第9話 ほんの一握りの光
9.
次に目を覚ました時、ナイフはシノの家のベッドの上にいた。
「………」
傷の手当てをしてくれているとおぼしき者の姿や、心配そうに自分を覗き込んでいる人々の姿を見て、状況が理解できずにいた。
痛む体の節々に、これが現実であるということは理解できた。
えぇっと…、と記憶を辿る。しかし、頭痛が酷い。
「目を覚ました…!良かった…!」
傍で涙ぐんでいた少女ーシノーが何事かを口にしていたが、勿論、ナイフにはなんと言っているのかわからなかった。しかし、自分の生還を喜んで貰っているのかもしれない、ということがなんとも言えない感情を与えた。
ここは何処だろうか。
訊きたかった。
ライトはこの星に居るだろうか。
探しに行きたかった。
でも、身体中は痛く、何よりも心身共に疲弊しきっていて、また静かに目を閉じることにした。
「………」
それから、目まぐるしく沢山の人々が訪れ、好き好きに話しかけては帰っていく。
礼を尽くされているような感じから、自分が何か特別な存在として崇められているのかもしれない、と感じ取った。
皆と同じ民族衣裳を渡され、シノの家から診療所のような場所へ移っていた身柄はやがて、ささやかな家をプレゼントされることになり、そちらに移り住むことに。
「シノ」と呼ばれている少女は中でも、ナイフの元に足繁く通った。ナイフも彼女が自分の第一発見者だということは、始めに手当てを受けていたのが彼女の家だったので理解していた。
「………」
ぼんやりと過ごす日々。
この星の言葉を何と無く理解し出した頃、シノが自分のことを「小雪」と名付けていたことに気が付いた。
彼女の表情はいつも、コロコロと変わる。
楽しそうに今日あったことを話したり、深刻そうな顔をして、自分のことを心配している彼女の顔は、彼にはとても新鮮だった。だからと言って、動く感情なんてものはなく、淡々と毎日を過ごした。
こんなことをしている場合ではない。
早く、ライトを探しに行かなければ。
そう思っていたけれど、でも、もしも、この星で無かったら……どうしようか、と不安だった。
否、『不安』なんてものではない。そんな、一言では表しきれない絶望が怖かった。
ああもう、いっそ…。
何も願わずに、ここで新しく生きていこうか…。
この星では飢えることは無いのだなと理解するのは早い。
ただ家の中で眠っているだけなのに、食べ物は朝昼晩と運ばれた。
ただ、生きていくことが………こんなにも簡単に出来てしまう星がある…。
それは、しかし、『希望』にならなかった。
与えられた食事はやはり、変わらず味がしなくて、『やっぱりな』と思った。
どう言い表すことも出来ないその感情は、やっぱり『絶望』の方が大きかったように、彼は思う。
愕然とした。自分の、ライトの…、母の、妹の…他にも飢えに苦しんでいる全ての人々の、これまでの生は?あの日々の絶望は、なんだったのだろうか、と。
胸が苦しくて、もう、どうにでもなってしまえばいいと思うと。歩く気力も湧かない。
こんな星、来るんじゃなかった、と………思った。
それでも自分の元に足繁く通う、シラーの花のような色の髪を持つ少女につい、声をかけてしまった。
「…………僕の名前は、『小雪』じゃないよ…」
「!」
驚いた顔をして、彼女はナイフを振り返る。
「……貴方、喋れたの…」
「……」
驚いた顔はやがて、ほっと安堵の息と共に柔らかくなり、それこそ、花が咲くような笑顔を見せた。
一方でナイフは自分に向けられる笑顔に居心地が悪く、そわそわとした。しかし彼はそういった感情を隠すのが上手い。
それからも、シノは彼の家を訪ねては色んな話をした。
彼が退屈しないように、というよりは「寂しく思わなくてもいいように」とそうしているのだろうと感じ取ることが出来る。
心優しい彼女に、解されていく心があった。
彼女の豊富な知識に、感化されていく自分が居ることを、小雪は自覚していた。
『生きていてくれて、ありがとう』
『生きることを選んでくれて、ありがとう』
声が、した。
