教えその3 考えて動くには知識がいるので歴史書を読め

 皇女ネヴィリーンは辺境都市カスタノで暮らしていた。

 正確に言えば、都市内にある聖教団の大神殿でだ。

 大神殿はスタチアと言う名で呼ばれ、他と比べても多くの聖職者を抱えている。

 皇位継承権が無いネヴィリーンは、母と父の顔も知らない。会わせてもらえないからだ。

 ただスタチア大神殿の神官達が彼女の家族として温かくあり、ネヴィリーンが寂しく思う事は無かった。


 しかしある日、帝室からネヴィリーンに手紙が届く。

 内容としては、皇帝に会いに帝都に来る様にという文が、帝国特有の簡素な文体で書かれていた。

 スタチア大神殿を預かる司教は猛反対していたが、ネヴィリーンはこの手紙の話に多少乗り気でいた。

 父親に会ってみたくなったのだ。

 司教は渋っていたが、最後には折れ、見送ってくれた。

 護衛には帝室から人が送られてくると言う事であったが、司教がそれを断り、教団の騎士をつけた。

 そうして旅立ったネヴィリーンだが、道の途上で多数の賊に襲われてしまった。

 騎士達は囮や壁となりネヴィリーンを逃がし、当の皇女は訳もわからぬまま走った。

 しかし騎士との戦いを抜けた賊に追い付かれ、気絶の呪いで意識を失いあわや……と言う所に現れたのが一人の魔導師。

 賢者エイヴの一番弟子、サーナという次第であった。


「大変だったんだねネヴィリーン……」

「逆にこの話を今まで聞いてなかったんか姉弟子ともあろう者が……?」

「それ所じゃなかったんだって!ネヴィリーン呪いかけられてたし、まず安心させるべきかなーって」

「まぁ対応としては正しいけど、これ厄ネタの宝庫みたいな話じゃんよ」

「また襲われても困るしね。とりあえずカスタノまで一旦帰る?私も護衛にはなるよ!」

「まぁ、本当ですか!騎士達の行方も気になりますし、どうしようかと悩んでいた所で……」

「違う違う、そう言う意味じゃねぇ。このままカスタノに帰すと本当に厄介な事になるから」

「「え?」」


 イマイチ状況を分かってない姉弟子とネヴィリーンにアリルは渋い顔をした後、一人ニヤニヤ笑っているクタラトに気付く。

 アリルはクタラトを引っ掴むと


「ちょっと来い」

「わっとと」

「急に何してんの!?」

「クタラトに話があるんだよ!」


 アリルは壁際でクタラトに顔を近付けると


「お前絶対分かっててやってるよな???」

「いや〜、こっちのが楽しいかなって思いまして」

「楽しいかこれ……?」

「師匠なら楽しむんじゃないですか?」

「アレはアレ、オレらはオレら。同じ事すると本当に死ぬよこれ?分かってんだよね???」

「それも一興というか」

「ふざけんな???」

「まぁまぁ、じゃあボクが説明しておきますから」


 アリルは溜息をついてクタラトを解放した。

 クタラトのニヤついた笑いは止まっていない。

 何をせずともアリルは自分に胃痛に効く魔導をかけていた。


「はい、じゃあよく聞いてくださいね。問題点を説明しますから」

「あ、うん。クタラトがするんだ」

「兄弟子は状況の重さにギブアップしたので。さてさて、最初に話すべきは司教が帝室の護衛を断った事が変だと言う事です。護衛を出してもらう方が教団にお金はかかりませんし、帝国の兵士はそもそも強兵です。教団の騎士より強いはず」

「え、あー……教団が帝室を信用してないって事?」

「サリャカ正解!つまり今、帝室が信用出来ない事態になっている……可能性があります。渋々でもネヴィリーンさんを送り出したのは司教も確信を持ってる訳じゃないんでしょうね」


 先程まできょとんとしていた3人は、事態の不可解さにようやく頭が働き出したらしい。

 そしてネヴィリーンは、その美しい顔にしかめっ面を浮かべて、深刻そうな声で呟いた。


「では、わたくしが襲われたのは……」

「帝都で政変か何かあるんじゃないんですか?」

「いや、それは変じゃない?だって皇位継承権無いんでしょ?政治に関係できないじゃん」

「そうそう。それですよ。本人の目の前で言うのはどうかと思いますけど、ネヴィリーンって忌み名ですよ。忌み名を付けられる訳ありで、皇位継承権の無い皇族をどうして呼び戻すんです?」

「それは……なんでだろ」

「わたくしも理由までは……それを聞きに帝都に行く旅だったので……」

「まぁボクも理由は分かんないですけどね。つまりこのまま帝都に向かうとまた襲撃されるかもしれない訳です」

「ただの賊じゃないって?」

「やだな〜ただの賊が武装した騎士の護衛に襲いかかる訳ないじゃないですか。あ、あとネヴィリーンさんを逃したのは分かってると思うんで、カスタノまでの道も何かしらいると思いますよ」

「う〜ん」


 サーナは、自分が苦手とする複雑な事態を、自分の手で呼び寄せた事に気付いた様で、うめき声をもらした。

 そんな姉弟子を横目にして、アリルから魔導の権限を奪ってティーポットを寄せたサリャカは、ふと自分のやった行為でさらなる事実に気付いた。


「ちょっとまって。あたし呪詛返しを、しちゃったんだけど……。もしかして敵にも」

「魔導師がいるんでしょうねぇ」

「うげ……多分呪詛返しってその魔導師に……」

「返ってるでしょうねぇ。良かったですね、これでこっちにも魔導師がいるって思われましたよ!」

「うわー!やっちゃった!」

「常々師匠に『戦いに関わる時は敵の事を考えてからにしろ』って言われてんだろ……」

「いや、こんな子に呪いかけるとかムカついちゃったからつい……。それにこうなるとか思ってなかったし」


 サーナとサリャカが頭を抱えた所で、クタラトがさらに良い笑顔を浮かべた。


「ま、このままスタチア大神殿に向かった所で、帝国と教団の仲は悪化するだけでしょうね」

「えっ……えっ!?それはどういう……」

「だって帝室に不審を抱いて騎士を付けたんですよ。それに別に帝都に向かうルートや予定はどこにも漏らして無いはずです。ネヴィリーンさんが帝都に向かう事を知ってなきゃ狙って襲撃は出来ませんよ」

「つまり何……ネヴィちゃんへの襲撃は、帝室がやった様にしか見えないってこと?」

「このままネヴィリーンさんがスタチア大神殿に報告するとそうなりますね!」

「聖教団を帝国が襲ったっていう事実が確定する訳か……」

「そんな……」


 今度はネヴィリーンが頭を抱える番だった。

 その時の事だ。


「話は聞かせて貰った!」


 屋敷の扉が勢いよく開いた。

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