第30話 久しぶりに帰ったら六角関係になっていたわけだが

 あれから十三年の月日が流れた。マクソン工房には新人の女鍛冶屋が入り、ジェイクとアントンは相変わらず仲良くて、賑やかな毎日を過ごしていた。そんなある日、マクソン工房に手紙が一通届いた。それは、懐かしいあの人からだった。

「アントン、ロゼッタから手紙が届いたぜ」

「え!?ロゼッタから?な、なんて書いてあります?」

「待て、今読むから」

《ジェイク、アントン、お元気ですか?私は今年大学を卒業します。そして、学校の先生の免許を取りました。小学校の先生の免許です。小学校の先生の免許はとても難しかったけど、沢山勉強したので、たぶん無事採用されると思います。そして、採用活動が始まったら、マクソン工房に帰ろうと思います。また三人で楽しく暮らしましょう?アントン、貸していたジェイク、ちゃんと返してくださいね。》

 相変わらず約束を忘れていないしたたかな様子で、手紙は締めくくられていた。どんな美しい女性に育ったのか、楽しみで仕方ない。そして、その日はやってきた。


「ただいま!ジェイク!アントン!可愛い可愛いあなた達の娘、ロゼッタちゃんですよ!元気してた~?」

 大きな旅行鞄とスーツケースを両手に抱えて、ロゼッタがマクソン工房の玄関を開け放った。退屈そうに店番をしていたジェイクは弾かれたように顔を上げ、「おおお~!」と両手を広げてロゼッタを出迎えた。

「お前、ホントにロゼッタか?!でっかくなったな!昔はこーんな小っちゃかったのに!」

「あれ?ジェイクはちょっとくたびれた?まあ、もうオジサンだもんねえ。何歳?」

「もう今年四二になるよ。もうすっかりオッサンだ」

「ええ~~?!ほんとにオッサンじゃん!でも相変わらずかっこいいね!大人の魅力!」

「よせやい」

 店舗の賑やかな声を聞きつけて、工房からアントンが顔を出した。

「あれ?ひょっとしてロゼッタかい?」

「アントン!元気してた?!相変わらずアントンは髭だらけでよくわからない顔をしているね!たまには顔剃ってよ!どれぐらいオジサンになったかこれじゃわかんないよ」

「おじさんになったから隠しているんだよ。フフ。ロゼッタは昔よりさらに生意気になったね」

 女の親しそうな声を聞きつけて、工房の奥から髪をピンク色に染めたショートヘアの女が顔を出した。

「アントン?誰だいその女は?」

「ああ、トキコ。紹介するよ、ロゼッタ……いや、本名はルチアか。妖精族のルチアだよ。十年ぐらい前、この工房の一員だったんだけど、ずっと離れていたんだ。久しぶりに帰ってきたんだよ」

「ふ~~~~~~~~~~ん……?」

 トキコと呼ばれたその女は、怪訝な表情をしてロゼッタ……ルチアを睨みつけている。

「あ、トキコさん。初めまして。本名はルチアだけど、ロゼッタの方が慣れているから、ロゼッタって呼んで。よろしくね」

 ロゼッタが右手を差し出すと、トキコはガバッとアントンに抱き着いてロゼッタに威嚇した。

「オレのアントンを奪ったら許さないからね!」

「え?」

 ロゼッタは驚いた。まさかアントンに恋人ができているとは予想していなかった。だが、アントンはトキコを必死に引きはがして訂正する。

「トキコ!誤解するからやめてくれ!君はただの部下!僕と君は関係ないし、僕はジェイクのパートナーだ!」

「言っとかないと。アントンの正妻はオレだって」

「正妻じゃない!君とは付き合ってもいない!」

「ど……どういうこと?」

 ロゼッタが目を白黒させていると、玄関に別の客が現れた。

「ロゼッタ、帰って来たのね!視えたから、飛んできたわ!」

 紫色のローブに身を包んだ繊細族の妙齢の女性――アリッサだ。

「アリッサよ。覚えてる?」

「覚えてる!アリッサさん!美人になって!」

「あなたも素晴らしく美人になって驚いたわ!」

 するとトキコが苦い顔をした。

「クソババア……来やがったな」

 それを聞いてアリッサも顔を歪める。

「トキコが余計なことを吹き込まないように訂正しに来たのよ。ロゼッタ、私、アントンとお付き合いしてるの。トキコはそれに噛みついているだけだから、相手にしちゃだめよ」

「てめえこそ何吹き込んでやがるんだ!」

 これにアントンは再び訂正する。

「アリッサさん。僕は貴女とお付き合いしているつもりはありません。やめてくださいまた誤解されます」

「んん?」

 ロゼッタは頭がこんがらがってきた。いつの間にかアントンが三角関係に巻き込まれている。

「ジェイク、これどういうこと?アントンとジェイクはパートナーじゃなかったの?」

「ああ、パートナーだぜ。それに女が二人横恋慕してきて、迷惑してるんだ」

 これはチャンスかもしれない。もしかしたらすんなりアントンからジェイクを奪い返せるかもしれない。

「えっ、じゃあ、あたしはジェイクと無事結婚できるの?」

「うーん」

 ジェイクが言い淀んでいると、さらに昔馴染みが顔を出した。

「ルチア!今日帰ってくるってジェイクさんから聞いたんだ!何で真っ先に俺のところに来てくれないんだよ!寂しかったぜ!」

 妖精族のヨッケである。すっかり美しい好青年になっていた。

「え、もしかしてヨッケ?ヨッケなの?!うわあ、イケメンじゃん!」

 そしてヨッケはロゼッタに抱き着き、その唇に口づけした。

「約束、忘れてないぜ。ずっとほかの女になびかずルチア一筋だったんだ俺は!!ずっと会いたかった、ルチア!俺と結婚してくれ!」

 しかしロゼッタは困惑してしまう。ジェイクと結婚するつもりで帰って来たのだ。ヨッケは仲のいい友達のままで結構である。

「ちょっと待ってヨッケ、あたしは……え?え?どういう状況?」

 ロゼッタは頭を整頓してみた。

 ロゼッタはジェイクと結婚するつもりである。しかしジェイクはアントンとパートナーである。そのアントンはアリッサとトキコに言い寄られていて、ロゼッタにはヨッケがまだ恋人気分を忘れていない。……つまり。

「六角関係になってるってこと?!やだーーーー!!昔よりややこしくなってる!!」

 ロゼッタは頭を抱えた。


 あの輝かしい時代より、一回り関係が複雑化したマクソン工房の恋模様は、複雑に絡み合ってもうしばらく解けそうにない。


END.

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夢端草 ぐるぐるめー @ankokunogrove

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