世話好き仲人

増田朋美

世話好き仲人

世話好き仲人

暑い日だった。何だか体全部がとろけてしまいそうなくらい暑い日だった。そう言えば今日は夏至と呼ばれていて、昼間が一番長い日になるんだっけ。そうなると、なかなか暗くならず、いつまでも家に帰ろうという気が起こらない事もあるだろう。事実、夕方近くになっても、まだまだ真昼間に近い陽気で、いつまでも明るいままなのであった。

その日、杉ちゃんとジョチさんは、熱海駅付近の菓子屋に用事があって、電車に乗って熱海駅を訪れていたところであった。二人が、帰りの下り電車に乗ってさあ富士へ帰ろうと電車を待っていると、ひとりの若い女性が、杉ちゃんに声をかけてきた。

「あの、失礼ですが、富士へ行くにはどの電車に乗れば良いですか?」

「ああ、富士駅へ行きたいの?」

杉ちゃんが聞くと、

「ええ。富士駅で、人と会う約束をしていまして。それで、富士駅まで行く電車を教えていただきたいんです。」

と、彼女は答えた。

「はい。富士駅なら、次の電車で乗せていってくれるから、一緒に乗っていきな。」

と、杉ちゃんがいうと、

「いいえ、そういうことじゃないんですが、ただ、富士駅へ行ってくれる電車をおしえて貰いたいだけです。」

と、彼女はいった。

「おしえてって、だったら、乗っていけば良いじゃないか。僕たちは何も悪いようにはしないから、この次に来る電車で富士駅まで一緒に行けばそれで良いんだ。」

「すみません。この人、悪い人ではないです。ただ、しゃべり方が乱暴なのは、生まれながらの癖だと思ってください。僕たちは、着物を着ていますが、暴力団とかそういうものでは一切ないですから。よろしかったら、一緒に乗って行ってください。」

ジョチさんがそういうと、彼女は、そうですね、とだけ言った。

「はあ、なんか、困る事でもあんのかよ。僕たちが一緒にいると。」

杉ちゃんがそう聞いてみる。彼女はええ、そうですね、とだけ答えをだした。でも、はっきりしない答えでは納得しないのは杉ちゃんという人物である。別に答えをえたからって、どうするわけでもないけれど、杉ちゃんというひとは、答えが出るまで質問をつづけるのが常であった。

「おい、そういうことなら、答えを教えてもらえないもんだろうかな。僕、答えがわからないまま別れるのは好きじゃないから。」

「すみません。質問しだすと、答えが出るまでやめない人ですから。」

ジョチさんが申し訳なさそうにそういうと、

「ええ、じゃあ、お約束して欲しいことがあるんですが。私が、今この電車に乗っている事は、だれにも言わないでいただけますか?」

と彼女はいった。

「へえ、誰か知り合いにでも会いに行くの?」

杉ちゃんがいうと、

「知り合いというか、それ以上の関係だと思います。でも、親にみつかったら、こっぴどく叱られて、家に監禁されてしまうかもしれません。それは嫌なので。」

「はあ、つまり、不倫とかそういうことかなあ?」

杉ちゃんが間延びした声でそういうと、

「いえ、そういうことじゃありません。結婚もしていませんから。」

と彼女は直ぐに否定した。

「其れじゃないんですけど。本当は、もしも願いがかなうなら結婚したいですよ。でも、父にどうしてもだめだと言われていて、こうして内緒で富士へ出かけるしか方法がないんです。」

「まもなく、三番線に、普通列車、静岡行きが、三両編成で到着いたします。危ないですから、黄色い点字ブロックの内側へお下がり下さい。」

彼女がそういうと、駅のアナウンスが流れた。杉ちゃんは、よし、乗っていこうといった。近くにいた駅員が、お手伝いしますと彼の後ろについた。やがて、ガタンゴトンと音を立てて、電車がホームにやってきた。杉ちゃんとジョチさんは駅員に手伝って貰いながら、電車に乗った。お前さんも乗れと杉ちゃんがいうので、彼女も電車の中に入った。まだ帰りたがる人は少ないのか、電車はすいていた。お年寄りが、一人か二人、座席に座っているだけである。みんな疲れているのか眠そうな顔をしているので、杉ちゃんたちの話を盗み聞きしているような人はいなかった。

「で、お前さんが会いたいっていうそいつは、どんな奴なんだよ。」

と、杉ちゃんがいうと、

「ええ、あの、ごめんなさい、とても失礼な話しなんですけど、ちょっと足が不自由なところがあって。今、フリーライターをやっている方なんですけど。あ、ちゃんと記事は、雑誌やウェブサイトに投稿しているんですよ。でも、私の父や母は、そういう男はだめだというか、そういうことをいっていて。」

と、彼女は申し訳なさそうに言った。

「いやあ、そんな事気にしないよ。足の悪い奴は、多かれ少なかれそういうことを言われるもんだぜ。僕も和裁屋をやってるけどさ、結婚したことは一度も無いからな。大体、こういうやつは安定した生活を提供できないからって言われて、別れさせられちゃうのが落ちだ。ま、気にしないで話してくれよ。」

