第3話【これからの指針】

 俺は心底焦っていた。

 推しとして生涯の信仰を誓うことを決めた女神レイラに、突然話しかけられたまではいい。


 正直、頭に響くような声が突然聞こえた時は、びっくりした。

 だが、その声の心地良さに一瞬で落ちた。


 今回は声なんて事前に聴けるわけなかったから、選択肢の項目としては持ってこなかったけれど。

 俺がやっていた育成ゲームには大抵それぞれ声優がいて、その声が好きかどうかも推しにするかどうかの重要な要因だった。


 だって、育成中は毎回そのキャラの声が聴こえるんだぞ?

 その声が好みじゃなかったら、いくら見た目が好きなキャラでも魅力は半減だ。


 そういう意味で言うと、女神レイラの声は、彼女の魅力を何倍にも上げたと言っていい。

 だが、そんな彼女の不思議な質問にいくつか答えたら、突然泣き出してしまったのだ。


 俺は何かやらかしてしまったのだろうか?

 今世でも前世でも女性の涙には弱い。


 というか、どうすればいいのか分からず、オロオロするしかできないのだ。

 案の定今回も俺は泣きながら言葉を発した女神レイラを前にして、言葉すらきちんと聞き取れずに、うろたえるしかできなかった。


「うほぉん!! いつまでそこに居るつもりだ? 誓いは立てられた。もういいだろう。お前で終わりだ。そろそろ下がりなさい」

「あ……神司かみつかさ様。でも……」


 神司様の方を振り向くとすごい形相で睨んでいた。

 そういえば俺と女神レイラとの話は、周りの人には聞こえないんだったな。


「レイラ様。すいませんが、一旦失れ――」


 その場を去ることを伝えようと再度女神レイラの方に身体を向けると、既に彼女の姿は消え失せていた。

 俺は泣かせたまま何もできなかったバツの悪さを感じながら、神司様に挨拶をしてから教会を後にして家へと戻ることにした。


 家路の途中、もうすぐ家にたどり着くという頃に、向こうから手を振ってくる少年がいた。

 隣に住んでいる、歳が一つ下のグレイだった。


「ラキ兄! 選神の儀はもう終わったのかい? 誰にしたんだ!? 僕にも教えてよ!」

「やぁ。グレイ。いつも元気だな。そんなに俺がどの神に信仰を誓ったか気になるのか?」


「うん! 来年は僕も成人だろ? ラキ兄はどの神様にしたのかなって」

「あはは。俺が言うのもなんだけど、きちんと考えた方がいいぞ。ちなみに、俺はたった今、女神レイラに誓いを立ててきたよ」


 俺が質問に答えると、グレイは不思議そうな顔をした。

 おそらく俺と一緒で、女神レイラのことを知らなかったのだろう。


「誰だい? それ」

「聞いて驚くなよ? 今まで長い間信者がゼロだった女神様だ。つまり、現時点だと俺が唯一の信者だな」


 グレイは目を見開いて大袈裟に驚く。

 いつもグレイの動作は大袈裟なんだ。


「えぇー!? なんでそんな神様にしたの? 神様の格も奇跡も、信者の数とか信仰の深さとか決まるんだよね?」

「ああ。だがそんなことはどうでもいい。強いと初めから分かっているスーパーレアやウルトラレアを育てるより、レアでも自分の推しを育てる方が好きだからな。まぁ今回はノーマルを育てるくらいの難易度かもしれんが」


「ラキ兄がいっつも言ってる、いくせーげぇむ、ってやつだよね? そうかぁ……」

「あ! そうだ。グレイってまだどの神様に信仰するか決めてないんだよな?」


「え? うん。いっぱいいて迷っちゃってて。どの道に進もうとかもないし」

「そうか! じゃあさ、選神の儀までの間だけでいいから、女神レイラの準信者になってくれよ! 毎日お祈りは欠かさずにな!!」


 準信者というのは、選神の儀で信仰の誓いを立てる前に神を信仰する者たちのことだ。

 つまり、成人前の子供たちだけがなれる。


「えー? 毎日お祈りするの? 大変だなぁ」

「馬鹿だなぁ。神への信仰は大事なんだから、その練習だと思えばいいだろ? うーん。そうだな。ちゃんとやってくれれば、今度また新しいゲームを作ってやるぞ」


「え!? ほんと!? ラキ兄の作るげぇむは面白いからね! 分かったよ! ちゃんと毎日女神レイラ様にお祈りするから、ラキ兄もちゃんとげぇむ作ってね!! 約束だよ!!」

「おう。任せとけ」


 無邪気な笑顔のグレイに俺は返事をする。

 兄弟のいない俺は、グレイに色々なゲームを自作してはルールを教えて相手になってもらっていた。


 運良くグレイもハマってくれて、実の兄のように慕ってくれている。

 ブンブンと大きく腕を振りながら家へと入っていくグレイを見届けてから、俺も自分の家へと入った。


「さてと……これからのことをきちんと考えないとな」


 俺は一人呟く。

 目標は俺が死ぬまでに女神レイラの格をできるだけ高くすることだ。


 まずは両親の報告と、そしてこれからどうやって女神レイラの名を広めていくかを考えないと。

 それにしても思わぬところで準信者が得られたことは喜ぶべきことかもしれない。


 信仰の誓いを立てずとも、祈りは神に届くとされている。

 グレイのような子供の祈りでも、ないよりはあった方が女神レイラに良い影響を与えるだろう。


「そうだ。祈りだ。俺こそ熱心に祈らないとな」


 前世の記憶では、様々な祈りの方法があった。

 俺はこれから思いつく限りの祈りを捧げていくことを心に誓った。


「まずは旅、という程でもないが、無事に帰宅できた感謝の祈りだな。女神レイラよ。貴女のおかげで無事に家にたどり着くことができました。感謝します」


 すると、自分のすぐ横に、突然人影が現れた。


「わぁ!?」


 驚きの声を上げる俺に、聞き覚えのある心地良い声が聞こえてくる。


「な、なんで私がずっと見守ってたことわかったんですか!?」


 声の主は、先ほど俺が信仰の誓いを立てた女神レイラだった。

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