教えその2 厄ネタは思ってるより厄ネタである

 屋敷のラウンジがワイワイと賑やかになっている頃。

 一人だけ屋敷の奥に籠もっていた二番弟子のアリルは、真剣な表情でティーポットの中にお湯を注いでいた。

 お湯は宙空に描かれた魔導陣から生み出されており、それが魔導の産物である事を示しているだろう。


「さて、それで味は……」


 それからゆっくりとティーカップにお茶を注ぐ。

 アリルはカップに注いだお茶を見つめ、口をつけた。

 そして目を見開いた。


「うまい……!これが美味しいお茶を淹れるのに最適な湯を作り出す『茶淹れ用の湯を生み出す魔導』か……」


 そう言ってアリルは、片手に持っていた魔導書を閉じてその辺に放り投げた。


「く、くだらねぇ!まさか魔導書一冊使ってこんな術を解説してるとはウチの師匠はアホなんちゃうか?」


 たまたま見つけた魔導書を、読んだ事ねぇなぁと思って開いたのが運の尽き。

 アリルはまさか、魔導書一冊を美味しいお茶の淹れ方に費やす魔導師がいるとは思わず最後まで読んでしまった。

 そこまで考えてから、今まで出会った魔導師達が思い浮かぶ。


「……割といそうな気もしてきた」


 変人共の記憶を頭から消し去ったアリルは、思考を切り替える事にする。

 目の前のお茶の事だ。


「うまいお茶なのは確かだし、アイツらにも飲ませるか」


 言うや否や、熱いお茶の入ったティーポットが宙に浮かび、アリルの後ろをついてくる。

 アリルは放り投げた魔導書が自動的に元の書棚に戻ったのを見ると、また適当な書物を手に持って部屋を出る。

 向かうのは賑やかなラウンジ。

 彼はお茶が入ったティーカップに口をつけながら、ちょちょいと魔導でラウンジの扉をあけた。


「楽しそうにしてんね。お茶入れたけど飲む?」

「あ、飲むー!お客さんもいるよ!」

「ほーん珍し……っ!?」


 アリルはお茶を噴き出した。

 むせたとかお茶の味が変わったとかでは無い。

 他の3人の弟子がワイワイと騒いでいた原因たる、金髪と赤い瞳を持つ少女を見たからだ。


「うわ、何してんのアリル!?」

「いや、いやいや、それはこっちのセリフだから」


 アリルは皆に近づいた。

 そして客であるらしい少女を今一度見る。

 くすみの無い金髪、人形の様に白い肌、宝石の様な赤い瞳。

 これらの特徴に該当するのは、この帝国においてとある一族である事を示す。


「どっからどう見ても皇族じゃん………」

「え?」

「少しは歴史書読んだらどうなんだ姉弟子ぃ!目の前にいるのは皇族だぞ皇族!」

「え、マジで?」


 帝国の最も貴き血筋、皇族。

 彼らは生まれる前に帝室に伝わる魔導的儀式を施される事で、必ず『金髪』『白い肌』『赤い瞳』を持って生まれてくる。

 そしてこの国では、この3つの特徴を完璧に持つ人間は例外なく皇族しかありえない。

 アリルは冷や汗をたらして


「申し訳ありません殿下……コイツらが何か粗相はしておりませんか!」

「今お茶噴いてたのは粗相じゃん?」

「そうですね!」


 サリャカの言葉に土下座しはじめたアリルを見て、皇族の少女は屈託無く笑った。


「うふふ……いえ、良いんです。わたくしには、皇位継承権はありませんから。ですから、そう堅苦しくしないでください」

「やべぇ、既に厄ネタの匂いしかしねぇ」


 皇位継承権の無い皇族なんて、ワケありまくりに決まっている。

 ただの庶子なら良いが、帝室の魔導措置を受けているこの容姿は、バリバリの直系だ。


「あの……賢者エイヴの弟子、アリルと言います。そのー殿下のお名前を聞いても?」

「ネヴィリーンと申します」


 アリルは頭を抱えた。


(忌み名だこれぇ!)


 帝国では、聖教団の教えを国教にしている。

 聖教団は光の女神サーシャリアを信仰しており、帝国に生まれる女児達は女神の名前を意識した名前を付けられる事が多い。

 例えばサーナやサリャカがそうだ。

 それ程広く信仰が根付いている。


 また教えの中には光の女神サーシャリアと対をなす闇の女神が存在している。

 名をネヴィリムと伝えられる。

 慈悲や優しさを司るサーシャリアと、理不尽な死や無慈悲な心を司るネヴィリムはかつて双子の女神だった。

 だが、人間の営みを想うサーシャリアと人間の心の醜さを嫌うネヴィリムは対立した。

 人を滅ぼそうとするネヴィリムを相手に女神サーシャリアは戦い続け、やがて血を分けた姉妹神を打倒する……。

 これらの事を教団では『醜い悪徳は敵を作るだけだ』という教訓として人々に解いていた。


 さておき話を戻すと、賢者エイヴの弟子達の目の前にいるお姫様ネヴィリーンは、明らかに名前が闇の女神ネヴィリムから取られている。

 ただの町人ですらそんな不吉な事はしない。

 つまり彼女には、忌み名を付けられるだけの理由がある事になる。


「ネヴィちゃんお姫様だったん!?」

「あー、だから賊に狙われてたんだ」

「ちょっと待って……情報量が、情報量が多い……!いち、1から説明して」


 ネヴィリーンとサーナは、頷いてここまでの話をはじめた。

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