第5話
そこは、城の中であった。白銀に光る長い髪と綺麗な角の生えた男が水晶を手に何かを唱える。すると、そこから黄色い竜が出てきた。竜は白銀の男性の周りを嬉しそうに旋回する。男も、嬉しそうに微笑みながら何か声を掛けていた。幸せそうな空間だった。すると、急にあたりが暗くなり、そこは北の塔だった。白銀の男が泣きながら水晶を、石台の上に置いた。今度は声が聞こえてきた。
「雷龍よ、許しておくれ。お前まで連れてはいけない。ここに1万年の封印を処す。きっと、人間と獣人が分かり合ってこの封印を解いてくれるはずだ・・・。ここに置いていくことを許しておくれ。お前は本当に良い奴だ。幸せにおなり・・・・・。」
大きく手をかざすと石台は下に沈んだ。それを見送ると、男は北の塔にも封印をかけた。すると、悲しそうな声が聞こえてくる。
「ルーカス様・・・・・。いつまでも・・・お仕えします。必ず・・・必ず・・・・・」
涙を流しているのだろう。その声が段々と大きくなると、目の前にある水晶が黄色と青く光った。
「ルーカス様。ルーカス様」
水晶から声が聞こえてくる。
「おい。ルーカスって龍也の事呼んでるんじゃないか?」
海が龍也の顔をのぞき込むと、彼の瞳の色が変化していた。龍也はゆっくりと水晶に手を伸ばす。海もそれを見て青い水晶に手を伸ばした。すると、大きな2色の光に包まれて2頭の竜が現れた。
「ルーカス様!!」
黄色の竜が龍也に飛び掛かる。
「お待ちしておりました。お待ちして・・・」
大きな竜の顔から大粒の涙が零れ落ちる。龍也は思わずその竜の頬に手を添える。
「・・・・またせてすまない。」
勝手に口が動き、言葉が出てくる。
「再び会えて嬉しいぞ。この者の力になっておやりなさい。いいね・・・」
瞳の色がもとに戻ると、龍也と海の耳にそれぞれの色のピアスが光る。放心状態の海と龍也に雷龍は優しく話しかける。
「始めまして。ルーカス様の魂の後継者。私は雷龍。1万年前にルーカス様にお仕えしておりました竜です。」
「始めまして。俺は青龍。人間界の守り神として人間の王ダリア・ドービルに仕えていた。1万年前、ダリアが消滅したとき、ルーカス様が雷龍と一緒に眠らせてくれたんだ。俺はあんたに今度は仕えればいいのか?」
青い竜は少々乱暴な口調で話をしてきた。大きな瞳で海を見つめる。思わず吸い込まれそうな勢いだ。黄色い雷龍と名乗る竜はどこか寂しそうな表情をしている。
「ごめんよ。雷龍。僕はルーカスじゃないんだ」
申し訳なさそうに笑う龍也をみて、頬に顔を寄せる。
「分かっております。あのお方と、あなた様は同じ魂だけれど別のお人・・・。十分承知しております。ただ、ルーカス様の影を追ってしまうのはお許しください。」
「・・・・うん。君のルーカスを慕う気持ちは、さっきみせてもらった君の記憶から十分伝わった。」
龍也に優しく撫でられ雷龍は再び大きな涙を流す。
「ありがとうございます。龍也様。私、しっかりとあなた様のお役に立てるように頑張ります。」
抱き合う二人を海と青龍は冷静に眺めていた。
「青龍は、あそこまで主人を慕ってなかったのか?」
「いや。俺の場合はダリア様というより、ドービル家に仕えていたからな。封印されたときは確か・・・・ダリア様の弟のハワード様が、俺の魂をここに連れてきたんだ。」
「ハワード?」
「ダリア様の弟君だよ。ダリア様より頭脳派だったからねちっこくて俺はあまり好きじゃなかったんだけど、青龍と雷龍は双子竜だから一緒に眠るほうが力がたまるとかで、一緒にいたんだよ。」
