第3話 後輩とネカフェでデートしてみた
仕事の日々はあっという間に過ぎて週末。
JR
会社があるのが渋谷だから、そこから一駅。
今日は俺らしくもなく少し服装に力を入れてみた。
普段はTシャツにデニム、スニーカーという適当ファッション。
しかし、今日はもうちょっと気合をいれてみた。
足を細く見せられる黒のスラックスに、おしゃれなスニーカー。
白のインナーに紺のジャケット。
一応落ち着いた感じを意識してみた、はずだ。
【暑いから、高島屋の中で待ってる】
そう送って建物の中に避難。
炎天下に外で無理しても何もならないのだ。
しばらくスマホを見てぼーっと過ごしていたら、
「立樹先輩。おはようございます」
挨拶の声に振り返ると、いつもとイメージが違う彼女がそこに居た。
白地に黒い花柄のVネックワンピース。
靴もサンダルで普段と違う装いというのは一目でわかる。
「俺が言うのもなんだが、似合ってるな。うん。綺麗だぞ」
きっと、本気で考えたんだろうなと思うと微笑ましい。
それに、香水を付けてきたんだろう。
前までのデートと少し香りも違うから、変えてみたんだろう。
「え、ええと。立樹先輩のも似合ってます。普段、服はテキトーなのに」
なんか
「職場は作業効率重視だろ」
「それはそうかもしれませんけど、これまでのデートも適当でしたよ?」
「それはそれ、これはこれ」
どうでもいい会話を交わしていると手に温かい感触。
そういうことかと手を握り返す。
「考えてみると、手繋ぐの初めてじゃないか?」
「言わないでくださいよ。こっちも少し緊張してるのに」
こないだあんなこと言ってた癖に。
「つまり俺の事を意識していると?」
「それはまあ。少しは」
頬を染めてそんな言葉を返してくれるのは嬉しいもんだ。
「なら、OKだ」
手を繋ぎながら、暑い中をネカフェに向かって歩く。
「時に由紀子さんや。その服、選ぶのにかなり迷っただろ」
「なんでわかるんですか?」
「どー考えても、お前が着慣れてないからな。当たってるか?」
「悔しいですけど、当たってます」
「勝ったな」
「何の勝ちですか」
俺とのデートのために、あれこれ悩んでくれたんだろうな。
「ふおおお。最近のネカフェって凄いもんだなあ」
たどり着いた新宿のネカフェは想像していたものと全然違った。
明るく清潔なカウンターに、綺麗なお姉さん。
一昔前のネカフェとは雲泥の差だ。
「私も以前はネカフェってもっと怖いイメージだったんですけど」
「店側も新しい顧客を取り込もうとしてるんだろうなあ。女性客とか」
つい分析してしまう。
「予約して来た
カウンターの店員さんがあれこれ説明してくれる。
会員証を発行する事から始まって、注文システムに
個室のパソコンの使い方まで。
「お時間は何時間になされますか?」
そういえば考えてなかったな。
「ゆっくり話したいですし、三時間で」
俺が言うまでに由紀子が希望を出した。
まあ、ゆっくり話したかったしちょうどいいか。
「じゃあ三時間でお願いします」
会員証を作り終わって、個室に案内される。
「すっげえゆったりしてるな」
下手したらビジネスホテルの個室より広いのでは。
二人がソファーに座ってもまだ余裕がある。
「はい。ここならリラックス出来そうです」
由紀子も落ち着いたらしい。
「それで、どうする……よ?」
と言う前に距離を詰めて来やがった。
「とりあえず、こうすれば、何か、変わるかな、と」
思いっきり照れてるのが丸わかりで、しなだれかかってくる。
「そりゃ嫌でも意識してしまうけど」
香水のいい香りまでしてくるし、首元をつい見てしまうしで。
いい雰囲気の前に変な気分になりそうだ。
「わ、私も実は。これまで、接触してなかったからでしょうか」
ちらちらとこちらを見ながら、恥ずかしそうな声。
いきなりノックアウトしに来てるぞ。
「とりあえず、だ。なんかDVDでも見ないか?」
ビミョーに気まずい雰囲気を払拭するために、提案する。
「そ、そうですね。何見ます?」
しかし何も思い浮かばないのが困ったものだ。
趣味はかなり被るんだけど。
俺たちはあんまり映画の類を見ないのだ。
「めんどうくさいし、ランダムに出てきたの見よう」
「……私も見たい物ないですし、いいですよ」
一瞬、微妙な表情をされたけど気にしない。
