教えその5 最初に強敵をぶつけるのは戦いの定石である

 カスタノに向けた街道を馬車が走っていた。

 いや、正確には馬車ではない。

 何故ならその車には馬がついて無いからだ。

 ついでに言うと車輪も無い。

 人の乗るキャリッジ部分だけが地面と平行に浮き、滑る様に進んでいる。

 賢者エイヴの無茶な教えをこなす為、5人の弟子が総出で作り上げた魔導車である。


「うわぁ……すごいですね、これ!」

「ホント!?やったぜ、これ作るの大変だったんだよね。5人全員いないと作れなかったからさ」

「賢者様がお造りになられたのではないんですか?やっぱり、皆さんも立派な魔導師なんですね」

「いやぁ、ははは、師匠は身一つでスイスイ移動するからまだまだ」


 魔導車の中は広く、6人が余裕をもって乗っていられる。

 そのうち一人が御者となり、内部から魔導車を操作する形だ。

 外にいないのは、外気に晒されると危険な局地に放り出される場合を想定しているからなのが、5人の警戒心を表している、と言えよう。

 今、車を操作しているのはクタラトだった。


「ところであの……そちらの方はずっと黙ってますけど」

「ああ、レツ?師匠の五番目の弟子。無口って訳じゃないんだけどね」

「うす。レツです、どうも皇女様」

「あ、はい、どうも」


 レツが適当に礼をすると、ネヴィリーンもつられて礼を返した。

 賢者エイヴのおっかけをしていたレツは、賢者エイヴ以外にはあまり敬意を払わない悪癖がある。

 彼はそのまま一言二言ネヴィリーンと話すと、満足した様に黙って水を飲みだした。

 しかしネヴィリーンはとかく言う事なく、少し困った様に微笑むだけだ。

 その光景を見ているアリルは、どうにもネヴィリーンに対する違和感のある印象がぬぐえずに唸っている。

 するとサリャカが


「アリルどうしたん?水飲む?」

「飲みたくなったら自分で作る……いや、ネヴィリーン殿下が、皇族としても大神殿で育てられたにせよ、少し作法が粗野というか素朴というか……」

「あーちょっと分かる。言葉遣いとか、貴族に比べると少し軽いよね」

「そうなんだよな……」


 ネヴィリーンにはどうも、意図的に素朴に育てられた形跡がある、とアリルは思っていた。

 最初は政治の舞台に立たせない為かとも思ったが、それにしては純粋すぎる。

 花などの可憐な物を愛し、誰にでも分け隔てなく穏やかに接する。

 善悪の判断は出来るものの、社会の常識にすら疎い。

 こんな娘が世に出たらすぐに騙されて、次の日には路地裏でぼろ雑巾の様になって見つかりそうだ。

 端的に言えば、が無い。

 教団が育てたにしても極端すぎる。

 この皇女には皇女自身も知らない秘密がありそうだなと、アリルは感じた。


「まぁ今はそんな事より、襲撃者対策じゃない?」

「それはそう」


 魔導車がカスタノ方面の街道から進んでいる事から分かる通り、一行はスタチア大神殿に向かって進んでいる。

 ネヴィリーンを送り出した司教に会って、話をする為だ。

 護衛をしていた騎士が生きているかどうかは分からないが、すくなくともネヴィリーンが帝都までの経路のどこにも現れず消えた事だけは、司教や教団も認識しているはずだ。

 そこを、賢者エイヴの弟子たる5人がネヴィリーンを連れて姿を見せる事で、教団と帝国の対立を回避するというのが今回の目的である。

 ただ、本当に護衛をしている事を見せつける、あるいは知らしめる為には、ある程度目立つ必要がある。

 故に、襲撃者がいる事が分かっていてもこの派手で目を引く魔導車に乗って、馬鹿正直に街道を走っているのだ。

 時刻は日も落ちたばかりで薄暗く、しかしまだ周囲を見通せる程の光のある夕方。

 まさに襲撃者にとっては絶好の襲撃タイミングであると言える。

 なんなら普通の山賊が出てもおかしくない。

 が。


「全然襲われないじゃん」


 レツがポツリと呟いた。


「いや良い事だろ」

「そうだけど……ほら、襲われて戦う事も目的だったじゃん?師匠直伝の狙撃魔導を放つ瞬間を今か今かと待ち望んでいたというのに、この仕打ちかと」

「いや撃たない方がいいだろ」

「自分は撃ちたい」

「なんのためにその魔導を教えられたと思ってんだよ……鳥を撃ち落とす狩猟用だろうが……」

「人も撃てるらしいぞ」

「用途を変えるな用途を」

「来ましたねぇ」

「うおっと!?」


 クタラトが魔導車に急ブレーキをかけさせた。

 浮遊しているので振動は無いが、慣性そのままに皆があちこち移動したりぶつけたりするだろう。

 頭をぶつけたレツが額をさすりながら魔導車の外を覗くと、ちょうど顔の真横に石の礫が飛んでくる。


「うぉおお!?危なっ!?」

「投石!?この暗闇で!?」

「だ、大丈夫ですか!?」

「顔出すと危ない!ほら、敵を探知してほらほら!」


 慌てて各人が魔導を展開し、それぞれの結果を組み合わせる。

 すると、不思議な事に反応が一つしかないではないか。

 皆が首を傾げていると、反応が徐々に接近してくる。

 レツとクタラトが我慢できずに外を覗く窓をあけると、そこには円形にびっしりと歯がならんだ、ぬめりのあるピンク色の蠢く肉壁が見えた。


「ひっ……」


 ネヴィリーンが小さな悲鳴をあげる。

 肉壁の中には、この歯によってズタズタにされた人間の死体が転がっているからだ。

 今目の前に広がっている肉壁は、生物の口内だ。

 そしてこの口の持ち主は、人より遥かに大きな巨体をした、芋虫ともミミズともつかない姿をしていた。


「サンドワームじゃん!?襲ってくんぞ!」

「アクセル入れますよぉ!!」


 クタラトによって魔導車が急発進し、今の今まで居た場所に、サンドワームが大口をあけて覆いかぶさった。

 あと少し遅ければ、魔導車を砕かれて誰かが食われていたかもしれない。

 獲物を喰い損ねた事に気付いたサンドワームは身体を起こすと、再びこちらに向き、移動を開始していた。


「襲撃者はこれに食われたってとこ?」

「多分ね……姉弟子、コイツもしかして…‥」

「うん」


 サーナは魔導によって金色に光る目でサンドワームを捉え続けながら、答えた。



「魔導師の使い魔だ」

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