666 -β
小指と薬指を曲げて見せたアンラは、そのにやけ面を引っ込めて、「前払いだ」と小さな革袋をテーブルに置いた。人間の皮でできたものだ。シーナに見せたら失神ものだろうなと考えながら、ゼドは紐を解いて硬貨の枚数が約束の枚数と合致していることを確認した。を内ポケットに仕舞った。
「にしても、珍しいな。お前の方から仕事を受けに来るとは。何の風の吹き回しだ」
「金が要り用なんだ」
「回りくどい言い方をするなよ」
ゼドと目を合わせたアンラの表情には、詳しく話せ、と書いてある。まあいいか、と逡巡も束の間、ゼドは口を開く。
アンラは豪快と言えば聞こえが良く、悪く言えば大雑把な男だが、義理堅い男だ。彼の腹心の部下達も喧嘩っ早いが、アンラに忠実で口は固い。その方が、彼らにとっては都合が良いのだ。
「善神の少女を匿ってるって? お前正気か」
「正気だ。その反応はもう見飽きた」
「魂をかっ食らおうなんて算段じゃねえようだし……。お前、どうしちまったんだ」
「どうもこうもない。強いて言うなら気分だな」
「気分ねえ……。
「豊穣」
ぴたり、とアンラが動きを止めた。
「豊穣だって? 善神の中でも強い正気を持つはずじゃ?」
「俺の邪気で隠しているが、オルクスと禍津さんにはすぐ
アンラが笑いながら腰を上げる。男を踏みつけ、壁にずらりと掛けられた武器の前に立った。掌ほどの刃渡りのナイフを手に取ると、彼はその
「ゼドの邪気で隠しきれないほどの
「あいつは俺が食うなと言えば食わないさ」
邪神は、その悪名が轟くほど強い魔力を得るが、善神はその尊さに比例して、魂も気高く清くなる。魔獣達にとって、純白な魂より旨いご馳走はない。
「イブの話じゃ、あと二十と一日で地獄の穴のうちの一つ、
破れた窓から差し込む斜陽が、アンラの背を照らし、その鋼鉄の如く締まった肢体を
翼が羽ばたいた。
落陽を遮り、巨大な鳥が姿を現す。
アンラは、肩に留まったその鳥の頭を指先で撫でた。その鳥はアジ・ダハーカという毒龍で、アンラが飼う魔獣だ。三つの頭と鉄より硬い鱗を持ち、口から毒の煙を吐いて、血の代わりにうん千うん万にものぼる毒虫を、その体内に巣食わせている。
「なあゼド」
と、アンラはダハーカの額を撫でながら、ゼドを呼んだ。
ダハーカの咽喉が鳴る。遠くで轟く雷鳴に似た低音。
「何のつもりで善神に優しくしているかは知らねえが、忘れてやしないか?」
差し出されたナイフの、研ぎ澄まされた切先が、ゼドの心臓に向いている。血に飢えた
「幾ら善い行いをして徳を積もうが、英傑の真似事で
†
空が低い。圧迫感が大地を上から圧し
百鬼夜行だ──。
得体の知れぬ種々の異形の者達が、所狭しと列を成してさんざめく。胸が詰まるような邪気が辺り一帯に充満していた。
「来やがったっすね。ぬらりひょんの
「……さっさと終わらすぞ」
「言われなくても、分かってるっすよ。ったく先輩はいつも一言多いっす」
「何度忠告しても、死体で遊ぶ
アンラの腹心の部下である
早々に身内で口喧嘩を始める部下を、仁王立ちのアンラが鶴の一声で黙らせる。
「お前等、戦闘前くらいは仲良くできんのか」
「無理っすよ。そんなことより、もう始めていいっすか?」
殺伐とした邪気が漂った。
「来るぞ」
「よお、クソ
「お前のところの駄犬こそ、しょっちゅう此方の
インフェルノ中に名を馳せる、悪の両雄が睨み合えば、その凄まじい邪気のぶつかり合いで、
始まりは、唐突だった。
耳を
彼等が鍔迫り合いをすれば、分厚い空気の