「「ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」?なんだ、これ?」
適当に選んで出てきたのは、そんなタイトル。
「ドラクエ5を元に映画化した作品らしいです」
「俺たちにとってドラクエ5とか歴史の話だな」
ファン向けの映画化なんだろうけど。
「とにかく見るか」
俺達はオリジナルのストーリーを知らない。
だから、割とぼけーっと眺めていたのだけど。
「これ、ネットで有名なネタですね!」
「ビアンカを選ぶかフローラを選ぶか論争とか聞いたことがある」
そのネタを見た時には心底どうでも良かった記憶がある。
映画上でそれを再現するとはなんともはや。
「ちなみに、先輩ならどっちを選びます?」
「しょーじき、どっちでもいい。世の中的には、幼い頃を一緒に過ごしたビアンカを支持する人がーとか色々記事で見たけど。わずか数日の出来事だよな」
その辺がイマイチ論争に興味を持てない理由かもしれない。
「私も、どうでもいい派ですね。数日だけ過ごした異性とか、他人じゃないですか」
二人して厳しい論評をする始末だ。
「逆に、その数日の想い出をずっと持ってるとか、ヤンデレぽい気が」
「そこまで言うと野暮ですよ」
そして、さらに物語は進む。
原作を知らないからか、あるいはこの映画が悪いのか。
全体的に作りがチープで、イマイチ感情移入出来ない。
「これがラスボスかー。なんか、盛り上がりに欠けるなあ」
「小物感が強いですね」
ミルドラースとやらが、この映画、あるいはゲームでの敵役らしいのだけど。
まあ、これでラスボスが倒されて、めでたし、めでたし、だろうと思っていた。
すると、突然、何故か映画の中で時が止まる。
「は?」
「え?」
二人して、開いた口が塞がらなかった。
「嫌な予感は少ししてたが、ひょっとして……」
「映画の世界は作り物だった、ていうオチですか」
もっとも来てほしくない最悪のオチが来て、憂鬱になる。
娯楽作品で、このメタオチをやりたがる人がいるのだけど、どうかと思う。
その後も、色々虚無になりそうな展開の連続で、結局、ラストも虚無だった。
「前にTwitterでこの映画の感想が荒れてた記憶があるけど、理由わかった」
「ファンだったら、本当に激怒しそうな作品ですよね」
お互いに酷評して、映画を見終えたのだった。
「それにしても、あれはないわー」
ドリンクを飲みながら、映画を思い返す。
「あれが無ければ、ダイジェストとしては見られたんですけど」
「全部シミュレータの中の出来事でした、とかまじないわ」
お互い、時間を無駄にしたという感覚があるせいで、酷評しまくりである。
「しかも、ゲームの想い出は消えないんだ!とか」
「白けるだけですよねー」
本当のファンだったら、もっと激怒してたんじゃないだろうか。
「アレな映画の感想を引きずっても仕方ないか」
「ですね。次は何にしますか?」
んー。続けて、映画の類もなんかなー。
「せっかくだし、昔話でもしないか?」
「中高の頃の?」
「それもだけど、もっと昔の」
そう言いながら、小学校の頃を思い出す。
「先輩は何ていうか、いけ好かない子どもでしたね」
「いきなりディスらないで欲しいんだけど!?」
「冗談です、冗談。色々な意味で、昔から頭が良かったです」
どこか届かないものを見るような視線。
「別にガキが頭いいと言っても知れてるだろ」
その頃のことを今更誇るつもりなど起きない。
「でも。小学生なのに、連立二次方程式とか普通に解いてたじゃないですか」
「あれは教科書よりちょっと先を行っただけだって。ただ、それだけのこと」
たまたま、俺が教科書だけで満足しなかっただけのことなのだ。
「それは良いとしても、結局、楽々修士まで取っちゃったじゃないですか」
「いやいや、お前も修士取っただろ。何言ってるのか」
「でも、私は論文一本ですけど、先輩は三本通したじゃないですか」
「数の問題じゃないだろ。お前の国際学会論文、いい出来だったぞ」
そもそも、査読付き論文が少し多いから偉いということにはならない。
「そ、それはありがたいですけど。でも、とにかく先輩の方が凄いんです!」
こいつはとにかく俺の方が凄いと思いたいらしい。
ほんと、なんでなんだろうか。
「いやいや。本気で言うけど、こないだの件見ても、下手したら俺より出来るって」
あの時は言わなかったけど、同じように正規表現で書き換えろと言われたら。