…………気がした。
なんて、尊い言葉なのだろうかと思った。
柔らかく笑う、彼女の顔が浮かぶ。
「小雪ッ………!」
誰もがその突然の来訪者に目を見張り、咄嗟に動くことが出来なかった。
飛び込んだその少女ーシノーは、小雪の手を引き、王と小雪の間……その、王の剣先に割って入る。
「………シラー」
ナイフ…否、小雪も、目を丸めて彼女の背中を見た。
小さいはずのその背中が大きく見えて、二度驚いた。
「………へぇ?…君は?」
ライト…王も、目を見開いて突然現れた彼女を見る。それから、また目だけ笑わない笑みで訊ねた。
「お初お目にかかります。…いきなりの無礼を申し訳ありません。私は、遠い村より参りました。シノ、と申します。小雪の友人です」
「……『小雪』」
王はその聞き慣れぬ名前を繰り返し、それがナイフのことを指しているのだとわかって、「ふぅん?」と少し、愉快そうに笑った。
「………彼は、『小雪』と言うんだ?」
「はい」
シノが胸を張って答えると、王は向けていた剣先を下ろした。
「白い髪と肌を持つから?確かに、赤い目が映えて、雪うさぎを連想しなくもないね。いいね、『小雪』。じゃあ、僕は『雪』かな?」
うーん、と酷く演技がかった仕草で首を傾げる。シノはその得体の知れない彼に、背筋がゾッとした。急に震えが来て、足がへたり込んでしまいそうなのを何とか気合いで持ちこたえる。
「いいな、ナイフ。お前、この星でも名前を貰ったのか。微笑ましい話だな」
微笑んだ顔はやっぱり目だけが笑っていなくて、シノの中の恐怖の感情が抑えがたい程に暴れだした。怖い…!すくみそうになる。既に震えている。逃げ出したい…!
それでも、王を睨んだ。
「……別に。名前なんて、ただ個体を言い表す為に便利なだけの言葉だ。なんだっていいだろ」
小雪のその台詞には聞き覚えがあった。シノはほんの少しだけ、ほっと小さく、心の中で息を吐いた。
「…シノ」
シノの震える肩を小雪が軽く後ろへ引く。
ふらふらと容易に後ろに下がってしまったその体を転ばないように支えつつ、小雪がまた王の前に立った。
「…………お前は、新しく…生きようとしたんじゃ無かったのか…?」
「………」
小雪に見透かすように睨まれて、王は黙った。
それからまた、うーん、と唸る。嘘っぽく。何もかもが、この男は演技がかっていた。
「そうだな。そう。流石、ナイフ。よくわかっているね。そうなんだよ」
王は「いやぁ」と頭を掻いた。
初めはそのつもりだったんだけど、と続ける。
「なんかさ、途端に面白くなくなっちゃったんだ。だってさ、わからないか?皆、僕に頭を下げて、敬い。崇めて。僕は、……ただ、何も変わらずに『僕』のままなのに。この星では、飢えることも、ツバを吐かれることも無いんだ。星が違うだけで、こんなにも………違う」
幸せだと、或いは、思うべきだったのかもしれない。でも、彼はそれが出来なかったのだ…。
王は言葉にはしなかったが、シノはそう思った。語られた言葉から、王や小雪の生い立ちを想像した。
「面白くないだろう?僕達はとても……とても、必死に生きていたのに。この星では、のらりくらりと生きていける。…………馬鹿みたいだと、思わなかった?お前は」
「………」
「あの星も糞食らえだったけど、この星は、もっと糞食らえだよ。誰も不幸なんて知らないんだから。お綺麗で、お優しくて。ほんと、虫酸が走る」
「………」
それまで掴み所の無かった王が、初めて本当の感情を見せた、と思った。
それは、恐ろしい程に暗く濁った、どうしようもない程の負の感情。憎悪。怒り。妬み。ありとあらゆるそれらが、根深く、渦巻いていた。
シノは、震えが止まらない自身の体を、無意識に強く抱き締めていた。
「…………お前は僕と同じだと思っていた。でも、やっぱり違ったんだな。何が、……違ったんだろ。………いや、お前は、優しかったもんな…」
王は先程とは打って変わった穏やかな目をして、小雪を見た。けれど、感情を映さない目は虚ろな闇を携えていた。
