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 彼は食べるのが遅い。

 まじで遅い。

 最初の頃はそういう人なんだと思って彼が小一時間かけてごはんを食べるのを見てたけど、実際は違った。

 わたしがいないときの彼のごはんは、爆速。10分程度。

 彼のごはんの遅さは、わたしを眺めているからという、まじでどうでもいい理由だった。

 わたしの家系はごはんたくさん食べるマンの集まりなので、彼に出会うまでは常日頃家族全員でおなかいっぱいおくちいっぱいに食べてきた。今日の野菜炒めも、作ったのは彼だけど、使われたおいしい野菜は我がごはんたくさん食べるマンこと父母祖父母が大量に発送してきたやつ。まだまだ野菜はある。

 そして目の前の彼。めっちゃゆっくり食べてる。そしてこちらを眺めてうっとりしている。ごはんを見ろごはんを。

 でも、最近わたしも反撃の方法を覚えた。彼のごはんを、奪う。ゆっくり食べてるとなくなっちゃうぞという、攻撃の意思を示す。

 そしてこれには、思わぬ福反応も。ある。

 おりゃあ。

 一瞬の隙をついて、たけのこを奪う。

 おいしい。たけのこおいしい。さすがわたしの父母祖父母。

 そう。そうこれ。これがいい。奪われた彼が、ちょっとだけしょんぼりする。そのしおれた顔が、めちゃくちゃ好き。いつもやさしくてにこにこしている彼が見せる、かなしみとせつなさの入り雑じったあんにゅいな表情。大好き。

 というわけで、わたしを眺めてうっとりしている暇があればごはんを食べなさい。ほら。ごはん食べたあとにでもわたしの顔は見れるから。ほらほら。

 次はキャベツを狙うぞ。

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ごはんを奪える距離 春嵐 @aiot3110

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