第10話 サキの決意、紘希の選択

 今日は学校でサキに襲われなかった。

 いよいよ本当に殺意がなくなってしまったのだろうか。

 そんな都合のいい話があるとは思えないが、なんにせよ落ち着いた学校生活とはいいものだ。

 

 日常のありがたさを噛みしめながら歩いていると、いつの間にか自宅についていた。

 

 「ただいまー」


 学校にいなければ家にいるであろうサキに向けて帰宅の挨拶をしたが、返事はない。


 「なんだ、出かけてるのか?」


 あの律儀な死神は「んー」とか「おー」とかおおよそ返事の体をなさない返事でも一応こちらに反応はするのだが、何もないということは出かけているのだろう。


 そのことは気にせず、手洗いうがいをした後に自室へと向かった。


 しばらく宿題をこなしたり漫画を読んだりして過ごしていた俺は、ふと窓ガラスに目をやると、言葉を失った。


 そこにはローブを着て斧を実体化させて完全武装をしたサキが浮いていた。

 しかし俺が驚いているのはそこではない。

 サキの前には拘束された春乃が一緒に浮かんでいた。


 「春乃!?おいサキ、これはどういうことだ」


 窓を開けて問いただすと、サキはこちらに春乃を投げてよこした。


 「おわっ!」

 「――っ!」


 春乃はどうやらサキによって発声を封じられているようだ。


 サキが壁をすり抜けて部屋に侵入してくる。

 そして地面から30センチほど浮いたまま俺の前で止まった。

 サキの顔は初めて会った時と一緒の何の感情もない凍り付くような表情を浮かべていた。


 「サキ、どういうことだ、説明しろ」

 

 俺は再度サキに質問をぶつける。

 サキは表情を変えずに質問に答えた。


 「さっき和室で守護の印の弱点に関する情報を発見したの。それによるとアンタが大きな精神的負荷を受けると弱体化するそうよ。だからアンタの目の前で春乃を殺してアンタに絶望を与えれば守護の印も突破できるかなって考えたのよ」


 「春乃を……殺す?」


 一瞬言葉の意味を見失ったが、確かにサキは春乃を殺すと言った。

 春乃は恐怖に満ちた顔でサキの方を見ている。


 「なんで……なんで春乃を殺す必要がある!もっとほかの方法もあるだろ!」


 「確かに他の方法もある。例えば守護の印が弱まるまで学校の生徒を殺す、とか。でもそれだと多くの無関係な人間が犠牲になる。だったらアンタと一番親しい春乃を目の前で殺す方が犠牲が少なくて済むでしょ?それに、どうせならアンタも良く知らない人間よりも春乃と一緒に魂を回収された方がいいと思ってね」


 「なんでだよ……お前は春乃とあんなに仲良さそうにしてたじゃないか!」


 そう抗議するとサキは少しだけ表情を曇らせて言った。

 「……確かに春乃と一緒に過ごした時間は楽しかったわ。でも私は死神、人間の魂を刈ることが使命。いちいち人間に深入りなんてしてられないわ」


 うつむき人間に情は湧かないと言い放ったサキに俺は言った。


 「じゃあ、どうしてそんなにつらそうな顔をしているんだ」


 「……!つらくなんてないわよ!私が今まで何個魂を刈ってきたと思ってるの!」


 「だったら殺して見せろよ!今、俺の目の前で!」


 俺の言葉に反応してサキは鎌を振り上げる。

 春乃は観念したように目をつぶっている。

 しかしその鎌が春乃に振り下ろされることはなかった。


 「どうした、殺して見せろよ」


 「……っぅあぁああああああ!!!」


 サキが掲げた鎌は絶叫とともに俺に振り下ろされた。


 ガキィイイン!!


