育成厨は推しの女神を育てたい〜信者ゼロの弱小女神を、最強に導くまでの道のり〜

黄舞@9/5新作発売

第1話【選神の儀】

「それではこれから選神の儀を行う! 一度信仰を決めた神への誓いは、撤回することできぬゆえ、十二分に考えるように!」


 街の中心にある教会で、神司かみつかさ様がそう言った。

 集まった同じ歳の少年少女――そういう俺も少年の見た目だけど――が緊張をする素振りを見せる。


 おそらくすでにどの神にするかは、両親や友人たちと十分に話し合い、決めているやつがほとんどだろう。

 それでも、いざ実際に選ぶ際になって、本当に間違いじゃないのかと不安になっているに違いない。


 そんな中、俺はどの神に信仰を捧げるか、まだ決めていなかった。

 なんなら緊張もしていなかった。


 俺は盛大なあくびをして、周りから白い目で見つめられてしまう。

 俺はそんな視線の主に肩をすくめて見せ、再び神司様の話をぼんやりと聞いていた。


 この世界では、つまり今世、俺が生を受けた世界では、成人の際に数いる神から一柱を逆指名することが全ての住人の常識となっている。

 一度誓った信仰は変更することができず、また、その後の人生に大きな影響を与えるため、神選びは非常に重要な人生のターニングポイントだといっていい。


 そうと分かっていても、俺はどうにも熱くなることができずにいたのだ。

 原因は明確だった。


 俺の前世は日本という小さな島国に住む男だった。

 この世界とは大きく文明も文化も異なるそんな世界で、俺は一つのことに熱中していた。


 育成ゲーム。

 提督、プロデューサー、トレーナー等、ゲームによってプレイヤーは様々な名称を持っていたが、俺は様々な職業を遍歴していた。


 推しのキャラの育成が、職場と自宅を行き来するだけの俺の人生の唯一の心のオアシスだった。

 しかし……運悪く突然の事故で死んでしまった俺は、幸か不幸か前世の記憶を持ったまま、前世とは全く異なるこの世界に生を受けた。


 物心つく頃には、俺の頭の中は一つのことで埋め尽くされていた。


『推しを育てたい』


 別に変な感情を抱いたことは一度もない。

 純粋に、試行錯誤の末狙い通りに育った推しキャラが、ゲームの中で優秀な結果を果たすことに何事にも変え難い達成感を感じるのだ。


「さて……そろそろ始まるな……どの神にするかなぁ。育成に適した神っていうのもアレだけど、そもそも育てる対象がなぁ……いねぇんだよなぁ」


 この世界にはスマホもパソコンも、そもそも電子機器というものすらなかった。

 代わりに信仰する神から授かることのできる様々な魔法のような力と、敬虔な信者にのみ起こるとされている、神の御業というものがあるのだけれど。


 特に自身が成り上がりたいという願望もない俺にとっては、あまり重要なことではない。

 俺は俺自身ではなく、誰かを育成したいのだから。


 前世でもそうだが、ゲームではなく現実に育てる対象がいるなんていうのはまずない話だ。

 子供だって、成長の手助けをしてあげることはできるけれど、なんとなく違う気がする。


 前世でも今世でも子供持ったことないけどな……


 そんなことを一人考えていたら、ようやく神を選ぶ、選神の儀の本題が始まった。

 所狭しと並べられた神の姿を象った像の前に立ち、信仰の誓いを立てるのだ。


 王都なんかの集まる人数が多い場所では、実際の神が御姿を現すなんてこともあるらしいが、こんな片田舎の町に時間を割く神なんているはずもない。

 全て神像がその代わりを担ってくれる。


「あれ……?」


 思っていた矢先、神像が並ぶ端の方に、実態を現している一柱の神がいることに気付いた。

 俺は思わず全神経を集中して、その神に見入った。


 明るいピンク色の長めの髪は、後にポニーテイル、さらに顔の両横に真っ直ぐに落ちている。

 あどけなさを残した顔と、愛らしい大きな薄紅色の瞳は庇護欲を刺激する。


 俺は育成するキャラを初期能力ではなく、好みの見た目かどうかで決めるのだが、そういう意味では、目の前の女神はどストレートだ。

 何より気になるのは、その顔がひどく曇っていて、今にも泣き出しそうだということだった。


「きちんと誓いの祈りは捧げたな? よし、次の者!」


 俺の感情の高ぶりなど関係なく、選神の誓いは次々と進んでいく。

 皆、俺でも知っている人気のある神の前の誓いを立てていき、俺の目線の先にいる女神の前に立つ者は一人もいない。


 俺は女神のことが知りたくなり、近くにいた名前も知らない少年に、声をかけた。


「おい。あの女神様。有名なのか?」

「うん? なんだ、お前。知らないのか? そりゃあ有名だよ。悪い意味でだけどね。彼女は女神レイラ。万年信者ゼロの女神さ」


「信者ゼロ⁉︎ そんな女神が存在するのか?」

「実際、目の前にいるだろ? 神様ってのはさ、自分のことを忘れられてしまったら、その存在すら無くなるんだ。だから彼女はああやって、毎年成人の儀には欠かさず姿を現すって話だよ。それでも誰も信仰を誓う奴なんていないけどね」


 言い放った直後、少年は自分の番が来たと、神像の方へ歩いていった。

 彼が選んだのは、もっとも広く信仰されている主神サルタレロだった。


「よし! 次の者!」


 どうやら、俺の他にはまだの奴はいないようだ。

 俺は決心して、神司が待つ神像が並べられた場所へと足を進める。


 俺の行動に、背後から驚きの声が漏れるのが聞こえた。

 さらに一番驚いた顔を見せたのは、他でもない、これから信仰の誓いを立てる、女神レイラだった。

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