょうか!」
「望むところです。バーバラ様」
似た者同士、共同戦線を張らなきゃですわ!
次回【第七章 終焉の序曲】
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