杉ちゃんはカラカラと笑った。

「ごめんなさい。私、あなたみたいな方を普通に受け入れるべきだって思っているんですけど。私の両親はそう思ってないみたいで。」

彼女は申し訳なさそうに言った。

「それにしても、極端すぎますね。結婚は、本人の合意があれば可能であることは、憲法で保証されています。もし周囲に反対されたとしても、本人の意思を消してしまう力はないはずなんですけど。どうしてそんなに、反対されるのでしょうか?」

とジョチさんは不思議そうな顔で言った。

「うちの弟も、今の妻と結婚するにはいろいろ問題があったようですが、今は仲良く生活しています。最近は、外国人や、多少不自由なところがある方を配偶者にする人も少なくありません。なぜ、ご両親は反対されるのでしょうかね?」

「ええ、それはきっと私が出戻りだからと思います。」

彼女はとても恥ずかしそうにそういうことを言った。

「出戻り?お前さんバツイチなのか。でも、そんな事今は何にも気にしないで良い時代だと思うけどねえ。」

と、杉ちゃんが言うと、

「ええ。初めは、家族の命令で、結婚したんです。確かにすごいお金持ちの方ではありましたけど、どうしてもそういうなんていうんですか、上級階級の生活にはなじめなくて、私が鬱になってしまって。それを理由に何とか家に戻れたんですけど。でも、父母は相手の人の家庭にいろいろ言われてしまったらしくて、それで、私の行動には、非常に厳しくなって。」

と、彼女は言った。

「はあ、なるほどね。それで又好きな人ができて、今日はそいつに会いに行くというわけね。」

杉ちゃんがそう結論付けると、彼女は黙って頷いた。

「一体その人とは、どうしてお知り合いになったんですか?」

と、ジョチさんが言うと、

「ええ、インターネットの動画サイトです。私、実家に戻ってから、何もすることが無くて、よく小説のような物を書いて、ウェブサイトに投稿したりしていました。その感想を送ってくれたのが、今会いに行く彼でした。」

と、彼女は答えた。

「それで彼は、私の文章はすごくうまいから、ただ投稿するだけではもったいないと言って、クラウドソーシングでお金にする方法をおしえてくれました。それで私は、動画サイトで放送されるアニメの台本を書く仕事を受けるようになりまして。それでいまは、そういう動画サイトの台本を書く仕事をしているんです。」

「はあ、なるほどね。その台本の仕事は、親御さんにも言ってなかったの?」

杉ちゃんが聞くと、彼女ははいといった。

「それで、彼の事を話した時、親御さんにこっぴどく叱られたんじゃないのか。それでもお前さんは、その相手にどうしても会いたくて、時々何回か会いに言っている。まあ、そういうことか。」

杉ちゃんはそう結論付けてしまった。

「ええ。そういうことですね。」

彼女は、ちょっと重々しい口調でそう答えたのである。

「悲しいですよね。私の本当の事をおしえてくれる人と一緒になりたいって思ったんですけど、そうなるためには、彼のほうに障壁があってできないなんて。」

「うーんそうだなあ。まあ、一般的に言えばそうなっちまうかもしれないが、、、。」

と杉ちゃんは腕組みをした。

「でも、教科書にない生き方を選ぶ人も中にはいますからね。誰もが皆、教科書通りの人生を選んでいたら、其れこそ大変ですよ。」

ジョチさんもちょっと考えるような顔をして、彼女を見た。

「多分、二人だけで暮らそうと考えているから、反対されるんだと思います。その間に入って、何か手助けしてくれるような存在があれば、またちがうと思うんですよね。つまるところ、昔で言えば仲人です。昔はどの結婚でも、仲人という人がついて、仲人は親も同然と言われるほど、強い影響力を持っていたものです。」

「ああなるほどね。確かに、そういうやつはいたな。ただの恋愛結婚であっても、必ず親戚か誰かが着いたよな。新郎新婦の職場の上司とか、新郎新婦が大学にいた時の先生とか、血縁者でなくてもなることができる分野だよな。」

と、杉ちゃんもすぐジョチさんの話しに乗った。

「保証人というわけではないのですが、そういう存在がいるっていうことは、又親御さんの方も安心する度合いが変わってくるのではないでしょうか。もし可能であれば、そういうひとを用意して、結婚に望んでも良いと思いますよ。」

ジョチさんがそういうと同時に、

「まもなく、富士、富士に到着いたします。5番線に到着、お出口は左側です。お降りのお客様はお支度を御願いします。」

と車内アナウンスが流れ、電車は富士駅のホームに止まった。杉ちゃんたちは、富士駅で待機していた駅員に手伝ってもらって電車を降りた。杉ちゃんたちが、エレベーターを探している間に、

