第6話 アメジストのお守り

街を歩く私たちに、道行く人々の視線が集まる。

「ノア様だ。」

「相変わらず、お美しい……。」

「隣の方がエマ様?」

「お似合いのお2人ですこと。」

そんな声が次々と聞こえてくる。私は、自分が注目されることには、全く慣れていない。それに、自分が注目に値する人間だと思っていない。一方のノアは、こんな状況には慣れっこなのだろう。何食わぬ顔で、私を連れて歩いている。魔界の王子ともなれば注目されるのは当たり前だろうし、何せノアのモデルのような綺麗な容姿は目立って当然だ。そんな人通りの多い大通りから、少し狭い路地へ曲がると、人の数はぐっと減った。むしろ、全く人がいない。このタイミングを待っていたかのように、ノアが口を開く。

「イザベラに魔法を使ったとき、どうだった?」

それはまるで、全てを知っているかのような質問だった。私が何を感じ、何を掴んだのかを、全て……。

「あのとき……感覚?が、掴めた気がするの。魔力が流れる感覚だと思う。」

言葉に迷いながらも、私がそう答えると、彼は満足そうな笑顔を浮かべる。

「うん。そうだと思った。」

やっぱり、見透かされていた。ノアには全てが筒抜けな気がして、少し怖いくらいだ。

「その感覚を掴んだことは、大きな成長だよ。回復魔法を自分でコントロールする為には、絶対欠かせない。」

そのノアの言葉を聞いて、確信した。どうやら、私は一歩前に進んだらしい。

「さて、到着。」

ノアの声が私の耳に届く。彼の視線の先に目をやると、何かの看板が掲げられた、お店らしき小さな建物があった。看板の文字は、くすんでいて読めない。そんなよくわからないお店の扉を、ノアは躊躇なく開ける。中に入った瞬間、私は驚いた。

「え……。」

綺麗に陳列されているのは、キラキラと輝く天然石のようなものだった。外観からは全く想像がつかない、綺麗な店内だ。

「いらっしゃい~……って、あれ?ノアじゃん。珍しい。」

店の奥から現れたのは、肩まである栗毛色の髪とアッシュの瞳を持つ、中性的な顔立ちの男性。彼はそのまま私たちに近づいてくる。

「この子が噂のエマちゃん?」

「うん、そうだよ。」

ノアと店の店主らしきその人物は、親しげに会話を交わす。

「エマ、紹介するね。この人は、メイソン・ガルシア。この店の主人だよ。」

ノアに紹介され、メイソンさんは、

「よろしく。」

と言って、笑顔を浮かべた。

「はじめまして。」

私も、そう言葉を返す。

「あの、ここって……。」

何も知らされずにここまでやって来た私には、説明してもらいたいことが山ほどある。そんな私の状況を察したかのように、メイソンさんは口を開いた。

「うちは、天然石を取り扱ってる店だよ。」

私の予想は正しかった。ここに陳列されているのは天然石だったのだ。ていうか、天然石って魔界にもあるんだ……。

「天然石そのものには魔力的な効果はないけど、この空っぽの石に魔力を込めることで、魔法石になるんだ。」

メイソンさんの説明で、私はなんとなく魔界での天然石のことについて理解する。

「陳列してあるのは、全部、空の石。まだなんの魔力も込められてないよ。」

”空っぽの石”や、”空の石”という表現が、妙にしっくりくる。なるほど……じゃあ、今周りにあるのは、人間界にある天然石と同じものなのか。そう考えて、私は納得した。

「で、今日は何をお探しかな?」

メイソンさんが、私を見つめて、そう質問する。私をここに連れて来たのはノアだから、私に聞かれてもわからない。助けを求めるようにノアの方に目をやると、ノアは口を開いた。