「ふぅん。で・・・・・お前はこの俺の耳のピアスとどう関係あるわけ?」
青龍のあごひげを引っぱり、ピアスへ近づける。
「いただだ・・・。あぁ。このおもてぇ水晶持って歩かなくても、その耳の小さな水晶でも俺たちの力を、使うことが出来るんだ。その耳に付けた人間だけな。だからおれは・・・・・・えーっと。名前なんだ?」
「海。堂本海」
「おう!海!!よろしくな」
大きな手を差出し、青龍と海は握手をかわすと吸い込まれるように青龍はピアスの中に入っていった。
「うわっつ!急に来るなよ」
大きな風が吹き水晶の色が寄り濃くなる。
『海。聞こえるか』
頭に響くように声が届いた。
「青龍。どうなってるんだ」
『その小さな水晶を通じて話をしているんだ。おもしろいだろ。これはお前にしか聞こえていない。これを使えば敵に気づかれず、俺たちは意思疎通が出来る。』
『なるほど、便利だな』
青龍と海の楽しそうな声を、雷龍は嬉しそうに聞いていた。
「青龍のあんな楽しそうな声は久しぶりです。ダリア様が生きていた頃は、よく一緒にお茶を飲んだり、本を読んだり楽しい時間を過ごした物です。そういう世界を、きっとルーカス様は愛しておりました。」
雷龍は急に言葉を詰まらせた。
「どうした?」
「・・・・・。最後にみたのは、苦しそうなルーカス様のお顔でした。今は・・・・。人間と獣人は共に歩めていないのですか」
大きな瞳には涙がたまっていた。
「雷龍・・・。だから、君と僕は出会ったんだ。ルーカスとしてではなく、龍也としてお願いする。雷龍。僕に力を貸してくれ。」
差し出されたその手と、凛々しいその表情に雷龍は胸が熱くなった。1万年前ルーカスと最初にかわした言葉が蘇る。
『はじめまして、雷龍。僕はこの獣人の世界と人間の世界との平和を守りたい。僕に力を貸してくれるかい』
優しいルーカスの表情とは違うが、その瞳から漲る力は同じだった。
「はい。龍也様。誠心誠意お使いさせていただきます。」
握手をかわすと、雷龍も龍也のピアスに入る。
『中に入っている時はこちらからお話いたします。』
『すごいね。便利だ!!』
龍也と海は水晶を手に取り、共に部屋から出てきた。心配そうに扉の前で待つファイが海の姿をみて抱きついた。
「おい、ファイ!」
「よかった~生きてたぁ。」
海は少し照れながらも嬉しそうにファイの頭を撫でた。
『あれは海様の奥方ですか?』
雷龍が頭に語りかけてくる。
『ちがうよ。あれはファイ・ゾディアックさん。確か獣人王の娘さんだよ。そして僕たちは人間。つい先日まで縁もゆかりもなかった人だよ』
少し寂しそうな龍也に雷龍は再び優しく語りかけてくる。
『ゾディアック様はルーカス様の婚約者ではなかったですか。龍也様は良いのですか?』
『僕?僕はファイさんの事はなんとも思ってないよ』
雷龍は複雑な思いを抱きながら、その先の言葉を飲み込んだ。
「ご無事で何よりです。」
レオンが嬉しそうに龍也の持つ水晶を受け取る。
「ありがとうございます。これが雷龍と青龍の水晶です。」
「龍也様・・・・・。耳に何か・・・・」
レオンが龍也の耳に触れようと手を伸ばしてきた。それに気づき龍也は下がる。
「レオンさん。ここだと狭いので広い所に行きましょう。」
龍也がいたずらそうに微笑み、皆を城の庭まで誘導した。
龍也と海は向き合って立ち、ピアスを優しくつかむ。
「雷龍」
「青龍」
2人の声でピアスからそれぞれ青と黄色の光が放ち大きな2頭の竜が出てきた。
「雷龍と青龍・・・・・・」
レイとルルーシャの顔を見て青龍が近づいてくる。
「魔女か・・・・久しぶりだなぁ」
