第20話 喧騒

 ネジルとの会話を終えた俺たちは魔法協会支部の入り口に戻ってきていた。


 思いの外長居してしまったものの、とても良い機会を得られたことには感謝しかない。


「じゃあ今日はこのくらいにしておくか」


 レイモンドの言葉に受付の方が深く頭を下げる。


「はい、ノーム様もお疲れ様でした」

「こちらこそありがとうございます」


 軽く会釈し謝意を告げた。


 未だ慣れないのか苦笑する受付の方を後目に俺たちは支部を出た。


「どうだった?」

「満足です」


 支部を出るなりそう問いかけてきたレイモンドに言葉を返す。


 嘘偽りのない言葉だ。


「それなら良かった」


 レイモンドも満足げに頷く。


「あれ、そういえば師匠の用事って……?」


 出発直後のことを思い出し尋ねる。


 確か工房の方に挨拶をすると言っていたような気がするが、時間的に大丈夫だろうか。


「あ、忘れてた」

「……いいんですか?」


 概ね予想通りの反応だった俺は、すぐに言葉を返す。


「まあ気にすることはねえよ、そもそも約束なんてしてないんだからな」

「……ということは、また驚かすつもりだったと?」

「言い方があれだな、これはそう、抜き打ちチェックってやつだ」


 それこそ物は言いようだ。


 この人のことは大分理解できたからこそ、呆れ返ってしまう。


 大きなため息を吐いた。


「おいおい、仮にも師匠に向ける態度じゃねえぞ」

「それなら師匠らしく頼もしいところを見せてくださいよ」


 負けじと反論した。


「ぐぬぬ、お前も言うようになったな」


 わざとらしく悔しがるレイモンド。


 本心では別に気にしていないのが丸わかりだ。


「それで、結局どうするんですか?」


 このままだと話が進まないと感じ、話を戻す。


「うーん、もう日暮れ時だしなぁ。一度飯を食ってから考えるか」

「了解」


 正直お腹は空いていたところだ。


 素直に従おう。


 そうして連れ出された場所はあろうことか――


「何で酒場に来てるんですか!」


 ――酒場だった。


 未成年の子ども、しかも公爵家令息を連れてくるような場所じゃない。


「この町の飯屋っつたらここしか知らなくてなぁ」

「いや、知らなくても探せばいくらでもありますよ!」


 あまりにも適当な回答をするレイモンド。


 こればかりは指摘せざるを得ない。


「そんなにここが嫌なのか?」

「いや……そういうことではなく」


 言い難いことを。


 ここで肯定したら俺が悪者みたいじゃないか。


「ならここでいいな?」

「……分かりました」


 結局、言い包められてしまった。


 しかしやり口としては卑怯だと言いたい。


「安心しろ、流石にここで騒ぎなんて起こさねえから」

「当たり前ですよ」


 ひとまず奥の席に座り、レイモンドの注文を見届ける。


 幸い、酒類は頼んでいなかった。


 当たり前ではあるが。


「ここの焼豚が美味しいんだ、期待していいぞ」


 そういうレイモンドは楽しげだ。


 料理に対する期待半分、この状況に楽しんでいるに半分と言ったところだろうか。


 全く性格の悪い。


 俺はバレないかとヒヤヒヤしているというのに。


「お待たせしました」


 店員さんの元気のよい掛け声と共に、料理が並べられていく。


 家で食べる上品な料理とはまた違う魅力。


 悔しいが美味しそうだった。


「ほらほら、遠慮すんな」


 見ればレイモンドは既に食べ物を口に運んでいた。


 このままでは全て食べてしまいそうな勢いだ。


 渋々と俺も料理へ手を伸ばす。


 ゆっくりとそれらを口に運ぶと、ジューシーな肉汁が口の中で溢れかえった。


「……美味しい」


 レイモンドに聞かれるのも癪なので小さく呟く。


 とはいえ俺にとってそれは新鮮な味というよりは、慣れ親しんだ味に近い。


 何しろロイとして世界を旅していた時は、こうした料理に良く触れていたからだ。


 今では遠い記憶。


 懐かしささえ感じる。


「どうだ?」

「……美味しいです」


 結局、感想を尋ねられ素直に答えた。


「そうだろそうだろ」


 満足気なレイモンドを尻目に食を進める。


 そんな折、とある会話が耳に届いた。


「おいお前飲み過ぎだって」

「いいじゃねえか、今日くらい」


 仕切りなどない酒場で周囲の声は当然のごとく聞こえてくる。


 俺も十分に理解しており、気にしてはいなかった。


「今日くらいって、お前いつもそう言ってるじゃねえか」

「あー、そうだったか? まあいいじゃねえか、そうでもしなきゃやってられねーの」

「お前の愚痴を聞かされる俺の身にもなってくれ」

「おいおい、お前も楽しんで聞いてるじゃねえか。俺のノーム悪口」


 ただそれが自分に向けられたものだとすると話は別だ。