「エマに身につけてもらいたいんだ。お守りみたいにね。」

「え、私……!?」

てっきりノアの買い物だと思っていたから、びっくりしてしまう。

「エマは古代魔法が使える。逆に言えば、古代魔法しか使えない。だから、エマの身を守る為につけていて欲しいんだ。」

そう言ったノアの表情に、一瞬だけ翳りが見えた。一瞬とはいえ、なぜノアはそんな表情を見せたのだろう。何か危惧することでもあるのだろうか。

「護身用のお守りなら、ペンダントタイプが一番いいかもね。」

メイソンさんの言葉で、私は思考の世界から抜け出した。護身用のお守り……?ペンダント……?それを私がつけるのだろうか。

「あ、ぴったりなのがあるよ。」

そう言って、メイソンさんは店の奥へと向かう。ガサガサと、何かを漁る音が聞こえてくる。

「これじゃなくて……。」

そんな一人言を漏らしながら、彼は何かを探していた。そして……

「あ、あった。」

どうやら探し物を見つけたらしい。彼は1つの木箱を持って、私たちのもとへ戻ってきた。

「ほら、これ。」

メイソンさんが木箱を開けてくれたので、中身が見える。そこには綺麗に研磨された紫色の天然石のペンダントがあった。

「アメジストなんだけど、これが一番色合いが綺麗でね。大きさもちょうどいいくらいだし……。どう?」

「凄い綺麗……。」

思わず言葉が漏れる。

「エマが気に入ったみたいだし、これにしようか。魔力を込めるのは俺がやるよ。」

「毎度あり。」

「え……。」

戸惑う私を差し置いて、ノアは颯爽とお会計を済ませている。

「箱は要らないよ。このままエマにつけてもらう。」

「了解。」

そんなやり取りをしてから、ノアは茫然と立ち尽くしていた私のもとに戻ってきた。彼の手には、アメジストのペンダントが握られている。

「つけてあげる。後ろを向いて、髪をよけて。」

言われるがまま、私は彼に従う。後ろから、彼の手が私の首の辺りに回ってくる。

「よし、できた。」

一瞬の出来事だったのに、私には長く感じられた。ノアは私の肩を掴んで、くるっと私の体を半回転させる。

「うん、似合ってる。」

妖艶な笑みでそう言われる。

「ありがとう、ノア……。」

少しくすぐったい気持ちになった。

「エマ、そのまま少し動かないでね。」

ノアは私にそう言って、私の胸元にあるアメジストを掬うように持ち上げる。そして顔を近づけ、優しく、ふぅっと息を吹きかけた。

「これで完璧。」

私の胸元でアメジストから手を離した彼。魔力を込めてくれたのだろうけど、彼の顔が近すぎて、私はずっとドキドキしていた。

「随分と強い魔力を込めたね。」

一連の流れを見ていたメイソンさんが、そんなことを言う。私にはノアがどんな魔力を込めたのか、よくわからなかった。

「俺の大切な婚約者だからね。」

微笑みながら、そう返すノア。

「そのペンダントはもう、お守りというよりは、檻だよ。」

「檻……!?」

メイソンさんのセリフに、思わず声が出る。

「そんな大袈裟な。」

ノアはへらへらと笑っていた。その表情が、急に真剣なものへと変わる。

「俺の手が届くところにいるのに、守れないなんて許されないからね。」

囁くように、真剣に、彼はそんなセリフを放つ。なんだろう……この嫌な予感。まるで、彼はこれから何かが起きることをわかっていて、この一連の行動をとっているような……。

「さあ、帰ろうか。」

その声にはっとして、彼の表情を見ると、いつもの妖艶な微笑みに戻っていた。私の感じた嫌な予感は、気のせいだったのだろうか。

「メイソン、またね。」

そう言って彼は私の腕を引く。

「あ、お邪魔しました。」

慌てて私も、メイソンさんに挨拶した。

「またいつでもおいで。」

メイソンさんの笑顔に見送られ、ノアと私は店を出る。ノアは自分の腕に私の腕を絡ませ、歩き出した。ペンダントを身につける感覚にまだ慣れなくて、少し首元がくすぐったい。

「そのペンダントは、なるべく肌身離さずにつけておいてね。」

ノアが念を押すように、そう言う。先ほど感じた嫌な予感が、また私の中で芽を出した。

「ノアは私を守る為って言ったけど、何から私を守るの?」

私を危険に晒すものがなければ、彼はきっとこんなことをしていない。何か、彼が危惧していることがあるはずだ。私はそう確信していた。それなのに彼は、いつもの妖艶な微笑みを崩さず、私にこう言うのだ。

「念の為、だよ。」

その瞬間、私は察した。彼はこれ以上、私が深く踏み込むことを望んではいない、と。

「言ったでしょ?エマは古代魔法は使えても、それ以外の魔法は使えない。」

つけ加えるように放たれるセリフは、まるで踏み込んではいけないラインを際立たせるかのようなものだった。

「だから、もし、万が一の時の為に備えた……それだけだよ。」

綺麗に線引きされた、その一線。少なくとも今は、それを越えることは許されない。彼がそれを許してくれない。納得することはできないけれど、騙されたふりをすることはできる。

