教えその6 手強い敵ならさっさと倒せ
出発前に賢者エイヴは一行に、こう話した。
「真っ直ぐ帝都に向かわずにカスタノに寄るのは、教団が敵対する可能性を潰す為ってのは分かるな」
だが、とエイヴは続けて
「それだとカスタノの道中と帝都に向かう道中、単純計算で2回襲われる。危険度は2倍だ」
政治的影響を無視すれば、皇女ネヴィリーンの居場所が敵味方共に不明確な ─はずの─ 現状、帝都まで最速で突っ切るのが最も安全なルートだ。
お互いに魔導師が関わってる事が予想されるなら尚更である。
「しかし、一度カスタノに戻った事が分かれば、カスタノから帝都に向かう道中に連中も手札を集中するはずだ。魔導師の相手は魔導師……敵の魔導師も来るだろう。元々魔導師ってのは数が少ない。本命も本命の奴が来るぞ」
賢者エイヴは、その痩せた顔に不敵さと傲慢さを混ぜた笑みを浮かべた。
常から浮かべる愉快げにギラついた瞳は、弟子達をとらえて離さない。
「聖教団は、かつて悪虐を尽くした魔導師に対抗して教えにはない聖術を生み出した組織だ。魔導師の相手をするなら味方にしといて損は無い」
彼は言った。
「お前さんらで教団からの協力を取り付けろ。そして、敵として現れる魔導師を叩き潰せ。最初から本命を叩き潰せば安全だろ?」
賢者エイヴが、弟子 ─と皇女─ に与えた最初の助言は、えらく好戦的だった。
魔導師的とも言えるかもしれない。
そこでふと、サーナが
「もし魔導師を逃したらどうしよ?」
「ああ……」
賢者エイヴは少し考えてから、答えた。
「もし敵の魔導師を逃しても……まぁどうせ帝都までの道中に複数回襲われるだろうから誤差だろ」
「2回襲われるくらいなら1回目で終わらせろって話だったよね!?」
***
そして現在。
皇女を連れた一行は、サンドワームの姿をした使い魔に襲われていた。
使い魔とは、魔導師が魔導で生み出す特異な生命体の事である。
それが既存の生物を模した物であればあるほど、魔導としては簡単になる。
遠く砂漠地帯に棲息する魔物とはいえ、既存の生物であるサンドワームを模したこの使い魔の格は低いと断じて良い。
「襲撃者に使い魔召喚の魔道具でも与えたんかな」
「そんで召喚したら食われたと。捨て駒っぷりがひどいというか、味方を食わないくらいの知能は与えとけよ」
「魔導師に勝てないくらいの戦力なんじゃない?私達見つける為だけの配置なんでしょ」
「ありそう。でも使い魔って事は……」
だが、使い魔には生物にはありえない特徴があった。
「不死身じゃん」
さも当たり前の様に、アリルは言った。
え、とした声を漏らして、ネヴィリーンは聞いた。
「不死身……?」
「不死身、不死身。ただ正面から殴る戦い方じゃ使い魔は死なないんだよね」
「術者が近くにいないなら時間経過による魔力切れで消えるけど……これは時間稼ぎかな」
「だと思うなー」
サーナとアリル、最も長く賢者エイヴの魔導と共に過ごした二人が、サンドワームを見やって話す。
サンドワームは身体を大きく膨らませると、その円形の口から砂利や肉片を高速で吐き出してくる。
それらは魔導車に当たる直前に、サーナが張り巡らした障壁の魔導に弾かれる。
ただ、人間だった肉片が砂利でぐちゃぐちゃになった状態で飛んでくる非常にグロテスクな光景に、サーナはしかめっ面をした。
「うげ、やめてほしい……」
「分かるが、どうする?追いかけてくると厄介だけど、チンタラ相手してると先に本命の魔導師が来そう」
「ああー……じゃ、やるしかないか。『敵が手強いなら、それこそさっさと倒せ』って師匠も言ってたし」
よいしょ、とサーナは魔導車の窓に足をかけて外に向けて飛び出した。
ネヴィリーンはそれに慌てて
「あ、危ないですよ!?不死身なんでしょう!?」
「大丈夫ですよ。姉弟子、正面戦闘には滅法強いっすから」
「使い魔は、正面からじゃ勝てないって言ってませんでした!?」
「言いましたけど、姉弟子は別」
アリルは指を2つ立てて、ネヴィリーンに見せる。
「使い魔を倒す方法は2つあるんですよ。ひとつは、使い魔に込められた魔力が切れるのを待つ方法っすね。ただあれは、こっちの足止めと探知を担当して配置されてる奴なんで、燃費が良くて長持ち。中々待つだけだと死なないでしょうね」
「それなら……二つ目が?」
「そうですね。使い魔は結局、魔導そのものなので。魔導師としての眼が養えてあれば倒せます。数学で目の前の数式の解き方が分かるくらい鍛錬を積んだかどうか、みたいな話になるんですけど」
アリルは、サンドワームの口を障壁の魔導で塞ぎつつ接近戦に持ち込もうと走る姉弟子を見た。
彼女は一番弟子だけあり、とにかく魔導と触れ合った時間は長い。
そして魔導師にとって、それは非常に大事な事だ。
「魔導と長く触れ合った魔導師は、魔眼を開眼するんですよ。これが使い魔にはえらく天敵でしてね。魔眼があれば普通は見えない魔導という数式そのものを見れるんです。もしも犬やらに化けて潜んだ使い魔とかでも一発で分かる」
なんとなく怠そうに、淡々と話すアリルの声を聞きながら、ネヴィリーンはアリルが視線を向ける位置……サンドワームの目と鼻の先に迫ったサーナを見た。
サーナの目は、金色に光っていた。
「そんで、術そのものである使い魔は、身体を構成する魔導の術の、式、を崩されるのにめちゃめちゃ弱い。魔眼なら、それが楽勝に出来るわけですわ」
サーナがその手に魔導を編み込み、身をくねらせて攻撃態勢に移るサンドワームを避け、懐に潜り込んでから上方に殴り飛ばす。
吹き飛んだサンドワームは、暗くなってきた空を背景に、霧霞の様に消え去った。
「皆さんも出来るんですか……?」
「いや、5人の中だと姉弟子だけしか魔眼は持ってませんね。魔眼を開眼すんの、ホントに時間かかるんで」
「サーナさんしか……」
サンドワームが飲み込んでいた人間の肉片や砕けきっていない砂利が降り注ぐ中、悲鳴をあげながら逃げ惑うサーナを、ネヴィリーンは見ていた。
人を食うほどの魔物 ─を模した使い魔だが─ を単身で倒せる人間が、警戒する程の敵対者。
そんな強敵が自分を狙う理由に心当たりの無いネヴィリーンの不安をよそに、サーナを置いて魔導車は進む。
目指すは辺境都市カスタノ。そして、敵魔導師の打倒だ。
「なんで置いてくの!?師匠だけでいいよそういうのは!!」
「あ、師匠には置いてかれた事あるんですね……」
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