第19話 魔力の色

「おお、お前があのネジルか」


 レイモンドが興味深そうに呟く。


「おお、かのアークトゥルス卿に認知されていたとは、恐悦至極の思いです」


 深々と頭を下げるネジル。


 何だかイメージしていた人とは大分違った。


 二等級魔法師で英雄級冒険者ということから、かなり豪胆な人物像を想像していたのだが。


 言うなればそう、レイモンドのような。


 しかし目の前にいる青年は、体つきは大きくとも、どちらかと言えば落ち着いた雰囲気が感じ取れる。

 まさに開発工房の魔法師というイメージそのものだった。


「どうだネジル、うちに入る気はないか?」


 まさかの勧誘に度肝を抜いた。


 いくら一等級魔法師だからと言って、他人の工房の前で堂々と勧誘などするだろうか。


 しかも相手は工房の副マスター。


 この人、遠慮と言うものを知らないのだろうか。


「これはこれは、とても有難い申し出なのですが、すいません、お断りをさせていただきます」


 これまた丁寧な対応。


 魔法師としてだけではなく、人としても感心してしまう。


「冒険者を兼ねている以上、うちの方が動きやすいと思うぞ?」


 これまた不躾な対応。


 魔法師としてではなく、人として落胆してしまう。


「申し訳ありません、お恥ずかしい限りですが私が冒険者として勤めているのは何より、自らの手で材料を得たいからなのです」


 ネジルの言葉に凄く納得が言った。


 どうして二等級魔法師にまで上り詰めた彼が冒険者を続けているのか、ずっと疑問で仕方なかったのだ。


 以前から会う機会もなく、結局真意を聞くことはできなかった。


 しかし今、こうして真意が明らかになったのだ。


 彼は恥ずかしいことだと謙遜しているが、俺としては人間味を感じてむしろ親近感を抱いた。


「なるほどな、それなら仕方ない。無理を言ったな」

「いえいえ、お気になさらないでください」


 ようやく身を引いたレイモンドにホッと息を吐く。


「ところでそちらの少年は?」


 そんな俺にネジルが声をかけた。


「ああ、こいつは俺の弟子だ」

「ほお、アークトゥルス卿のお弟子さんですか。お若いのになんとご立派な」


 軽い会釈を返してごまかす。


 正面切って褒められるのはむず痒い。


「しかしどこかで……?」


 ジッと俺の顔を見て、呟くネジル。


「聞いて驚け、こいつの名前はノーム・レスティ。あのレスティ家の長男坊だ」


 何故か自慢気にレイモンドが豪語した。


「ノーム・レスティ……なるほど確かに面影はあるような」


 一瞬キョトンとした表情を見せるネジル。


「しかしレスティ家と言えば先月の……ご無事そうで何よりです」

「あ、はい、どうも」


 お悔やみの言葉も忘れない。


 本当にこの人、魔法師で冒険者なのだろうか。


 言っちゃあ悪いが、魔法師であれ冒険者であれ、どこか社会性が欠けている人が多いのだ。


 魔法に人生をかける魔法師、一方で命を賭して戦う冒険者。


 どちらも一般的な仕事とは言い難い。


 故に一般からかけ離れてしまうのも仕方がないのだろう。


 しかしこの人はそういった部分が見えない。


 常識人、まさにその言葉が似合うのだ。


「しかし驚きました、あのノーム・レスティがここまで噂と乖離しているとは」


 続けてネジルが感嘆の言葉を漏らす。


 一体どんな噂を知っていたのかは知らないが、大方予想はつく。


 どのみち悪評なのは間違いないのだ。


「そうだろ、そうだろ」


 うんうん、とレイモンドが頷く。


 先ほどから自慢げなのが気に食わない。


「アークトゥルス卿のご指導によるもので?」


 ネジルが質問を飛ばした。


 俺は固唾を呑んでレイモンドを見守る。


「いや、残念ながらそうじゃないんだよな」


 変な嘘をつかなかったことに大きく息を吐いた。


 この人のことだから、ふざけて自分の手柄のように語りかねない。


「では一体何が?」


 ネジルは再び質問を飛ばす。


 流石の二等級魔法師でも、俺の急変には興味がそそられるのだろうか。


 正直、深追いはされたくない範囲ではあるが、答えは出さなければならない。


「俺も詳しくは知らないんだが、第一に呪いのせいらしい」

「呪いですか、例の事件で何か?」

「いや、直接的なきっかけは事件の数日前だったはずだ、なあノーム?」

「はい、そうです」


 レイモンドの問いに俺は頷く。


 正直、あの時はバタバタしていてあまり覚えていない。


「となると事故で何かしらの呪具に触れてしまったと」

「ええっと、まあ……はい」


 微妙な顔で頷いた。


 何せ俺はあの指輪を無断で持ち出したと記憶している。


 事故なのは間違いないだろうが、明らかに自業自得なのだ。


「あー、確かレスティ家に代々伝わる家宝だったか」


 レイモンドが思い出したかのように呟いた。


 確かに父ロードがそんなことを言っていた気がする。


 改めて考えると、そんなものをよく無断で持ち出そうとしたものだ。


「家宝ですか……興味深いですね、ちなみに実物は?」

「ああ、レスティ公に頼んだんだが、生憎と断られた」

「残念ですが、仕方がないことですね」


 二人して名残惜しそうに頷き合う。


 その様子が何だかんだで、二人も魔法師なのだと感じた。


「ただうちのマスターにはくれぐれもご内密に、レスティ家にご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんので」

