黙示録 -δ
彼の
「何故、ヘヴンのお偉方の言葉を
隣のゼドは無言で肩を
「奴らはまるで、世界掌握の権限を我が物顔で振り翳す羊飼いだ。柵の内に飼ったお前ら羊の脳をじわじわと溶かしてやがる。奴らの澄ました貞操面の皮を剥いだらどうなるか。残るのは腐りきった土地と頭が空っぽの人間だけさ」
──見物だと、思わねえか。
ヘヴンを嘲弄する
「こいつに言ったってしょうがないだろう。子供じみた真似をするな」
「ひどーい。俺、お前より歳上なのに」
「だから言っている」
「フェンリルって、幾つなの?」
神の外観と年齢は、必ずしも一致することはない。故に、神の力量を見た目で判断されることはない。そんな真似をするのは人間だけだ。
「俺はもう、だいぶ生きてるぜ。
「背は伸びなかったけどな」
「うるせえ。お前こそこのまま
「話が逸れたが、ゼド。こいつはお前の弱点だ。いいか? お嬢ちゃんを拾う選択をした時点で、お前は負けなんだよ、負ーけ」
尖った爪先で指差しされたシーナは、丸椅子の上で居住まいを正した。
「俺は負けない」
「んなこと言って、食い殺されたら
「連れていかれないように頑張るわ」
意気込んだシーナは、にっこりと笑う。意図を掴めぬフェンリルは、そのただの笑顔に、
「フェンリルって、お兄ちゃんのことが大好きなのね」
「ば、馬鹿、お前、何言ってんだ」
顔を赤らめ、一人であたふたとするフェンリルを冷めた目で見ていたゼドが、静かに彼女の名を呼ぶ。彼は静寂そのもののようであった。
「この金で、メモに書いてあるものを買ってこい。できるな?」
「ええ」
硬貨数枚と紙の切れ端を預かり、意気揚々と戸の奥に消えた彼女の後ろ姿を打ち見て、何か言いたげなフェンリル。それを察して、ゼドは問われずして答える。
「陽が出ている間なら、大通りまで一人でも外に出している」
「ひと暴れでもしたのか」
「暫く奴らはこの辺りに顔を出せないはずさ」
「お前……」
インフェルノでは
山に迷い込めば、巨人や食人木が騙し喰らおうと囁き掛けてきて、
闇と邪気とが
「まあいい。それよりゼド、例の件だが」
呼ばれて顔を上げたゼドの頬から、するりと
「またか」
「ああ」
ちっ、とゼドが
金に目が眩んだ商人が、インフェルノ相手に闇取引をすることも珍しくはなくなった。ただ、懸念すべき点が一つ。近頃、
「また
フェンリルがぼやく。
「ただでさえ、
「気の狂った人間まで居座られちゃ、正に地獄絵図だな」
明日生きるか死ぬかの渦中に身を置く者達から
「何か引っ掛かるんだよな……」
苛つくフェンリルの爪がテーブルを引っ掻いた。テーブルに、深い五本の線が刻まれた。
魔獣の食糧は、人間や神が食する動物や作物だけでは無い。インフェルノでは弱肉強食の食物連鎖が立派に成り立っており、雑食の彼らは怪物や妖怪の
ゼド達邪神もよっぽど飢えれば仕方なしに魔物を食べるが、人の
要するに、魔獣は間違って薬漬けになった
「インフェルノの莫大な人と神の数を逆手に取って小遣い稼ぎをするならまだしも、罪人共を薬漬けにして何の意味がある。効率が悪すぎる」
ゼドは顎に手をやり、怪訝な面持ち。
フェンリルも口を開く。
「ヘヴンで後ろ指を指されないが為とは言え、インフェルノに裏門から立ち入る事自体、
「普通に考えれば、まずおかしい」
フェンリルが
「ここまで来ると、
面倒事を懸念したフェンリルの顰めっ面の眉間に、数本の深い皺が刻まれた。
「この話も含めて、一度イブの所に行くかな」
ゼドがそう言うと、フェンリルが首を横に振る。
「今は近寄らない方が良いぜ。
「また喧嘩をしているのかあそこは。アンラの奴、部下を放ったらかしにしすぎだ」
ぎぃ、と戸が軋んで、少女が顔を覗かせた。
フェンリルの顔付きが、パッと胡散臭い笑みに変わる。
「生還おめでとう、お嬢ちゃん。買ってこれた?」
「ええ! 見て見て、ほら」
「ちゃんとお使い出来たじゃん」
「でしょう?」
胸を張るシーナは、自慢げに買ってきた紙袋の中身をフェンリルに見せた。
「何、酒とチーズなんて買って。あんな奴らに気を使う必要ねえだろ」
二人の顔の横から
「ご機嫌取りも悪かないさ」
取り出されたのは、丸々と
ゼドが口をあけた。長く細い舌が見える。後方に反った、大きく鋭い牙が林檎を噛み砕いた。赤い皮が破れ、牙が果肉に突き刺さる。胸焼けしそうなほど甘い芳香が、口許から溢れてきた。
「面白そうだろう。それで良いじゃないか」
ひとり状況の掴めぬシーナだけが、きょとんとした顔で小首を傾げるのだった。
†
「此処は……」
「下水路だ」
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