おそらく、倍くらいの時間はかかっただろう。
「本当に?レビューの手を抜いてません?」
そう褒めるのだが、信じていないらしい。
「しないって。レビューの手を抜いたら、プロダクトの品質に影響するし」
個人をえこひいきなんて出来るわけがない。
「そこはそうですね。先輩は、仕事についてはストイックですし」
「仕事「は」って何だよ。それ以外は遊び人みたいなことをいうな」
「こうして、会社の後輩とデートしているのに?」
「おま。自分から誘っておきながら……」
まあ、でも。こいつなりのからかいってやつか。
「冗談ですよ。仕事以外でも、ずっと助けられて来ました」
「それは、受験の時の話も含んでいるのか?」
「当然ですよ。先輩として、色々受験対策教えてくれたじゃないですか」
「可愛い後輩が同じ大学受けてくれるんだから、応援するだろ」
本音は彼女が同じ大学に来てくれたら、嬉しい。
だた、それだけだったのだけど、今は言うまい。
「今だから言いますけどね」
「うん?」
「私、
「羨ましいって。どうして?」
確かに、昔からそんな感情はあった気がするけど。
「だって。私は昔から器用貧乏だったのに、先輩は何でも出来てしまいますし」
「器用貧乏ってな。んなことないだろ。今だって」
「それは……先輩が大切な事を教えてくれたからですよ」
ん?
「なんか、凄いいい言葉とか言ったことあるか?」
「プログラマの三大美徳って奴ですよ」
ああ、そういえば。
「「怠惰」「短気」「傲慢」って奴な。受け売りだけど」
プログラミング言語Perlの作者が語った有名な言葉だ。
「それまで、もっと努力しなきゃと思いこんでたから、目から鱗でしたよ」
「そっか。そんなに影響されてたとは。まあ、結局はお前の力だって」
少し、懐かしくなって、サラサラの髪を優しく撫でる。
「あの。これって、どういう意図でやってます、か?」
しまった。つい、なんとなくしてしまったけど。
そりゃ疑問に思うよな。
「答える前に聞きたいんだけど。由紀子はこうされてどんな気持ちだ?」
黙ってされているんだから、きっと嫌な気持ちじゃないと思いたい。
「それは……えーと、嬉しい、です」
顔を真っ赤にして言う返事はなんとも可愛らしいことで。
こと、ここに至れば、俺の方も覚悟を決めるべきか。
「由紀子。実は、俺はお前の事がずっと好きだったんだ」
とうとう言ってしまった。
「え、え?好き?立樹先輩が、私を?嘘ですよね?」
目を白黒させている。どうにも信じられないらしい。
「本当だって。嘘つく必要ないだろ」
「だって。高校の頃も大学の頃も、あんまり気が無さそうだったじゃないですか!」
「いやそれは。お前があんまり嬉しそうじゃなかったからであって……」
「だって。先輩もいつも通りだったから、一人で意識してると変だと思って……」
つまり、あれか。
「お互いに、自分だけ意識したら気まずいと。そう思ってたのか?」
そうだとしたら、一体なんてことだ。
「なんか、凄いビミョーな事実が明らかになってしまいましたね……」
思いが通じたというのに、しょーもないすれ違いが続いていたとは。
「ま、いいか。ともあれ、付き合おうか。両想いだったわけだし」
「そうですね。気分が盛り上がらないのがとても残念ですが」
なんとも雰囲気の無い告白もあったもんだ。
「よし。次回のデートからはちゃんと気分盛り上げて行くぞ!」
「そ、そうですね!今度こそ、ちゃんとムードのあるデートにしましょう!」
そう。俺たちはまだまだこれからだ。
今日じゃなくたって機会はいっぱいあるはず。
「ところで。恋人になったら、やってみたいことがあったんですけど」
「ん?」
「「たっちゃん」ってあだ名で呼びたいなと」
う。なんともぐっと来る提案を。
同い歳の昔馴染みでなく、二歳下のこいつに言われるのもいい。
「いい、けど。少し、くすぐったいな」
「そういうところで照れるんですね」
「ほっとけ」
そして、彼女はというと。
「これからよろしくお願いします、たっちゃん」
そうにっこりと微笑みかけて来たのだった。
清楚系後輩な新入社員が、「デート行きませんか?」と誘って来たのだけど 久野真一 @kuno1234
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