第9話 サキの殺意

 サキが来てから1か月が経った。

 

 サキが我が家に居候するようになってからいくつか生活に変化が起きた。

 

 一つ目は俺が朝食を食べるようになったことだ。

 以前サキに自炊をさせたらキッチンが大変なことになったので俺が3食作ることになった。

 朝食を食べて元気になるかと思いきや、その分早く起きる必要が出てきたので寝不足気味だ。


 二つ目は学校生活に気を抜けなくなったことだ。

 サキは透明化を使えるため、他の人の目につくことなく俺の学校生活を監視している。

 人が多いなどでは他の人間に危害が及ぶことを恐れてか、直接攻撃されることはないだだが、うっかり一人になろうものならどこからともなく鎌が襲ってくる。

 当たらないとわかっていても心臓に悪い。


 三つ目の変化、これはいいことなのだが、サキが料理以外の家事をしてくれることになった。

 この死神意外と律儀なようで、食事を俺が作る代わりに他の家事をやれと言ったら素直に受け入れた。

 意外ではあったが、ずいぶんと楽になった。


 サキが来てから楽になった面もあるが、全体的にはマイナス面が大きい。

 いい加減疲れてきた。

 そこで俺はサキに不満をぶつけた。


 「いいかげん学校で攻撃してくんのやめてくんねーかな。気が休まらないんだけど。もし俺が精神疾患で死んだら荒玉になるんじゃないのか?」


 「精神に負荷がかかれば守護の印が弱まるかもしれないでしょ?それに、そう簡単に人間は死なないわ。だから問題なし」


 サキは聞く耳を持たない。

 気を取り直して以前から気になっていたことを聞いてみた。


 「なあ、お前そんなに死神界に帰りたいのか?死神って人間より何倍も長生きだし、テレビ電話みたいなのもできるなら友達とも連絡取れるんだから急がなくてもいいんじゃないか?」


 こんな疑問を口にしたのには理由がある。

 最近サキと暮らすようになって気づいたのだが、こいつからは強い殺意を感じない。

 最初の方こそ毎晩枕もとに立って夜な夜な鎌を振り下ろしていたが、最近はそれもない。

俺を殺すことへの気概が感じられない。


 だからもしかしたら俺の寿命が尽きるまで待ってくれるんじゃないかという期待があってこの質問をしたのだ。


 サキは少し考え込んでから答えた。


 「.........どうせ最近私の攻撃が甘くなったからもしかしたら殺さないでくれるかも、とか思ってるんでしょ。確かに最近はあなたを攻めあぐねていることは認めるわ。でもだからって殺しを諦めたわけじゃない。私にも死神としてのプライドがあるの」


 殺意は健在のようだが、サキはまだ守護の印の突破口をつかめていないようだ。


 「そうか、残念だ」


その後は黙々と朝飯を食べ、俺は学校へ向かった。



〜サキ視点〜



ターゲットに酷く屈辱的なことを言われた。

死神界に帰りたくない?

帰りたいに決まってるでしょ。

いくら長寿な死神だってせいぜい人間の5倍程度だ。

仮に寿命を500年として、あいつが何事もなく寿命を迎えるまで生きれば私の一生のうちの5分の1を人間界で過ごすことになる。


人間は死神を恐れるが、私は人間が好きだ。

だから人間界に長期滞在することは苦ではないし、いつかは死神の役目とは関係なく訪れるつもりだった。


しかし今は死神としての役目を持ってこの世界に滞在している。

役目がある以上、ターゲットを殺せないことはプライドが許さない。

だから、あいつは絶対にこの手で殺す。


でも最近はあまり紘希を攻撃していない。

理由はあいつの守護の印が強すぎてどうしようもないからだ。

正直お手上げだ。


だけど諦める訳にはいかない。

今日は学校に行かず、もう一度この家を調べてみよう。

そう決意すると、一通りの家事を終わらせたあと、家の中の探索を始めた。


探索するとはいっても、ただ闇雲に探しては見つかるものも見つからない。

実は前々から探す場所は目星をつけていたのだ。

それは勿論、あの和室だ。

特殊な霊力が溢れている、この家で明らかに異質な空間。

以前は何も見つけられなかったけど、絶対に何かあるはず。


私は和室に赴くと、もう一度くまなく探した。

しかし見つからない。

ここで和室に漂う霊力に集中してみる。

すると、霊力は万年筆やくしなどの日用品から流れ出ていることがわかった。


日用品、つまり日常的に使用する物から霊力が発生しているということは、もとの持ち主の霊力が移ったと考えられる。


つまりこの霊力の出処を探せば守護の印を施した人間の有用な遺留品にたどり着けるかもしれない。

それが守護の印を突破する手がかりとなる可能性は高い。

私は霊力の出処に片っ端から手をつけた。


しばらく探した後、ひとつおかしな所から発生している霊力の元を見つけた。

それは畳の下から発生しているようだ。


 私はその畳をはがしてみた。

 するとそこには一つの封筒が挟まっていた。

 

 中身を取り出すと、そこには守護の印の弱点についてと書いてある紙が入っていた。


「これは……!!!」


 思わず声を出してしまった。

 ずっと探し求めていたものなのだから仕方がない。

 そこにはこのように書いてあった。


 守護の印の弱点については敵に知られてはいけないので別にしておきました。

 守護の印の弱点、それは宿主に精神的負荷がかかると効力が弱まるということです。

 だからどうか心を強く持って生活してください。


 守護の印突破のカギは紘希に精神的な負荷を与えるようだ。

 しかし私の度重なる学校内での不意打ちでそれなりに精神的な疲労は感じているはずなのだが……まだ足りないということだろうか。

 そうなるとどうやってこれ以上の負荷をかけようか――


 そう考えてある妙案が浮かんだ。

 しかしそれは実行に移すことをためらわれる。

 だがその方法をとれば確実に紘希に大きな精神的負荷を与えられる。


 私が思いついた方法、それは……紘希の目の前で春乃を殺すことだ。

 関係ない人間は巻き込まないことが私の信条であり、事実巻き込みたくはない。

 ましてや春乃は私が唯一仲良くなれた人間。

 そんな春乃を殺す?


 ――私ならできる。


 確かに春乃とは仲良くなったし、一緒に買い物して楽しかった。

 しかし私は死神、春乃は人間、決して相いれることのできない存在だ。

 私は今までに何人もの魂をこの手で奪ってきた。

 少し買い物をして多少会話をしたところでそいつらと何ら変わりのないただの人間だ。

 たった一人、たった一人であの守護の印を突破できるのであれば安いものではないか。

 信条を曲げることは本意ではないが傷つくが、そんなことを言って突破できるほどあの守護の印はやわじゃない。

 

 「……ごめんね春乃」


 そうつぶやいて私は決戦への準備を始めた。


 




 

 



 

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