第20話 地上の楽園(終)

喧騒だらけの都市部から大きく離れた場所に位置する目的地。右も左も緑豊かな景色が広がり、靡くばかりの草木が私を手招きしているようであった。眩しかった夕日の光線が、柔らかくも鋭く目の前を覆う。やがて夕方が過ぎ去った後に到着した宿泊予定のコテージは、木のぬくもりを感じられる大変素敵な造りであった。


車から荷物を抱えてコテージの扉を開けると、玄関から長旅の疲れを癒すかのような木の香りがあった。床から天井まで木々で造られたコテージの中で浮かんでいる自然の香りは、居間やキッチン、寝室と部屋を隔てることはなく広がっている。これから始まる3泊4日の非日常を過ごすには期待に違わぬ申し分ないものである。


夕食を前に、コテージの周辺を散歩することにした。当然ながら街明かりの一つもないため、もう少し夜が深くなれば目の前すら夜闇に隠れる。コテージと言っても宿泊施設であるため、砂利ではあるが一応は人の歩ける歩道が続いているようだ。少し歩いて立ち止まった。つま先の向かう先から、小川のせせらぎが聞こえてきた。


他にもいくつか砂利道があったものの、とりあえず続きは明日以降に歩くとして夕食の準備を始めることとした。軽い腹ごしらえから戻り、冷蔵庫から食材を取り出し、窓の外にあるベランダへ運んだ。ベランダには、バーベキュー用のテーブルや鉄板が設備されている。鉄板が温まったところで、最初の夕食を始めることとした。


鉄板の周りを囲むのは私一人。だからこそ、感じられる開放感というものも一層で。今は見えない山々などが明日になれば見えるはずであるが、目を凝らせばうっすら輪郭だけでも見えてきそうな気がする。そうしていると、山々から吹き降ろされる涼しさよりも若干冷たい夜風が、鉄板の上で踊る湯気の形を変えていく。


やがて、冷蔵庫から取り出した食材の数々は全て空となった。別に高級食材を揃えたわけではないのだが、大自然のもと一人で済ます食事というのは格別であった。今、私を包み込むのは自然だけで作った透き通った空気で、深呼吸をしたくなる。いわゆるマイナスイオンなる負の電気を帯びた微粒子が、果てしなく存在するのだろう。


春眠暁を覚えずなんて言葉があるが、明日にいれば言葉の意味を身に染みて理解できるのだろう。私がこの場所を離れるまで、雨が降る素振りすら無さそう。空を過ぎていくのは太陽と月と星くず、そして雲がたまにあるぐらいであろう。気温も一切邪魔することないらしく、空は私に最高のシチュエーションを用意してくれるようだ。


夏の星座が少しずつ顔を出しており、夜空では季節の競演がなされている。地図も無いはずなのに星たちは居場所を見つけ、時々こちらに向かってウインクを繰り返している。空から舞い降りる紺色の波を探ると現れる天の川。それは、明日へと繋がる架け橋であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

紺色の波 むーるとん @Muulton

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