目の前に立ちはだかる青龍に圧倒される2人だがレイが口を開く。
「どこかでお会いしたことあったかしら」
青龍は大きな声で笑った。
「ないぜ。でも俺はお前たちの魂を知ってるぞ。」
にやにやと笑う青龍にルルーシャは気味の悪さを感じたがそのまま海のもとへ戻ってしまった。
「レイ?」
心配そうにレオンが走ってくる。
「大丈夫ですか?」
レイとルルーシャの顔が真っ青だった。
「あの、青い方の竜。気を付けた方がいいわ。黄色い竜には、殺気は感じられないけれど青い竜が私たちを見る目からは殺気のようなものを感じた。海は能力が薄いから乗っ取られたりしないようにね。」
「だってあの2人の耳についてるのは契約の印でしょう。主をのみ込むなんてことがあるのかしら・・・・・」
「わからない。でも、注意して見守りましょう」
レイ、ルルーシャ、レオンは楽しそうに竜と戯れる3人をみながらこの不安は気のせいで会って欲しいと願うのであった。
日も暮れて、1日動き回った一行はベットに入るとぐっすりと眠ってしまった。そんなときもピアスはついたまま。2頭の竜も主の隣でぐっすりと眠っていた。海と龍也の部屋をこっそりとレイとルルーシャがのぞき込む。
「そうとうなついてるわね・・・」
小声で2人は近づいて会話をする。
「えぇ。まぁ龍也君はルーカスの魂の生まれ変わりだからわかるけど・・・・・問題は海君の方よ・・・・。」
「海ってもしかしたら、誰かの魂の生まれ変わりなのかしら・・・・ほら、1万年前の誰かとゆかりのある。」
「だとしたら・・・・・王族?」
ひそひそと部屋を覗き混むことに必死な2人の背後に誰か人の気配。
「なに、若い男の寝室をのぞき込んでいるのですか。いい大人が。」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
見回りに来たレオンがふざけて懐中電灯で自分の顔を照らしていた。お互いの口をふさぎ大きな声はでなかったものの、その場に腰を抜かして座り込んでしまう。
「まぁ、こんなところに座り込んでもお邪魔なだけなので温かい紅茶をお淹れ致しますよ。」
レオンに連れられ、リビングへ向かうのであった。
夜のリビングにハーブティーのいい香りが室内に漂う。
「やっぱり気になるわ・・・」
レイがソファーにもたれかかり、顔を天井に向ける。
「仕方ないでしょう。少しずつ様子を見るしか私たちに出来ないのよ」
ルルーシャは机の上にレオンが用意したハーブティーを手に取りゆっくりと一口、唇を付ける。
「レイは慎重になりすぎですよ。せっかく力となる、雷龍と青龍が手に入ったのですよ。もしかして自分の力で取り戻せなくて悔しいんですか」
レオンのほうを鋭く睨みつける。
「あのね、私そんな小さな女じゃないわよ。まぁ、今日はあの人間達に助けられてばかりだったけれど・・・」
「龍也君は人間って言っても、魂が普通の人と違うんでしょう。だから色々と今回の件だけじゃなくても、この先も力になってくれそうよね」
「そうですね。龍也様はかなり別格ですからね。レイ、森ではどうだったのですか」
話を振られて、少し気まずそうなレイ。
「・・・・・まぁ結果的には龍也の力ね。竜族を説得して近々こちらへ来てくれるそうよ」
その話を聞いてレオンとルルーシャは顔を見合わせた。
「あの竜族をあんな短時間で?」
驚くレオンにレイは飲もうと口に運んでいたハーブティーを思わずこぼしそうになる。
「何をそんな驚くことがあるの。私と龍也が行ったのよ。説得出来ないわけないでしょ」
誇らしそうにするレイ。
「どうせほとんど龍也様の力ですよ」
