死んだら異世界に連れてって勇者にしてくれるって言ったのに、結局定員オーバーだから無理? ~現実世界に残った底辺社畜の俺が詫びチートをもらう~
水無土豆
フライハイ
『マジで止めて。死なないでください。迷惑です』
びゅうびゅう。
強烈に吹き付けるビル風が、俺の髪を強引に撫でる。
高層ビル。それも屋上。
眼下には車の列、人の波。
俺はここで、手元のスマホに視線を落としていた。
スマホからはさっきからずっと、俺の自殺を止めようとしている女性が叫んでいる。
ネタバレをすると、こいつはテレビ電話の相手でも、よくある画面上をうろちょろしているコンシェルジュ的なAIでもなく、〝異世界の女神〟なのだそうだ。
出来事を数か月前まで遡ろうとしたが──面倒くさい。
簡単に要約すると、うだつが上がらないサラリーマンだった俺は、ある日イセカイノメガミとかいうビ〇チに、こいつの住んでいる世界を救ってくれと頼まれた。
普段からそういった小説や漫画を読んでいた俺は、何も疑わず「ついに俺にも来たか」と会社の便所で雄たけびを上げた。
そして、行動力だけはある俺はその日、便所を出てから洗っていないその手で退職届を作成し、憎い部長の顔面に叩きつけた。
これで俺は晴れて異世界生活。
やばいチートを得て、異世界の美女たちに持て囃され、王様とかそこら辺の権力者から土地をもらい、死ぬまで楽して暮らす……はずだった。
だが、そんな俺にこいつは……このヴィッチは、信じられない言葉を吐いたのだ。
「あ、もう今死んだ方で異世界の受け入れ定員が満員になったので、あなたは死ななくて結構です。異世界転生用のトラックの手配をキャンセルしました」
コンシェルジュかテメーは! ……という、気の利いたツッコミを口から吐く余裕なんてあるはずがなく、結果、俺は異世界を救う勇者ではなく、便所で雄たけびを上げたのち、部長の顔面に茶封筒を叩きつけた変人になってしまったのだ。
天国から地獄へ。
かの高名な作曲家、ジャック・オッフェンバックも真っ青な落ちぶれっぷりである。
しかし──神はまだ、女神に見捨てられた俺を見捨ててはいなかった。
なんと、こうやって実際に女神からお呼びがかかった人間は、一度死ねば異世界へと転生できるらしいのだ。
さすがに学習したのか、俺は自宅のトイレでその情報を得ると、小さくガッツポーズしたのち、試しに近場の屋上へとやって来たのだ。
結果は──ビンゴである。
こうして、スマホに映っている憎たらしい顔の女神の、その慌てふためく様が、それが真実だという証左になっていた。
『ちょ、聞いてますか!? 飛び降りないでくださいね! 絶対! あなたにも悲しむ家族が──』
「おい、聞こえるか、クソ女神」
俺はキンキンとうるさい女神の言葉を遮った。
『な、なんですか……』
「下を歩いている人間はいるか?」
『え? 今はいませんが……たしかにぬか喜びさせたのは悪いと思いますが、でも、いきなり便所で叫ばれなくても──』
「フライハイ!」
──バッ!
俺は両手両足を広げると、まるでムササビのような体勢のまま、自由落下していった。
今までにないほどの浮遊感。
まるで、どてっ腹をデカい筒でくり抜かれたようにスースーする。
なるほど。
いままでクレイジーだとばかり思っていたが、スカイダイビングにはまる人間の気持ちもわかる。
少し余裕が出てきたのか、ふと横に注意を向けると、手元のスマホからは
「うわああ! 信じらんない! マジで飛んだコイツ! てか、
という雑音が聞こえてくる。
俺の人生をむちゃくちゃにした女神がこんなにも慌てふためいている。
なんて清々しい気分なんだ。
俺はゆっくりと目を瞑ると、人生最後の浮遊感を楽しんだ。
次に目を開けた時、俺は生まれたままの姿で、美人なママの腕の中で、ふわふわの毛布にくるまれているんだ。
そうだ。今からやるべきことを考えておかないと、しっかりと計画を立てておかないと、次の人生も、これの二の舞になってしまう。
そうだな、生まれが金持ちか貧乏かはわからんが、とりあえず、まずは可愛い幼馴染の女の子を──
「あれ?」
そこまで思考して首を傾げる。
ムササビのまま、首を傾げるというのもおかしな話だが、とにかく俺は首を傾げた。
明らかに浮遊時間がおかしい。
どんなに高くても、コンクリートと俺がキッスするのは、遅くて10秒もかからないはずだ。いくら走馬灯タイムだからといっても、こんなに思考できるのはおかしい。
だが、一方で目を開けるのも怖い。
ここでの最後の記憶が、視界いっぱいのコンクリートだなんて、トラウマになりかねん。
──が、やはり気になるものは気になる。
そして、いつの間にかスマホからも雑音が止んでいる。
ということは、だ。これはもしかして──
「もう死んでいるのか?!」
バッと目を開ける。
視界に飛び込んできたのは、地面地面地面。歩道に車道にマンホール。
「ひゃあこわい!?」
再び目を閉じて、来るべき衝撃に体を強張らせるが──
ぶつからない。
やはり、ぶつからない。
そろりそろり。
おっかなびっくりという言葉がぴったりなほど、俺は慎重に目を開けた。
「……落ちて、いない?」
浮いている。
相変わらず落ちている感覚、浮遊感はあるのに、地面にチッスしていない。
どういうことだ?
『間に合ったな』
再び、俺が握りしめていた
見ると、女神が学生帽をかぶって俺を睨みつけていた。
「女神、貴様、一体何をした……!?」
思わず芝居じみたセリフを吐いてしまう俺。
『時を止めた。おまえが地面にぶつかる直前でな。そして、この世界に干渉することが出来た』
「め……女神ッ!!」
『……わかりました。あなたに死なれると非常に迷惑ですので、他の勇者様と同じように、あなたが望む能力を与えます』
「え? それって、現実世界でも異世界で使えるような力が使えるってコト?」
『何をお望みですか? 怪力、魔法、頭脳、透視、未来予知……すべてあなたの思うままです』
「お、俺は──俺の願いは──」
こうして俺は、無事社畜に戻った。
死んだら異世界に連れてって勇者にしてくれるって言ったのに、結局定員オーバーだから無理? ~現実世界に残った底辺社畜の俺が詫びチートをもらう~ 水無土豆 @manji
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