風が、頬を
大きな余波が生じ、周囲の魔物や妖怪を大地ごと
「俺の出番っすねえ! 腕が鳴るっす!」
意気揚々と戦い出した
ビュッ。と、一線が閃いた。
振り向いた
緑、青、赤、紫。様々な色の体液が混ざり合い、瞬く間に辺り一面を鮮やかに彩っていく。
暴れ狂うゼドを見て、
総毛立つほどの殺気が
忍び寄る恐怖が、妖の震える
「お前、何ぼさっとしてる」
「おい。あいつ、あんなに強かったっけか?」
彼のナイフが線を描くと、それをなぞるように、血が噴き上がり、断末魔の叫びが脳を揺らす。
殺生における美徳というものがあるならば、彼の
「会う度に技量が上がっているな。アンラ様が勧誘するのも分かる」
「ありゃあ、ブレーキの壊れた馬車か、でなきゃストッパーのないマシンガンっすよ」
腕を振れば、血飛沫が舞う。脚を蹴り上げれば、襲い来る妖怪の体が一瞬で
面白いほどに、あまりにも呆気なく。
ゼドは夢中で肉を削ぎ、骨を断った。
咽喉が震え、ゼドはふと、気付く。
「ゼド、そんなに楽しいか」
ドゥルジに言われて口許に手をやれば、口角が上がっていた。掌にこびり付いていた血糊が、頬を汚す。
「ああ。……楽しいよ、どうしようもなく」
吹けば飛ぶような軽薄な嘲笑が、カラカラと彼の口から咲いてはすぐに、溢れ落ちていった。その薄笑みは、見る者の目にやや猟奇的に映る。
戦い始めたゼドを止められるものはない。自分自身でさえも、歯止めが効かぬのだ。彼を突き動かすのは、
今だってそう、暴力という絶対的な力の前に
ゼドは、享楽に犯された表情を色濃くした。
妖怪の四肢を引き千切る度、えも言われぬ快感がゼドを襲い、身を委ねたくなる。
血が拳を濡らす度、心が湧き立つのを感じる。ただ、思考は至って冷静だった。どこか穏やかささえも感じるほどに。
またひとつ、相手の頭蓋を握り潰した時、パンッと頭の血管がはち切れる感覚がして、
理性が、持っていかれる──。
気付けば、足元には血の海が広がり、死屍累々と屍が折り重なって山を成していた。その場に残ったのは、その頂上に立つ、ゼドだけだ。
「なんだよ。もう終わりかよ」
捻り殺した
降り注ぐ血脂にずぶ濡れになりながら、まだ物欲しそうに嫣然と笑む鬼神が、静かに佇んでいた。
***あとがき***
こんにちは、燦です。
戦闘シーン?とまではいきませんが、少しバトルっぽいところを久々に書けて、楽しかったです♡笑(バトルシーンは福音の章から本格スタートします、たぶん)
*** どうでもいい雑談
コロナでオンライン授業になって、去年頃からNetflixでアニメを見始めたのですが、今更、日本はアニメがおもろいわ!と気付きましたww (洋画、洋ドラ、韓ドラがもともと好きでした)
こんなグロい描写を好む人間なので、アニメも戦闘のある少年漫画っぽいやつが好きです。色々とそういう系を漁っていて、流れで、ヨルムンガンドっていう武器商人の物語も見ました! でも、ヨルムンガンドって言葉自体、神話の獣を指すとは、この時は知りませんでした。この作品を書こうと思い、主人公ゼドをヨルムンガンドの化身に設定して、数話書いた後に、あれ? と気付きましたwww
神話に詳しい方が多くて、ちょっと焦りながらも、必死に調べて書いてますが、楽しんでいただけてたら嬉しいです。
長くなりましたが、次はヘヴンサイドの話も出てきます! お楽しみ?に!笑
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