レオンがルルーシャに耳打ちすると、レイはそれに気づき、レオンの襟を引っぱる。
「ちょっとぉ・・・聞こえてるんだけど!!」
3人で笑いあい、深夜であることも忘れ子どもの時のように盛り上がった。にぎやかな声に気づき国王シルバが食堂を覗きこむ。3人の楽しそうな姿に、微笑みかけると静かにその場をあとにした。『きっとこの先争いが始まる。今だけでも、仲間と過ごす楽しい時間を大切にするんだぞ』と心に思い、自室へ戻った。
次の日元気なファイ、海、龍也に対して遅れて食堂に入ってきたレイ、ルルーシャ。レイは大きなあくびをしていた。
「レイさん大きなあくびですね」
いたずらに笑う龍也にレイは隣に座り彼の頬を突く。
「その可愛い顔して毒舌なのは、どうにかならないの」
「可愛い顔だなんてそんな」
照れて笑うその姿に、レイはため息をつく。そんな会話をしていると、いい香りと共にレオンがワゴンを押してやってきた。
「皆さまおはようございます。朝食の支度が整いましたので、ご用意を行います。」
レオンの声に合わせ、何人もの使用人が出てきてあっという間に支度を行う。国王の声かけと共に使用人は下がりレオンも席に着く。
「では、皆の衆。昨日は雷龍と青龍の封印を解いてくれてありがとう。また、次の秘宝について相談でもしながら楽しく朝食を食べてくれ。では、いただこう。」
朝日が差し込む室内では、ナイフとフォークのおいしそうな音が響く。黙々と食べる皆の沈黙を破ったのはレオンであった。
「ところで、次の秘宝ですが人間界に予状を出すのはどうでしょう」
「久しぶりの予告状ね。お父様、予告状を作って下さる?」
ファイの無邪気な笑顔にシルバも嬉しそうだ。
「いいとも。今回は何を取りに行くのだい」
嬉しそうな国王の姿にレオンは、残りの秘宝であろう情報が書いてある紙を渡した。
「アイオライトの首飾りか・・・・いいね。これを取り行っておいで。」
「はい」
国王の言葉に、一同力強い返事をする。
朝食を食べ終えると、着替えを行うために各部屋へ急いだ。海と龍也は来た時に着ていた服に久しぶりに腕を通す。
「まだ数日なのに懐かしいな」
嬉しそうに支度をする海に対し龍也は複雑な思いを抱いていた。自分が竜族の生まれ変わりで、この世界を動かすことの出来る力を持つなんて事を、自分の親や弟にどう伝えようか迷っていた。
「龍也?どうした」
海が心配そうにこちらをのぞき込んできた。
「うん・・・・・。帰れることが嬉しくないわけじゃないんだ。でも、なんとなく変わってしまった自分を受け入れてもらえるか不安が大きいんだ。海はすぐに僕の事を受け入れてくれたけど・・・・」
龍也が言葉に詰まっていると、海はそっと彼を抱き寄せた。
「大丈夫だ。力を受け継いでも、生まれ変わりでも龍也は龍也だ。雷牙龍也だ。」
力強いその言葉に龍也は静かに涙を流した。
「海・・・・・ありがとう・・・」
しばらく2人はお互いの不安な思いをかき消すようにその場から動けなかった。海だって、色々と変わった現状に不安が全くないわけではなかった。自分の立場を理解しているつもりではあるが、警視総監の息子である自分も頭に片隅には残っていた。
ノックの音が部屋に響く。
「海様、龍也様。お仕度は整いましたか」
レオンの優しい声が、ドアの向こうから聞こえる。
「はい」
「今行きます」
お互いの背中を強く押し、気合を入れる。さぁ、いざ人間界へ。
久しぶりにやってきた人間界の空はよどんで見えた。
「こんなにコンクリート地獄だったんだな。東京は」
海がビルの屋上に足を掛けてかっこつけながら見下ろす。