「お前には、家族が居たもんな。この星でも、そうやって駆けつけてくれる『友人』なんてものが居る。はは、凄いな。お前は、ほんと、…………なんで、僕の前に出てきたの?」
依然として、その表情は淡々としているのに、シノは初めて、『この人を抱き締めなくては』と思った。そんな、自分に驚いた。
未だに震えは止まらないのに。前に進み出る為に両の足に力を込める自分がいた。
けれどそれは、小雪が腕を伸ばすことで制した。王に近づくな、と背中が語っていた。
「………おれには、お前が居たから」
小雪はポツリと溢す。
小さな一言のはずなのに、その言葉はこの広い部屋に木霊した。
「お前が、手を差し伸べてくれたから生きていけたんだ。世界を恨みきる事が出来なかったんだ。お前が、……光だったんだよ。だから、『ライト』って、おれはそうお前を呼んだんだ」
「………」
「お前はさ、自由になった……自由に生きていけたはずなのに。お前が、お前自身に足枷を付けててどうするの?積み上げてきたものを、壊したのはお前自身じゃないか。馬鹿なのは、お前の方じゃないか」
王は、きゅっと唇を一文字に固く閉ざした。
厳しい顔をして、それでも、へらっと嗤った。
「………返す言葉もねーわ」
やりきれなくて、いたずらにいたぶり、殺した。
自分の方が死んでしまえばいいと思っていたのに、死ねなかった。
後戻りが出来なくて、感情ばかりがどんどんねじ曲がって、死んでいった。
僕は、………こんな風に生きてしまっている、僕は、
やっぱり、こんな姿をお前に見られたくなかった……。
だからこそ、『小雪』は言ったのだろう。
『お前を殺しに来た』のだと。
僕が何を考えているかなんて、手に取るようにわかるのだろう。
それはやっぱり、僕達が似ている証拠だと思う。
「おうさまっ……!」
シノが悲鳴に近い声で叫んだ。
王は、自身の喉に右手に握ったままだった剣の刃を押し当てる。
「…………お前を人殺しにはできねーわ。…救いに来てくれて、アリガトウ」
バッと。
赤い血飛沫が吹き出す………はずだった。
けれど、ドォン!と耳を塞ぐような大きな音と共に地が大きく揺れてバランスを崩し、王はその機会を逃してしまった。
「な、なんだ…?!」
固唾を飲んで三人のやり取りを見守っていた者達が、戸惑って叫び出す。状況を確認したいと、窓の傍の者達は窓へと駆け寄った。
「お、王様っ…!」
シノは転げそうになる足を踏ん張り、声を張り上げた。
「私が村の人達に協力を仰ぎ、今、この城は投石機で攻撃を受けています。……罪を認めて、償って下さい……ッ!」
「…………」
なかなか見掛けによらずお転婆娘なんだな、と王は喉を鳴らして笑った。
シノのその言葉を聞いて、周りに控えていた者達は共に手を取り逃げ出していく。
王はそれを、冷ややかな目で見送った。他に誰も居なくなり、王はやっとシノの瞳を覗き込んだ。
「…僕が罪を認めたところで、何になる?死んだ者は還るのか?失った者の哀しみや憎しみは癒えるのか?」
「……っ…」
「……まぁ、投石機とは考えたね。戦争なんて無いこの星で、唯一、大砲代わりに使えそうなものだ」
固い岩肌ばかりの村が多いこの星では、投石機で道を開拓したり岩を砕いて利用したりすることがあった。今のように、誰かの命を脅かす為に使われたことは今まで一度も無かった。
「君の策か。なるほど。頭がいい。僕に従う者なんていないと気が付くのも早い。誰も、王を攻撃するのに躊躇わない。君の考えた通りだよ」
「………」
シノは下唇を噛んで、返答しなかった。
この村の女性の話を聞いた時、『信じられない…!』と思った。こんな幸せな星で、そんな惨い人間がいるなんて。それが、王だなんて。
そして、恐れた。小雪が既に、そんな王の居る城へ辿り着いていることを。
だけど、会ってみると。話してみると。
伝わってくるのは、深い哀しみ。
だからと言って、何が赦されるわけでもない。
この人は、裁かれるべきだ。
そう、思う。
けれど、とシノは想う。
彼を…死ぬことでしか救われないと思っている彼を、そのまま死なせてしまっても…いいのだろうか…?