「ああ、レフィアか……」


 ネジルの警告にレイモンドが苦い顔をした。


 あのレイモンドがそんな顔をするなんて珍しいものだ。


 レフィアというのは、開発工房カノープスのマスター。


 一等級魔法師レフィア・ライフォ・カノープスのことだ。


 史上最年少で一等級魔法師に上り詰めた稀代の天才として知られており、現在流通している数多の魔道具を開発した人としても有名だ。


 ただ滅多に表舞台には顔を出さず、同じ魔法師たちからも存在を疑われているほど。


 俺だって見たことさえない。


「あいつは相変わらずか」

「ええ、それはそれは」


 呆れ顔のレイモンドに、楽しそうな顔のネジル。


 まさに対極の表情だった。


 一体レフィアという人物がどういう人なのか、興味が沸いてくる。


「ただ今のノーム様とは相性が良い気もしますが」


 こちらを見て笑みを浮かべるネジル。


 実際にレフィアという人物に会ったことがない以上、その言葉の意味は分からない。


「それはまあそうかもしれんな」


 レイモンドもネジルの意見に賛同した。


 そこまで言われれば気になるものだ。


「それはどういう?」

「性格的にも年齢的にもですね」

「ああ、そうだな」


 漠然とした答えであまり実感は湧かないが、あの天才魔法師と相性が良いと言われるのは正直嬉しい限りだ。


 ただ向こうも俺の悪評を知っているだろうし、一筋縄ではいかない気もする。


 とはいえ会えるかどうかも分からない相手。


 難しく考えても仕方がないか。


「まあ、はい。覚えておきます」


 適当に返事をした。


「まあマスターと会える機会なんて私でさえも早々ありませんし、あまり気にすることではありません」


 まあ実際にそうなのだろう。


 以前の俺も会えなかったし、実際に会ったという人もほんの数人しか知らない。


「それでですねアークトゥルス卿、ノーム様。ここでお会いしたのも何かの縁です。現在開発中の魔道具を試していきませんか?」


 唐突にネジルがそんな提案を投げかけた。


「それってこいつのことか?」


 レイモンドが先ほど食らった爆発型目覚まし時計を差し出す。


「いえいえ、もう少しお役に立てるものをご用意してます」

「ほう、それは気になるな」


 ネジルが一度実験室に戻り、手のひらサイズの何かを持ち戻ってきた。


「こちらが今絶賛開発中の魔力測定器になります」

「ん? 協会に置いてある奴と何が違うんだ?」


 レイモンドの問い。


 協会に置いてあるというのは、その人の魔力量を計測する魔力計測器のことだろう。


 ただそれはあくまで魔力量を図るためもので、その他、例えば魔力属性などは計測できない。


「この測定器は魔力属性を調べることができるのです」


 俺はこの機器を知っていた。


 何せ近い将来、この魔道具は普及することになるからだ。


 若干のデザインに差異はあるが、ネジルの説明を聞いたうえで、俺が知っている魔道具であることは確定的。


 世界を大きく変えた偉大な発明の一つと言っても過言ではない。


「これはネジルさんが開発を?」


 俺が知る限りだと、その魔道具はカノープス名義で発表されていた。


 開発工房産の魔道具によくあることで、それが開発工房のマスター、レフィアの知名度を大きく上げる要因にもなっている。


 何しろ彼女が就任してからというのも、とてつもない発明が次々と開発工房から発表されたからだ。


 誰しもが彼女の功績だと考えてしまうのだろう。


 そしてこの魔力測定器もその一つで、俺もレフィアが開発したものだと思っていた。


「いいえ、初期構想から基本設計までマスターが行ったことです」

「それは、凄いですね……」


 噂というのは良くも悪くも大抵尾ひれがつくものだ。


 勇者は幼い頃から魔物を相手に戦ってきただとか、聖女は神の生まれ変わりだとか。


 ありもしない話がまことしやかにささやかれる。


 俺の噂はまあ……あり得そうな話しかなかったが。


 しかし話を聞く限りだとレフィア・ライフォ・カノープスという人物は、噂に違わぬ実績を持っているように思えた。


 ますます興味が沸いてくる。


「それ面白そうだな、早速試してみても良いか?」

「是非とも、アークトゥルス卿のような特殊な属性のケースを試してみたかったのです」