「落ちますよ」
後ろからレオンが声を掛けるがその拍子にバランスを崩しよろける。
「あぶないだろ!落ちたらどうする」
「大丈夫よ。あなたは、もう普通の人間ではないもの。このくらいの高さならちょっと痛いだけよ」
ファイ言葉に海は空いた口がふさがらなかった。思わずもう一度、下を覗きこむがとても痛いで済む高さとは思えなかった。
「大丈夫だよ。もし落ちても僕が助けてあげるから」
さわやかに微笑む龍也。彼は竜なので空が飛べる。
「ありがとう。龍也」
そんな彼らを見てレオンは心を痛めていた。彼らは今まで味方だった人に立ち向かわないといけないのだ。
「では、作戦をお話します。」
ビルの屋上で、作戦会議を行い日が落ちると、レイとレオンは城へいったん戻り、他の者は持ち場へと向かった。
ファイとルルーシャがおとりとなり、そのすきに海と龍也が首飾りを取りに向かう。
「ファイ。気を付けてね」
先を行くルルーシャがファイを気にしながら先に進む。
「大丈夫よ。あたし、1回来た事あるから」
“その余裕が不安なんだよなぁ”と不安に思った言葉をのみ込んだ。
「とりあえず、中央展示室に向かいましょう」
ルルーシャがステッキを出すとファイもふわりと体が浮いた。足音が立たないように、数センチ浮いた状態で歩き出した。
「魔女ってすごいのね」
「レイには負けるけどね」
いたずらに笑うルルーシャ。その背後に大きな男がいた。
「ルルーシャ」
大きな男は静かに彼女の名前を呼んだ。
「あら、達樹!どうしたの」
ルルーシャがいそいそと駆け寄る。
「どうしたのじゃないだろ!!全く君は急にいなくなるから心配したぞ」
男は強くルルーシャを抱きしめた。
「ごめんなさい。でも今は、秘宝を!」
ファイが呆然とその光景を眺める。なんとなく2人の関係は予想出来たが一応聞いておく。
「ルルーシャ。そちら・・・・どなた?」
恐る恐る男性の顔をのぞき込む。
「あぁ失礼。ルルーシャの夫、阿出川達樹と申します」
達樹は、ファイへ握手を求めるが誰かの足音を感じ取り3人は一気に距離を取る。警備の人が丁度見回りに来ていたのだ。立ち去ると達樹はルルーシャを真剣なまなざしで見つめる。
「君はいったい何をしているんだ。こんなに危険なこと。きちんと説明してくれないと、納得できないぞ」
「あなたが戻るまでには帰ろうと思ったのよ。ごめんなさい」
抱きついたままの2人に、ファイはどうしようか悩んでいると先に、博物館内にいた海と龍也が通りかかる。
「どうしたんだい」
龍也が優しく話しかけるとルルーシャは、申し訳なさそうに話す。
「夫に色々と伝え忘れちゃって・・・・」
達樹は海と龍也を睨みつける。
「おまえら、何者だ」
ルルーシャは小さくステッキを動かし、海と龍也を浮かせた。
「しばらくその力を使えるようにしておくから3人で頑張って。」
ルルーシャはは達樹を連れて、博物館の出口へ向かった。
「なんだ・・・・あのクマみたいな男・・・」
「ルーカスの旦那さんらしいよ」
「すごいひとだったね」
足音がならないようにはなったが、ルルーシャが抜けたことにより、二手に分かれるか不安が生まれた。
「とりあえず、もう目の前が中央展示室だから、まずは俺が様子を見に入るよ」
海が先に展示室へ向かう。ゆっくりと扉を開けるが、そこには展示物はなく奥に誰か椅子に脚を組んで座っていた。海はその人物に見覚えがあった。
「待っていたよ。海」
忘れるはずがない。誰よりも自分を大切にしてくれた人の事を・・・
「兄貴」
そこにいたのは兄の陸であった。
