教えその7 傑物に会う時には油断するな

 この帝国において、辺境にある都市は帝国軍の要塞が近辺に配されている事が多い。

 辺境と呼ばれる程に国の端であるというのは、つまり他国との国境に接する護国の要となるからだ。

 また、要塞に勤務する帝国軍兵士の休息の場として、あるいは要塞単独ではなし得ない継続的な経済活動や補給基地としても、辺境都市は機能する。

 万が一帝都に変事があった場合でも、辺境単独で維持が可能な様に作られているのだ。

 一般人が暮らし他国との交易を行い要塞を支援する辺境都市と、敵対する存在が出現した場合に軍兵を即応させられる帝国軍要塞は、言わばセットの扱いなのである。


 しかし、カスタノは違う。


 接するのは国境線ではない。

 あるのは人が越えられぬ自然の要害、大山脈地帯だ。

 この辺境都市の向こう側に国は無いのだ。

 正確に言えば、大山脈地帯を迂回すれば極寒の地バゼラードとそこに住まう人々と国があるが、この大山脈地帯を乗り越えて侵略行為を行うのは難しいだろう。

 大山脈地帯は局地で生きる原生生物や魔物の住処でもある。

 人の踏破は難しく、そこから麓に降りてくる害獣被害も馬鹿にならない。


 とあれば、帝国が放置する場所となるのも分かろうものだ。

 が、あろう事かここに手を入れた組織があった。

 聖教団である。

 彼らは、大山脈の魔物から人々を守る事を目的として、スタチア大神殿をこの辺境の地に建設。

 やがて聖職者を中心に人が集まり、大神殿から放射状に街が発展していった。

 そうして帝国ではなく、聖教団が影響力を持つ辺境都市カスタノが誕生したのだ。


 今、このスタチア大神殿を治める司教 ─大司教とも呼ばれるが正式な役職名ではない─ は聖女とも縁深い男だ。

 カスタノの経済活動とスタチア大神殿の宗教活動の両方のトップでありながら、事実上聖教団のお膝元となったカスタノを巡る帝国との政治的取引を行う判断すら、聖女に委ねられている。


 まさに傑物と呼べる存在。

 皇女ネヴィリーンの親代わりでもある男。


「それが俺様!ゴッドブレスジャガー司教様だぜェ!?ヒャア!!!!」

「ちょっと待って」



 ***



 不死身の使い魔を殴り倒し、辺境都市カスタノを訪れた一行。

 聖職者のメッカでもあるこの地は、観光がてら巡礼に来る者も多く、居着く者とて少なくない。

 となれば人も増え、都市が広がっていき、物も増えて利便性が上がる。

 言わずもがな、それほど遠くない土地に屋敷がある賢者エイヴとその弟子達も、生活の為にカスタノを訪れる事は良くあった。

 この都市は聖教団が治めているので、衛兵は神殿騎士だ。

 なので顔見知りの騎士に事情を話し、魔導車でゆっくり向かいつつ、先に大神殿に連絡に走ってもらう。

 するとまぁ、あっという間に大神殿から迎えの騎士がすっ飛んで来て、皇女の無事を喜びながら案内してくれる訳だ。

 そのまま一直線に大神殿へ入り、人払いのされた大礼拝所でいざ大司教と対面となった。

 そこで現れたのがコレ。


 紫色のど派手な髪を天高く衝き上げるモヒカン頭。

 全身のあらゆる所にピアスをつけ、白法衣の上から刺々しい銀装飾を飾り付ける。

 顔はメイクなのか素顔なのか、黒い隈が目の下にどす黒くあり、見開いた目からは狂気しか感じない。

 そんな人物が、女神サーシャリアを象ったロザリオを妙に細長い舌で舐めながら挨拶かましてきたら、アリルでなくても頭痛がする。


「え?これ?これがこの都市で一番尊い司教なの?ドッキリかなんかじゃないの?」

「おじさま!」

「ヒャッ!無事だったかよぉ、ネヴィリーン!!悪運の強い娘だぜェ」

「ドッキリじゃなさそう」

「言うな……」


 エイヴの弟子達はそれぞれの心情で持って、この感動の再会を素直に喜べず、そこにいた。

 するとネヴィリーンの無事を確認したゴッドブレスジャガー司教が、凶悪な笑顔を浮かべて弟子達に声をかける。


「聞けばネヴィリーンを助けてくれたってぇ、言うじゃねぇか!?ヒャア!!我らが光の女神も、その慈悲深さに祝福を授ける事間違いねぇなぁ!!」

「ホントに?ホントにその祝福受けて大丈夫な奴???」

「ギャーハッハッハ!!当たり前じゃねぇかぁ!慈悲と優しさを持つ者を、光の女神はあまねく照らすゥ!!当然の理よォ!!!」

「今の神官の笑い方として良い奴なの!?」

「クソ!どうみても出オチキャラみたいなキャラ付けで重要なポジションの奴出てくるなんて思わないだろ!」

「そう、ですね……そうですね……この人重要な人なんですよね……」

「と、とりあえず挨拶する?」

「めちゃめちゃ絡みづらい」


 散々な言われようをしたゴッドブレスジャガーは爆笑し、そうしてから


「だが、テメェらがまだ味方だとは信用出来ねぇよな。ウチのは純朴すぎっからよォ……オラ、賢者エイヴの弟子たる証拠、示してみな!?」


 彼がそう言った瞬間、瞬時に周囲にいた騎士達が剣を抜く。

 その切っ先は、寸分違わず5人に向いていた。


「おじさま!?おやめください!その人達は本当に……!」

「本当に、なんだァ?それを判断すんのはァ、これからよォ、ネヴィリーン。特にこれがァ……お前の生死に関わってる以上なァ」

「そんな……」


 ゴッドブレスジャガー司教により、後ろにさげられたネヴィリーンの顔が不安そうに歪む。

 5人の弟子達は顔を見合わせると


「あれの事かな?」

「まぁそうじゃない」


 そう頷き合って、手の平を上に向けて、右手を司教に差し出した。

 ついで、その手の上の空間に、人の胴体ほどある大きさで、徐々に模様が描かれていく。

 やがて現れたのは、円の中に斜めになった六芒星が二重に重なり、太陽とも花ともつかぬ簡素な幾何学模様が描かれたシンプルな紋章だ。

 5人全員の手の上に、全て同じ紋章が現れていた。

 それを見てゴッドブレスジャガー司教は、鼻を鳴らした。


「その回りくどいカッコつけた紋章の示し方……確かに奴の魔導だなァ」

「あ、やっぱ回りくどいんだこれ」

「普通は皇帝から貰った印璽なんぞを出すもんだぜェ……間違いなくテメェらはあの野郎の弟子だ!」


 神殿騎士達は5人に向けていた切っ先を、天井に向け直し、胸の前で構える。

 ゴッドブレスジャガーがそれに合わせる様に、法衣についた銀装飾をジャラジャラ鳴らしながら、両手を広げた。


「歓迎するぜェ、イカれ賢者の弟子共!光の女神と聖教団が誇る大神殿、スタチアにようこそォ!ヒャッハー!!!」


 弟子達の誰かがポツリと言った。


「今凄い帰りたくなった」

「それは、そう」

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