「今はあの事件もあったんだから止めておけって」

「いーや、止めない。きっとあれは今までの罰が当たったんだからな」


 聞いていて決して心地の良い会話ではない。


 だがそう捉える人もいるのだろう。


 それだけの好き勝手を俺はしてきたのだから。


「止めとけって」

「実際にあいつを見たことがあったがあれは酷いもんだったぞ。まさに落ちた英雄と言われるだけはある」


 まさに言われたい放題だ。


 悪ガキと言えど、仮にも俺はここの領主の息子。


 毎回この調子らしいが、これ以上の暴言は彼のためにも止めておいた方が良い。


 現に周囲にも嫌な空気が漂っていた。


「それにあいつの傍付きの使用人も負傷したらしいじゃねえか、それってつまりあいつが使用人を盾にしたってことだろ?」

「……っ!」


 不意にリビアのことを出され、力が籠る。


 まさかここでその話が出されるとは思いもしなかった。


 違うと叫びたい気持ち。


 そして否定できない気持ち。


 両方の感情が入り混じる。


「……飯が不味くなる」


 そんな時、レイモンドがボソリと口にしたかと思うと彼らの元に歩み寄った。


「なんだーお前?」

「何だか楽しそうな話をしてると思ってな」


 一体何がしたいんだ。


 俺は注意深く様子を見守る。


 流石に騒ぎを起こす真似はしないはずだ。


「おー、アンタもあのノームに文句がある口か」

「まあ多少はな」

「そうかそうか、どうだ一緒に飲まねえか」


 すっかり気を良くした酔っ払い。


 未だレイモンドの真意が読めなかった。


「ああすまない、息子を連れてきていてな」


 そう言って俺の方をチラリと見る。


「それに人様の文句を言う趣味もないしな」

「……何だと?」


 明らかな挑発だった。


「いや、別にあんたのことを悪く言ったわけじゃない。考え方は人それぞれだからな」

「いい度胸じゃねえか!」


 相手方は酔いも相まって激昂していた。


「ちょ、ちょっと止めてください!」


 見かねたもう一人の男性が止めに入る。


「うるせえ、喧嘩を吹っ掛けたのは向こうだろうが!」

「うるせえのはお前の方だろ、ありもしない話をぺちゃくちゃ話しやがって!」


 とうとうレイモンドまでヒートアップしてしまっている。


 あれ、これもしかしなくても不味い?


「ちょっと、師匠!」


 俺は直ぐにレイモンドの肩を叩く。


 その表情は鬼のよう。


 顔だけで分かる。


 この人、完全にキレてる。


 ああ、そういえばそうだった。


 この人、今までの陽気な態度から勘違いしていたが、元々こんな人だったっけ。


「うるせえ、お前も言われっぱなしで悔しくないのか!」


 俺にまで怒りが向く始末。


「そ、そんなの、悔しいに決まってるじゃないですか!」


 思わず俺も言い返してしまった。


 しかしそれが不味かった。


「え、あの子ってもしかして……」「少し雰囲気が違う気がするけど、絶対そうだ!」


 周りから飛ぶ声。


 それは間違いなく俺に向いていた。


 しくじった。


 俺が騒ぎを起こしてどうする。


「……え、まさか本物」


 その流れで目の前の酔っ払いも目を丸くして俺を見る。


「えー、はい、ノーム・レスティです」


 否定しようにもできない雰囲気。


 諦めて俺は白状した。


 サーっと真っ赤な顔から血の気が引いていく男。


「と、ということはそこの人は……」


 そう言ってレイモンドを見る。


 何か勘違いしてそうだ。


「あ、この人は」


 俺が答えを言う間もなく、レイモンドが口を開いた。


「俺はレイモンド・リック・アークトゥルス。何か文句でもあんのか?」


 言ってしまった。


 頭を抱える。


「え、レイモンド……アークトゥルス」


 男の顔はもはや真っ青だった。


「ご、ごめんなさ――」


 事態を把握したのか、二人を止めようとしてくれた男性が謝罪を告げようとする。


 しかしその時、全ての事情を把握した周りの人たちが一斉に騒ぎ立てたことにより、最後までその言葉が続くことはなかった。


「アークトゥルス卿!? 初めて見た!」「ノーム様がどうしてこんなところに!?」「何で二人が一緒にいるんだ!?」


 まさに混沌。


 もはや誰にもこの騒ぎを止めることはできない。


「……悪い、出るぞ」


 バツの悪そうな顔をしたレイモンドは俺を連れ、店を飛び出した。

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勇者パーティだった俺が悪役転生!? ~相討ちした仇に転生しました~ 根古 @Nemiya

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