「あの日、大きな光に包まれて海と龍也は姿を消した。驚いたよ。何処を捜しても見つからず、しかも1ヵ月も行方不明。大切な弟(人)をまた、俺は失くしてしまったと、本当に焦ったよ。」
兄の不敵な笑みに、海は恐怖も感じた。
「しかし、龍也があいつらにとって何か必要な人間らしいっていうヒントから、世界がもう一つあることを思い出したんだ。ねぇ、海。君はあちらの世界には必要ないのだろう・・・。俺と一緒に新しい世界を創らないか」
陸の言っている意味がよくわからなかった。でも、海は口も手も足も動かすことが出来なかった。
「あぁ。僕の可愛い弟よ。僕のもとへ戻っておいで・・・」
ゆっくりと近づいてくる陸にただならぬ雰囲気を感じた。圧を掛けられているような、不思議な感じが体をしばりつける。どうすることも出来ないまま、兄の手が海の頬に触れた。
「僕の海。やっと同じ(時空)ときに生まれたのにどうしてすぐに離れようとするんだい」
兄のいう意味がわからなかった。小さいころから、異常なほど兄は過保護だったが、少しの間獣界に行っただけでこの雰囲気・・・。
「海。もう龍也の所には行かせないよ」
“龍也”というワードにふと扉の外へ目をやる。すると、陸は扉に向かって拳銃を向ける。
「龍也!!そこにいるのか!」
しばらく沈黙が続いたあと、静かに扉が開いた。
「ファイ?」
そこから出てきたのはファイであった。
「龍也はいないわ。彼は今回の作戦。こちらの世界には来ていないもの。」
「嘘をつくな!!。わかっている。僕には魂であいつの存在がわかる」
陸の言っていることはわからないが、海とファイは、この空間に何か魔力が関わっていることはなんとなく感じていた。
「龍也は普通の人間でしょ。なんでそんなことがわかるの?」
ファイがゆっくりと、陸の顔色を伺いながら言葉を投げ掛ける。
「はぁ?何を言っている。おまえらが1番よく分かっているだろう。あいつに初めて会った時からあの魂は嫌な気がしていたんだ。」
陸の“初めて会った”という言葉にファイは引っ掛かりを感じていた。
「待って。あなた初めから龍也がルーカスであることがわかっていたの」
“ルーカス”という言葉を聞いた瞬間、陸の目つきが変わった。ファイと海は“やばい”と思ったが、もう遅かった。
「そうか、やはりあいつはルーカスだったのか。そうか・・・・・・」
陸は高笑いしながら海の首に手を回す。
「海・・・。お前は俺の味方だよな」
「・・・・・・・・あ・・に・・き」
少しずつ力の入るその手に、抵抗しようと力を入れるが、思うようにいかない。
「龍也はここにはこないわ」
その言葉と同時に、ファイは陸に向かって赤い光を放つ。その瞬間海の体が瞬時に軽くなった。
「海。」
ファイが龍也のイヤリングを静かに海の手に渡した。
「龍也から預かった。雷龍と青龍を一緒に召喚して戦ってって。」
「龍也は?」
ファイはにんまりと微笑んだ。
30分前。海が一人で中央展示室に入っていったあと、ファイと龍也はひそひそと話していた。
「ファイ。僕は奥の倉庫に行ってみる。おそらく、ここに秘宝はない。今までの傾向的にそうだった。そして、きっとここには陸さんがいる。海は一人では戦えないだろう。」
「陸さん?」
「海のお兄さんだ。僕が思うにあの人は誰かの生まれ変わりだ。だから今回の件にも必ず関わってくるはず。ファイには海に力を貸してあげて欲しい。」
龍也の真剣な表情にファイは龍也の作戦に乗ることにした。
「わかったわ。でも、海はどうして戦えないの」
「兄弟っていうのは、固い絆があるんだよ。特に海の兄、陸さんは異常なほど海を溺愛している。そう・・・・・・怖いほどに」
