開闢

冬気

開闢



かい-びゃく【開闢】『天地の開けはじめ。世界のはじめ。また一般に、物事のはじまり。 』(広辞苑 第七版より)



プロローグ


 出会い、出会い、出会い。世の中は出会いで溢れ返っている。例えば学校、職場。落とし物を拾って返しただけで始まる出会いもある。ただ、世の中は幸せな出会いだけじゃない。心底後悔する出会いだってある。この俺も、心底後悔する出会いに遭遇したひとりだ。言葉にするだけで反吐が出そうな気分になるのでどのような出会いだったかはここでは触れないでおく。まあ、その出会いのおかげで、今の俺は世間一般で言う引きこもり状態なのだが。



 ボサボサに伸びきった髪。いつ洗ったかも分からない灰色の スウェット。引き籠りの見本のような男。部屋の隅のベッドの上で一人ぼーっと座っている。彼はかれこれ一年ほどこの部屋から出ていない。男は生気を感じられない濁った目で部屋の隅を見つめていた。ベッドの周りには割りばしや、食品が入っていたであろう容器が散らばっている。部屋のベッドの斜向かいの隅には食料品を通販で頼むために使っているパソコンが乱雑に置かれている。今までこの男は、寝て、起きて、ぼーっとして、通販で食品を頼み、食事をし、ぼーっとして、寝る。という行動をここ一年ずっと繰り返してきた。しかしそれも今日で終わる。



 おもむろに男がベッドから降りた。

 二日前、貯金が底をつきそうになり、どうしようかと思っていた男に一枚のビラが届いた。配達を受け取った時にドアポストに入っていたのに気づいたのだ。久しぶりにポストに届いたものを見て、男は一瞬呆れたが、投げやりな気持ちが手伝ってそのビラに書いてあることを信じてやろうと思った。そのビラは買い取りについてのものだった。普通なら買い取るものは、宝石だったり、時計だったり。ただ、そのビラが買い取る対象としているものは、今の男にとって非常に興味をそそるものだった。『出会いを買い取ります』 シンプルな文句で質素なビラ。男は、出会いを拒絶していた。だから、この買い取りは非常に都合がよかった。第二に、この先どんな出会いが自分にあるのかを知りたいという好奇心があった。 ビラには電話での対応のみ行っていると書いてあった。が、生憎男は電話という連絡手段を一切持たないのであった。



 電話を持たない男は百円をもって約一年ぶりに、ドアの先の世界に出た。外は寒く、スウェットしか着ていない男にとってはいささか厳しい世界だった。が、男は気にせずアパートの近辺で公衆電話を探した。公衆電話は割と早く見つかった。電話ボックスの中に入り、戸を閉める。外の冷気がそこそこ遮断されているボックス内で男は一息ついた。投入口に百円を入れる。ビラに書いてあった電話番号を打ち込む。数コール後、電話が繋がったことを示すようにプツッと小さく鳴った。

「もしもし」

何の反応もない。もう一度話してみるが、テレビの砂嵐のような音が聞こえるだけだ。男は気付いた。

 ―― 手の込んだ悪戯――

 考えもしなかった。そうだと知ると、怒りを通り越して、こんな話を信じた自分がばかばかしくなってくる。無駄に百円を失っただけになってしまった。さっさと電話ボックスを出て頭を冷やしたくなった。

 外に出ると雪がちらついていた。男は寒さに身震いしたが、構わず家に向かい歩きつづけた。

 ふと視界の隅に妙なものが映った。季節は真冬。体が凍り付きそうな気温、雪の降る中をこちらに向かって歩いてくる者がいる。季節に不似合いな、しかし雪に不思議なほど自然に溶け込む白いワンピース。そして、白い世界の中で一際目立つ麦わら帽子特有の色とその下の、腰まであろう長く黒い髪。それらとはアンバランスな銀色のアタッシュケースを持っている。まるで夏の世界から迷い込んだようなその女は引き籠りの見本のような男の前に立つ。男とは違った雰囲気の生気の感じられない、吸い込まれそうな光のない目で男を見つめる。そして、

「初めまして。あなたの『出会い』を買い取りに来ました。イズミと申します。以後お見知りおきを」

と抑揚の欠けた声で静かに、しかし、よく聞こえる声で言った。


エピローグ


 出会いを拒絶し、『出会い』を売ろうとした男と、そんな男と似たような生気感じられない目をした女が出会ったところでこの物語は終わりを迎える。ただ、この男にとっては新しい世界への入り口となるに違いない。


 この先、この二人がどのような結末へ辿り着くかは誰も知らない。

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開闢 冬気 @yukimahumizura

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