第2話【運命の女神】-女神視点
突然目の前に現れ、信仰の誓いをするために膝を折り、手を胸の前で組みながら目をつぶり始めた少年に、私はどぎまぎしてしまいました。
またいつものイタズラかと思い、胸が痛みます。
最後の信者が居なくなってから、どれほど経ったのでしょうか。
自分ですら忘れてしまいました。
けれど、私は神という身でありながら、卑しくも人々に忘れ去られて消えてしまう道を選べませんでした。
だからこうやって、選神の儀には姿を現し、せめて私のことを忘れずにいてもらえるようにしているのですが。
毎年、何度かこうやって、目の前に来てくれる人がいるのです。
初めは私もようやく信者ができたと喜びました。
とある出来事で私の信者はゼロになり、それでもと諦めずにいたことが報われる日が来たのだと。
しかしそれはすぐに絶望に変わりました。
みな途中で誓いと止め、これみよがしに嘲笑い、別の神の前に移動するのです。
中には「こんな信者ゼロの神を信仰する奴がいるなんて、本気で思ったのかよ。笑えるな」などと言う人もいました。
私はその度、悲しくなって涙を流してしまいそうになるのです。
だけど、いつもグッとこらえました。
神が泣くということは、世の中に厄災を産んでしまうことになるのですから。
例えば恵みの雨を降らせる水の神、ドロー様が悲しみの涙を流された時は、洪水を引き起こすほどの大雨が降りました。
他にも火の神であるフレア様がお怒りになられると、大規模の山火事が起きたこともありました。
神が感情を表に出すと、こうやって地上に影響が出てしまい、神ですら抗えません。
運命の神である私が涙を流してしまえば、どんな不幸がこの世の中に起こるか……想像したくもありません。
だから私はいつも、イタズラをした人には、祝福を口にするのです。
こうやって、私を忘れずにいてくれるおかげで、私がまだ消えずにすんでいるのですから。
この少年もそろそろ今までの人々と同じように誓いを止め、立ち去るころでしょう。
そうしなければそろそろ誓いが終わってしまいます。
一度誓いを立てたが最後、その後は信仰する神を変えることは原則できませんし。
「――ここに、生涯に渡り我が信仰を汝に捧ぐことを誓う」
「え!?」
私が思わず出してしまった声に反応して、少年、いえ、ラキと宣言していましたね。
ラキが目を開け顔を私に向けました。
その眼差しは今まで見た誰よりも、真摯に私を見つめているようです。
今までのイタズラをしていた人々とは明らかに違いました。
「私の誓いに何か不備がありましたでしょうか?」
周囲のざわつきの中、ラキは一人だけ落ち着いた様子で私に尋ねてきました。
私は大きく顔を横に振ります。
ラキの誓いに不備などなく、むしろ文句のつけ所がないほどでした。
間違いなく、ラキは私に信仰の誓いを行い、私の信者になっています。
その証拠に、神にのみ見える、信者との繋がりがラキの胸から私へとはっきりと伸びていました。
この繋がりの光の強さは、信者から受ける信仰の強さ等が反映しますが、ラキのそれはしっかりとした輝きを放っています。
私は念の為と思い、ラキにだけ聞こえる声で語りかけました。
「あの……何かの間違いではないのですか……?」
「……!?」
おそらくラキには直接頭に響くような声で聞こえているはずです。
驚いたラキは、私の声だと気づいたようで、目を丸くして私を見つめてきました。
「他の人に聞かれぬよう、神の声というもので話しています。あなたも心の中で返事をしてくれれば、私には分かりますので」
「なるほど……それで、間違いというのはどういうことです?」
「あなたの誓いになんの不備もありませんでした。その結果……あなたは信仰の誓いは成立し、契りを結んでいます。もし何かの誤りでそうなってしまったのなら――」
「いや。誤りも何も。俺はそうなることを求めて誓いを立てたわけですし……」
私は再度驚きの顔をしてしまいました。
ただ先ほどとは意味合いは違います。
「あの……本当に。本当に私の信者になってくれるんですか?」
「もちろん!」
私は思わず、涙を流してしまいました。
だけど、これは今までみたいに我慢する必要のない涙です。
ああ!
今日はなんという善き日なのでしょう‼︎
私はいつも誓いのイタズラをしていた人々に贈っていた祝福を口にします。
言葉は一緒でも、違うのは私の感情でした。
心からの感謝と、喜びを込めて。
「貴方の一生に、幸多からんことを!!」
涙で濡れた私の顔を、ラキは困ったような、慌てたような様子で見つめていました。
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