世界の美しさを。
幸せを。
愛されることを。
知らずに生きていく人生を、シノはリアルに想像が出来ない。
殴られた事はない。飢えたことも。ツバを吐かれたことも。誰かを心から、恨んだことも。………そういえば、『救い』を切望したことも、無い。
王様。
貴方、なぜ手を伸ばさなかったの?
助けてって、『絶望(ここ)から連れ出して!』って、いつだってきっと、叫んでいたのに。
バリン、と音がして、部屋の窓ガラスが割れ、大きな岩が入ってきた。
「きゃあっ……?!」
「シラーッ!」
流石にシノはその場でしゃがみ込み、頭を守った。その上に覆い被さるように、小雪がシノを包み込む。
「なっ…なんで…。人の居るところには石を投げないようにって……」
シノは混乱した。
誰にも傷を付けずに、傷付かずに、もしかしたら上手く収められるかもしれないと………思っていた甘さに、王が笑った。
「やっぱり馬鹿だね、この星の人間は。本当におめでたい。ここの村人が、僕の死を望んでいないと…そう思っていたの?」
「………」
「大切な人が無意味に殺されても君は、その相手を殺してやりたいとは思わないわけ?」
「………ッ、」
またしても大きな音がして、大きな岩が別の窓ガラスを割り、部屋にめり込んだ。
「……時間の問題だな」
王は何の感情も映さない目で、それを見ていた。まるで、他人事のように。
「こんな柔な城は直ぐに崩れてしまうだろうから、早く逃げな」
しかし振り返って、小雪達にそう告げる。
「………お前も…」
小雪がそう言って伸ばす手を、しかし、王は握らない。
「……馬鹿言うなよ」
ズシン!ドォン!と。
尚も大きな音がして、地は揺れ、どこかしらが壊された音がする。刻一刻と城が脆くなっていっているのを肌で感じて、シノは身震いをした。なんて浅はかだったのだろうかと、数時間前の自分を呪った。
「っ、いい加減にしろよ!いい加減、おれの手をとれよ!握れよ!お前は、おれに手を差し伸べてくれたじゃないかッ………!」
小雪は叫んだ。
必死な声はシノの心を打ったが、王の心にはまだ届かない。
「…………ッ!」
小雪の目に涙が滲んだのを、シノは見た。
ぎゅっと唇を閉じて、意を決したように、それは開く。
「おれは!お前に……また会えて嬉しかったッ!どんな形であれ、生きていてくれて、嬉しかったんだよ………!死ぬなよ、頼むから……ッ!」
「!」
小雪の目に光るものを見て、流石に王も、驚いた顔をして固まった。
「おれはっ!お前の“光”にはなれなかったのかよ?!お前には、おれが居たじゃんかよ……ッ!」
「……………」
だって、と王はポツリと溢す。
言葉と一緒に、一筋、涙が頬を伝った。
「……………死んだと、思ったんだ…………」
もう、死んでしまったんだと、思っていたから…。
少年のような声で、王は言う。いや、その例えは適切ではなくて、王はまだ十五、六程の…正真正銘の“少年”だった。
「…………僕だって、お前が生きてるなら……こんな、…いや、もう、何もかも、遅い………」
少年は涙を拭った。
一瞬感情を灯して光ったように見えた瞳は、また、暗く濁る。
「遅く……ないッ………!」
「!」
「?!アランティア先生…?!」
突然のその声に。
その場に残っているのはこの三人だけであったが、その皆が扉の前に立つ人物に目を見張った。
そこには、見慣れた外套に身を包んだアランティアが立っていた。
「せ、先生…!どうして…!」
シノは村の人に伝言を頼んでいた。