 ネジルはその計測器を机の上に置き、レイモンドがその水晶に触れる。


「では始めます」


 ネジルが魔道具を起動させた。


 水晶が白く輝き始める。


 そして次第に白色の光から、赤、そして黄へと交互に色が点滅。


 そのまま赤と黄の色が点滅したまま、水晶は光を失った。


「なるほど、良いデータが取れました」


 ネジルが満足げに頷く。


 しかし結果はまだ聞かされていない。


「結果はどうだったんだ?」

「ああ失礼しました、赤の光は火属性、黄色の光は恐らく雷属性を表しており、実際のアークトゥルス卿が持つ属性と相違はない結果になっております」

「なるほど、こいつは面白いな」


 今まで魔力属性というのは、本人の感覚もしくは偶発的に発動した魔法によって判明するものだった。


 そこに論理性はなく、まさしく奇跡的に目覚めた者のみが魔法師を志すような、そんな世界だったのだ。


 しかしこの機器が公表されて以降、多くの才能ある魔法師が発掘されることとなる。


 特にレイモンドのような特殊な属性を持つ者たちが、ようやく日の目を浴びるようになったのである。


 勇者アランはまた例外ではあったのだが。


「せっかくですからノーム様もどうですか?」


 ネジルの問いに思わず頷きかけた。


 しかし思いとどまる。


 俺の魔力はノーム本来の土に、ロイの水が入ってしまっており、果たして今の俺の魔力が他人に露呈してしまっていいのか懸念があったからだ。


「おいおい遠慮するもんじゃねえぞ」


 しかし断れるような雰囲気でもなかった。


「分かりました」


 内心ドキドキしながら、水晶に手を置く。


「では行きます」


 水晶が光り輝き始め、ほんの少しだけ魔力が吸い取られる感覚を覚える。


 そして光が収束、とある光で固定された。


「なんかお前の光……汚くねえか?」

「……やめてくださいよ」


 レイモンドからの失礼な指摘に苦言を呈する。


 しかし俺自身も否定がしにくかった。


 何せ水晶の色は表現が難しい所だが、濁った茶色。


 ハッキリ言って、綺麗とは思えないのである。


「これは……非常に珍しい事象ですが、恐らく二つの魔力が混ざってしまっているのでしょう」

「魔力が混ざる?」


 聞いたことのない言葉だ。


「魔力は基本的に混ざることはないのですが、特殊な条件下では混ざってしまうこともあるようなのです」

「へえ、それは俺も聞いたことはなかったな」


 レイモンドが知らないということはまだ世には出ていない理論なのだろう。


 しかし特殊な条件か。


 心当たりがあり過ぎて、内心穏やかじゃない。


「日常生活には特に影響を与えないのでご安心を、ただ恐らくですが一般的な人に比べると魔法の習得に苦労するかもしれません」

「え、そうなんですか」


 思いもよらぬ提言に言葉を漏らした。


「はい、世の中に存在している魔法の全てが単一属性での発動を大前提としていますので、ノーム様のように混ざってしまった魔力に対する魔法というのが現状存在しないのです。ただ二つの属性の性質を持ち合わせているという点で言えば、複属性持ちともいえるので、そこは考えようかもしれません」

「な、なるほど」


 憧れの複属性持ちになれたと、純粋に喜んでいた頃が懐かしい。


 やはり世の中そう上手くはないようだ。


 確かに基礎魔法の習得に時間が掛かった自覚はあった。


 単にこの身体に慣れていないからと思っていたが、まさかそんな理由があったとは。


「とんだ新事実だったな、まあ俺が一人前になるまで見守っておいてやるから安心しろ」

「お願いします」


 その申し出は素直に嬉しかった。


 人間性には問題ありだが、魔法師としては一流なのだ。


 これからも頼りにさせて貰おう。


「それなら安心ですね。さてと随分と話し込んでしまいました。それでは非常に心惜しいのですが、私は作業に戻らなければいけませんのでこれにて失礼致します」

「おう、次は魔物退治にでも行こうぜ」

「是非、ご一緒させて下さい。ノーム様もお元気で」

「はい、ありがとうございます」


 そう言って去っていくネジル。


 本当人当たりの良い人だった。


 ロイだった頃には得られなかった縁。


 大切にしていこう。

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