 守護の印が発動する。

 サキの鎌は弾かれるが、何度も振り下ろされる。


 「私は死神!人間なんて簡単に殺せるの!なのになんで!なんで私はアンタも春乃も殺せないの!」


 何度弾かれてもサキの鎌は俺をめがけて振り下ろされる。

 疲れて振り下ろすスピードが弱まったサキの腕をつかみ、俺は言った。


 「俺を殺せ」


 攻撃を止めたサキは一層怒りの色を強めて言った。

 「殺せたらとっくに殺してるのよ!馬鹿にしてるの!?」


 もっともな主張をするサキを制して、俺は懐から一枚の紙を取り出して――思いっきり破った。


 「何よその紙」

 「これは守護の印を維持していたお札だ。先日お前が春乃と出かけた日にある場所まで取りに行っていたんだ」


 先日サキと春乃は買い物に出かけていた。

 そのすきを窺って俺は祖母の手紙に記載されていた住所の寺を訪ねた。

 そこには祖母の弟子がいて、このお札のことを教えてくれたのだ。

 この札を持ち出すことは危険だからやめろと止められたが、俺は構わず持ち出した。

 

 守護の印を解いた俺を見てサキは身を震わせていた。


 「なんで……なんで自分で守護の印を解くのよ。私に情けでもかけたつもりなの?」


 憤るサキに向って俺は答えた。

 「違う。この状況を生んだのは全て俺の責任だ。だからその責任をとる。だから春乃を殺すのはやめてくれ」

 

 自己満足なのはわかっている。

 たぶん誰も、サキでさえもこの選択は望んでいなかっただろう。

 でも選択せずにはいられなかった。


 「やめて、紘希!あなたは死神が本当に存在するなんて知らなかっただけでしょ!だからこれは事故よ!」


 どうやら春乃にはサキが事情を話していたらしい。

 必死に俺の自殺を止めようとしてくれている。

 こんな優しい幼馴染をもって俺は幸せだ。

 でも、もう引き返せない。


 「春乃、ありがとう。でもいいんだ。これは俺が望んだことなんだ」

 そう、この選択は俺の本心でもある。


 「なんで、どうしてなの紘希!」

 春乃が俺を問い詰める。

 俺はサキの方に目をやりながら答えた。

 

 「実はこいつを召喚したときな、本当はこのまま死んでも良かったと思ってたんだ。ばあちゃんが死んで、両親はすぐ海外に行って、友達もいなくて、孤独のまま生きることに疲れ切っていたんだ。だからあの広告を見た時にどうせ死ぬなら死神に殺してもらった方が面白いと思って電話をかけた。でも実際に死が目前に迫ると怖くなった。だからつい死ぬつもりはないと言ってしまった。でもそんな身勝手な理由がこいつををここに縛り付ける原因となってしまった。だからこいつがが俺を本気で殺そうとしたときは自分からこの命を差し出そうと決めていたんだ」


 俺が説明すると二人は口を閉ざした。

 少々間をおいて言葉を発したのはサキだった。

 「本当に刈るわよ。いいのね?」

 「ああ、もう終わらせてくれ」

 「まって!ねえ、紘希、もう一度考え直して!」


 止める春乃に対して俺は自分の思いをぶつける。

 「じゃあ春乃が俺の孤独を一生埋めてくれるのか?……ためらうだろう?いいんだ。それが普通なんだ。いくら幼馴染とはいえ他人の不幸を背負いながら人生を歩む義理なんてない。人間はみんな自分の人生を生きることで精いっぱいなんだから。だから春乃が気に病むことは何もないよ。今までありがとう」

 

 別れの言葉を告げた俺を春乃は無言で泣きながら見つめる。

 鎌を構えたサキは俺の目を見てもう一度問う。


 「本当にいいのね?」

 「ああ、頼む」

 

 サキが鎌を振りかぶる。

 今度こそ本当に死ぬだろう。

 俺は覚悟を決めて目を閉じた。


 「紘希、アンタと暮らした一か月、楽しかったわよ」

 「俺も楽しかったよ、サキ」


 この会話を最後に俺の意識は途絶えた。

 


 


 

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俺を殺したい死神少女と同居生活をすることになってしまった 島野トリプル @shimano-triple

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