戻るのが遅くなるかもしれない。療養が済んでも自分達が訪ねて来なければ、先に村へ帰っていて欲しい、と。
「シノが出た次の日には、俺も発ったんだよ。そしたら道中で、不穏な伝言を聞いたから。体も痛ってぇーのに、走ってきちゃったよ」
「…せんせぇ、…!」
この場に大人一人が現れたことで状況など変わらないが、シノは張り詰めていた糸を解してしまい、両目に溜め込んだ涙をぼろぼろと溢した。
「まったく、無茶する子供ばっかりで。やんなっちゃうよ。先生は」
岩が城の何処かにぶつかる度にバランスを崩しながらも、ズカズカと三人の方へ歩を進めたアランティアは、徐ろに両腕を広げ、三人をまとめて抱き締めた。
「「「!」」」
みな、驚きに目を見開いて、固まった。
「そんな小さな体でお前達、何でもかんでも、抱え込み過ぎ」
まぁ取り敢えず、と抱擁していた腕を離し、アランティアは苦笑を浮かべた。
「崩れてしまう前に、この城出ましょうか」
「はいっ!」
シノだけが力強く頷き、小雪も王も、適切な表情を決めかねているようだった。
「……………僕は、行けない……」
しかし、王が口を開く。
その瞳に携える感情は、『哀しみ』。
三人から少し離れ、間合いをとる。
「僕はもう、生きたいと願っては…駄目なんだ。死ぬべきだ」
「………」
その言葉を聞いて、小雪が苦い顔をした。
シノも、眉間にシワを寄せて難しい顔をする。
アランティアだけが、事も無げに「何言ってんの、」と笑った。それはやっぱり苦笑のような笑い方だが、彼の優しさが滲み出ているような笑みだった。
「王が元々居た星のことは知らないが、この星には死刑制度なんてないんだよ。だから、生きて償うしかないんだよ。…王が、どれだけ死を願っても」
「………」
「この星の民は、知っての通りの性格だから。きっと、こう言うだろう。『貴方が死ねば、貴方によって殺された人間が一人増えるだけだ』と。……まぁ、今ちょっと、感情的になってる奴が此処を狙ってるみたいですけどね」
「………」
なぁ、とアランティアは言葉を続ける。相槌なんて待たない。
ありったけの想いを乗せて、どれか一つの言葉でも、王に伝わればいいと願った。
「死ねないなら、生きたらいい。生きていさえすれば、きっと、まだ何も、遅くはないさ」
王が何も答えないでいる内に、遂に、大きな岩が四人の立つすぐ傍の窓ガラスを突き破った。
「ッ…!」
「きゃあっ!」
「ライトッ…!」
皆が姿勢を低くし、互いや頭を庇った。
小雪だけ、王へーライトへー向かって、走り出した。
「小雪ッ!」
「駄目だ!シノ、崩れる…!」
先程の衝撃で、天井がバラバラと崩れ落ちる。
「小雪ッ!小雪ッ!!」
「シノっ!」
アランティアとシノ、小雪と王、それぞれの間に、瓦礫か落ちて道を塞いだ。
「小雪!小雪ッ!」
壊れたように叫び続けるシノを何とか抱き抱え、アランティアが迷ったのは一瞬。
そのまま、退路の方へと駆け出した。
「先生っ…!先生!小雪が…!王様が…!」
「…………」
アランティアは血が出る程にその唇を噛み押し黙ったまま、下ろしてと暴れるシノを脇に抱えて、その崩壊していく城を後にした。
一つの城が半壊した。
負傷者は十二名。逃げる時に転んだ、などで。決して放たれた岩に押し潰されたと言う者はいなかった。
幸いにも、死者もいない。
ただ、二人。
小雪と王は、どんなに探しても、
その亡骸さえも見付けることが出来なかった。
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