異様な緊張感にファイは息を飲む。
「これを海に」
龍也が差し出す手には、黄色のピアスが握られていた。
「雷龍の片耳です。青龍と雷龍は1体でも十分な力がありますが、対になっているので一緒に戦う方が強いです。ですが両耳預けるのは僕に万が一があった時に、ちょっと心配なので、片耳で我慢するように海へお伝えください」
そう言い残すとゆっくりと立ち上がり、倉庫へ向かった。残されたファイは扉の前で突入のタイミングを測っていた。
「と、いうわけよ」
龍也から託されたピアスを握りしめ、右の耳に青いピアスと並べて付けた。
「青龍、雷龍いくぞ」
海の声に2匹の龍は勢いよく現れた。
「いくぞ!」
「龍也の分まで頑張りますか」
ゆっくりと立ち上がった陸の表情に殺意さえも感じたが、海は息をのみ、足を肩幅に開き踏ん張った。
「兄貴・・・お前は何者なんだ・・・・・・」
陸はにんまりと微笑むと拳銃をファイに向けた。
「堂本陸。27歳。おまえのお兄ちゃんだよ」
不敵な笑みを浮かべ、拳銃を発砲する。
「青龍!!」
海の声で青龍はファイの前に回る。青龍が息を吹きかけると、銃弾は凍り付いてその場に落ちた。
「ありがとう、青龍」
「青龍はファイについて、雷龍は俺と一緒に来てくれ」
「おう!!」
「お任せを」
大きな影がそれぞれの後ろへ回り、大きな光を放ち力をためる。陸も大きな指輪をはめると黒い光を放った。中央展示室には2つの、大きな力がぶつかり合う音が響き渡った。
龍也は一人で周囲を警戒しながら歩いていた。あたりは異様なほど静まりかえっていた。
奥のくらい通路を抜けると、その先には小さな部屋があった。よく警護の仕事をしているときに使っていた部屋なので、なつかしささえも感じる。静かに扉を開けると、そこには海の父、堂本傑が待ち構えていた。龍也の姿を見つけると静かに微笑んだ。
「おかえり。龍也君。」
「・・・・・総監殿」
ゆっくりと部屋の奥に進むとアイオライトの首飾りも置いてあった。
「この秘宝は君が必要ならあげるよ。でも、僕の話を聞いてからこれを持って行ってほしい。お願いできるかな。」
傑の前に小さな机と椅子が用意されていた。龍也は1度唾を飲みこむと、その椅子に座った。
「何でも聞きます。・・・・・・海の事でしょう?」
何かを見透かしたような龍也の目に、傑も驚きを隠せなかった。
「君はこの1ヶ月、色々なことがあったようだね。この話は来るべき時が来るまで君の胸にとどめておいておいてほしい。そして、海を助ける力になってほしい。」
「・・・・・・・・。はい。まぁ、何を言われても海は僕の親友です。どんなことが起きても支えるつもりです。」
頼もしい龍也の言葉に思わず涙がこぼれる。
「さぁ海。かかっておいで」
陸の後ろからは黒い光が放っていた。その威圧的な雰囲気にのみ込まれてしまいそうなほど・・・。
「雷龍、いけ!!!」
「グォォォォ」
「青龍、雷龍の援護よ」
「ヴォォォォォ」
黄色と青色の光が混ざりあい、綺麗な色を放つ。それと同時に、雷と火花が飛び散りあう。
陸に直接ダメージを与えることは出来ないが、黒い大きな力を少しずつ抑えこんでいた。
「海、良いことを教えてやろう。この2つの世界を破滅に向かわせたのは、この俺だ」
その言葉を聞き、海は大きく目を見開き雷龍への指令をやめた。
「・・・・・どういうこと」
「海。俺はな、何千年も昔からこの世界を知っている。生まれ変わりなんだ。お前もこの1ヶ月向こうの世界にいたんだろう。この意味がわかるよな」