「そっか。」

彼が何かを隠していることには気づいている。それでも彼が、まだ私にはそれを隠し通そうとしていることも、わかっている。それなら私は、何も気づかなかったことにして、彼の言葉に騙されたふりをしていよう。

「ありがとう、ノア。」

「エマはいい子だね。」

その言葉は、まるで私の思考を汲み取ったようなセリフだった。彼もわかっているのだろう。私が彼に騙されたふりをしているということに、気づいているのだろう。腹の探り合いは、面倒だ。

「ノア、せっかく外に出たんだから、もう少しどこかに寄って行かない?」

何も気づいていないふりをして、私は話題を変えた。しかし、返ってきた言葉は……

「えー……、もう帰りたい。」

そんな、素っ気ないものだった。でも、私はなんとなく返答の予想がついていたので、あまり驚かない。

「わかった。じゃあ、今日は諦める。」

もともと引きこもっていたノアが、今日、外に出る気になって、こうして一緒に街を歩いているだけでも進歩だ。だから良しとしよう。そう思って、街中を歩いていた、その時だった。

「ノア様!」

突然、ノアを呼ぶ声が聞こえてきて、それと同時に、小さな男の子が走ってきて、私たちの前で足を止める。

「これをノア様にお渡しするよう、言われました。」

その男の子がノアに差し出したのは、封筒だった。何の装飾もない、真っ白な封筒。ノアはそれを受け取り、

「誰に言われたの?」

と、男の子に聞く。しかし、その男の子はなかなかそれに答えない。そして、やっと口を開くと、

「……すみません。それは言っちゃだめって……。」

そんなことを言い出す。その男の子は、突如、一礼して、

「失礼します!」

と、一方的に言い放って、走り去ってしまった。

「あ、ちょっと……。」

彼を呼び止めようとしたけれど、人混みの中へと消えていってしまい、一瞬で見失った。一体、何だったのだろう。ふと、ノアの方を見ると、既に封筒を開けていて、中に入っていた1枚の手紙を読んでいた。

「うーん……。」

そう声を漏らすノア。私も手紙の内容を横から覗いてみると、

『明日の午前11時。紅茶を用意して待っててね。』

それだけの内容が書かれていた。

「誰からの手紙?」

見たところ、封筒にも、中の手紙にも、差出人の名前は書かれていない。手紙の内容も、ざっくりとしたもので、どう解釈すれば良いのかいまいちわからない。恐らく、明日の午前11時に、屋敷を訪れるということだろうけれど、それにしては曖昧な内容だ。

「こんなことする人物は、1人だけ思い当たる。」

そう言葉を発する、ノアの声は冷めきっているように聞こえた。彼は手紙を封筒に入れてから、空中で手を離す。ひらひらと宙を舞いながら、その封筒は灰に姿を変え、地面に落ちる頃には跡形もなく消えていた。

「ノア……?」

彼の纏う空気が、いつもとまるで違う。何を考えているのか、冷たい目をしていた。しかし、次の瞬間には、ノアはいつもの微笑みを浮かべ、私と視線を合わせる。それはまるで、私に心配や不安を覚えさせない為の行動に見えた。

「明日は屋敷にある人が来るみたいだね。」

いつものトーンの声が、ノアの隠し事を浮き彫りにさせる。

「紅茶の用意もしなきゃいけない。早く帰って、ロンに伝えよう。」

そう言って歩き出すノアにつられ、私も足を踏み出す。

「明日、誰が来るの?」

聞いてもいいのだろうか、と、一瞬迷った。それでも、気づいたときには既にその言葉を発していた。

「今は、答えたくないかな。」

ノアは微笑を崩さず、そう答える。はぐらかさず、真正面からノアが拒否するのは珍しい。

「まあ、明日になればわかるよ。」

それは確かにそうなのだけれど、それなら、今教えてくれてもいいと思う。そんな私の思考を読み取ったかのように、彼はこうつけ加える。

「説明することが多すぎるんだ。こんな、のどかな街中でする話じゃない。」

その言葉は、周りの人には知られたくない、と言っているように聞こえた。

「全ての答え合わせは、明日にしよう。」

ノアがそう言うのなら、私はそれに従おう。

「わかった。」

ただ一言、そう声を発した。

「エマはいい子だ。」

微笑みながら、ノアにそう言われる。私は何も知らない。何も知らされていない。今はその方がいいとノアが判断したからだ。何も知らない、知らされていない、私はただ、ノアの隣を歩き、屋敷への帰り道を辿っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヴァイオレット・アイズ 髙木ルイ @kknkt

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