圧を掛けるような兄の問いかけに、一気に力が抜ける。
「ちょ、ちょっと海!」
ファイが駆け寄り海を支える。
「俺はお前が生まれる前からお前の事を知っているんだ。この世界はもうすぐ終わる。俺がこの手で終わらせる。だから海。一緒に新しい世界を作ろう。もう1度、初めから創り上げるんだ。獣人と人間と支配されないように。生き残るのはどちらかだけでいい」
ファイは海を支えながらも、指先を動かしながらも青龍に指令を送っていた。青龍はその細かい指令を見逃さず陸の後ろ回る。陸がすきを見せる時を今か今かと狙っていた。
「・・・・・赤い髪のお嬢さん。」
ファイの背後に一気に寒気が走る。
「俺の後ろを取ろうなんて100年早いよ」
ファイに向かって黒い光を放つ。
「ぎゃぁぁぁぁ」
赤い雫が頬をつたう。しかし、海の目にはそんなファイの姿が写ることはなかった。
「少し外してあげたんだよ。なめた真似をすると、次は急所を狙うよ。この龍たちも邪魔だなぁ」
陸の目線がとても恐ろしく感じた。ファイは次の攻撃をかわせる自信がなかった。海を強く抱きしめ、この場をどう切り抜けようか考えていた。
「覚悟しろ。そして俺の海から離れろ」
海はもう、心ここにあらずといった状態であった。支えられるのも時間の問題であった。海の体を支えながらの戦闘は難しい。もう、やられる覚悟も半分心のどこかに決め込み、強く目をつむる。
「・・・・・海!ファイ!」
雷龍が大きく目を見開き覚醒する。そして大きな雷を発生させ陸を攻撃した。
「・・・・・龍也?」
彼の姿はないが、雷龍から声が聞こえる。
「ごめん。大丈夫?ピアスを1つ残しておいてよかった。陸さん。申し訳ないけど海の事は渡せません。そして、この世界も消滅させません」
陸は雷龍に向かって黒い光と拳銃を向ける。
「おのれ、ルーカス!!きさまよくもまぁ、生まれ変われたもんだな。今度こそ許さないぞ」
雷龍は大きく口を開き黒い光をのみ込み陸に向かって吐き出す。そのすきに青龍が海とファイを抱えて飛び立つ。
「かい!!!!!!!」
陸の悲しそうな声が、海の脳裏に残り心が締め付けられるような痛みが残った。
勢いよく進む青龍に、海もファイも目を開けることが出来なかった。高く高く登ると獣界と人間界をつなぐ、ビルの上に到着した。すると雷龍が嬉しそうに鳴き、そこで待っていた龍也に抱きつく。
「雷龍。悪かったな。遠隔でも指示がきけて偉いぞ。みんなを連れてきてくれてありがとう。」
再開して数日とは思えないほどとても仲がよさそうなその姿に海は再び胸を痛めるのであった。
「・・・・・龍也。」
「海。荒療治でごめん。陸さんの事は、なんていうか・・・・・」
言葉につまる龍也に雷龍が優しく背中をさする。
「うん。とにかく今は秘宝を集め前に進むことを考えよう。」
明るく笑うその笑顔に海のつられる。
「ところで秘宝は?」
ファイが龍也の全身に目をやる。すると鞄から黒い箱を取り出す。
「じゃーん!ちゃんとあるよ」
龍也は堂本傑と会った事、そしてきいたことは一切話さなかった。海がどこまで兄、陸の事に気づいたか心残りであったがこれ以上人間界にいたくはなかったので、レオンへ通信を飛ばし、獣界への扉を開いてもらった。魂のつながりがあるため、雷龍は龍也の経験したことをなんとなく理解していた。そしてその波動を感じ青龍も色々なことを感じ、みな、複雑な思いを抱えたままの帰りとなった。
龍の絆 片貝 龍蓮 @ryuuya968
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