「由紀恵さん、来てくれてありがとう。」

と、ひとりの男性の声がする。ホームにはひとりの男性が、先ほどの彼女に話しかけていたのだ。

「都さん。」

ということは、この男性が、彼女の想い人ということだろう。杉ちゃんたちはその男性を観察した。確かに、年恰好からすると、まだ30代くらいなのだろうが、足が悪いらしく、老人のように杖を持っている。でも、服装はちゃんとスーツを着ているし、乱れたところは何処もない。シッカリした男性という感じだ。

「あのな、僕たち熱海駅で、彼女の話を聞いてきたんだ。お前さんが、この出戻り女性の恋人だね。そして、彼女の両親に反対されて、こうしてこっそりあっている事も聞いた。ちょっと僕たちにも、お手伝いさせて貰えるか。まあ、仲介人というか、仲人のようなつもりでさ。仲人も、本仲人から、下仲人までいろんな人がいるんだよ。だからお前さんたちの事を、応援してやっている奴だと思ってくれ。悪い奴では無いからな。」

杉ちゃんができるだけそういうが、彼女も、男性も戸惑ったような顔をした。

「まず、お前さんたちの名前を教えてもらおう。」

杉ちゃんがそういうと、女性は中山由紀恵、男性は都龍介と名乗った。

「じゃあ、お前さんたちのなれそめを聞かせてくれ。」

杉ちゃんがそういうと、龍介の方が、度胸を据えてくれたのか、二人のなれそめを話し始めた。由紀恵が電車の中で言ったのと内容は大体一緒であるが、いずれにしても、二人の事を切り離してしまっては、本当にかわいそうだなと思ってしまうくらい二人は通じ合っていることが分かった。二人を連れて駅の中を歩きながら、ジョチさんは何とか二人を一緒にさせてやりたいなと思った。

やがて、杉ちゃん一行が、タクシー乗り場の近くまで来たとき、丁度彼女が、自分が都さんのおかげで、自活させて貰えるようになったということを話していた時の事。

「あなた、どうして足が悪くなったんです?何か理由でもあるんでしょうか?」

と、ジョチさんは、龍介に聞いた。

「ええ。僕小児麻痺だったんです。子供のころ、海外で暮らしていたから、日本のようにワクチンがどうのとか、そういうことができなかったんですよ。」

と、彼は答えた。

「そうですか。それは大変でしたね。もし仮に、彼女と一緒に生活する事になった場合、彼女にずっと付き添っていく自信がありますか?」

ジョチさんがもう一回聞くと、

「ええ。人の好みや評価は様々で、彼女を完璧に幸せにすることは、難しいかもしれません。でも、僕は、すくなくとも彼女といっしょにいられれば、幸せになることができます。」

と、彼は答えた。

「何だか、有名なコメディー映画のセリフみたいだな。」

と、杉ちゃんが笑うと、

「いえ、それ以外に、理想的な言葉はないじゃないですか。それに、飾る言葉でいうよりも、こういう事実をしっかり述べた方が、良いと思ったんです。」

という彼に、杉ちゃんもジョチさんも、彼女を本当に大事に思っているんだなと感じ取った。もしかして、足に障害があるからこそこういう飾らないプロポーズができるのかもしれない。それなら、反対させるのはかわいそうだとおもったジョチさんは、お時間があるなら、ちょっと僕の店に来てもらえませんかといった。二人が分かりましたというと、ジョチさんは、駅の構内に止まっている障碍者用のタクシーを呼び出して、焼き肉屋ジンギスカアンまで乗せて行ってくれるように頼んだ。

焼き肉屋ジンギスカアンは、丁度夕食を食べようと何人かの客が集まっていた。大体の客が焼き肉屋という事もあり、家族連れである。ちょっと子供の声がしてうるさいかもしれないが、勘弁してくれと言ってジョチさんは、由紀恵と龍介を店の中に入らせて、奥のテーブル席に座らせた。そして、客にビールを配っていたチャガタイと君子さんにちょっと来てくれと頼んだ。

「どうしたんだよ。兄ちゃんが俺に頼み事するなんて、何かあったのか?」

と、チャガタイは、ジョチさんが頼みごとをするのは久しぶりで、驚いた顔をする。

「まあですね。これは、既婚者である人にしか頼めませんが、若いこの二人の結婚の仲立ちをやってもらいたいんです。この二人は、ちゃんと相手の事を相手と認めています。だから、彼女たちの結婚生活で相談を受けたら力になれるような、存在になってやって欲しいんですよ。」

ジョチさんがそんなことを言いだすので、チャガタイも君子さんもびっくりする。

「そうかあ、でも俺たちは、こういう風にただ焼肉屋をやっているだけで、大きな事業をしているようなわけではないので、仲人をするというのはどうかなあ。」

と、チャガタイはとりあえずそう答えるのであるが、

「いや、そこを何とか頼む。彼女の両親も、彼が小児まひで足が悪いことを理由に結婚に反対しているんだって。それはなんでだと思う?彼女の生活を安定させてやれるかどうか、不安があるからだ。だから、お前さんのような、世話好き仲人がいてくれたら、彼女のご両親も安心してくれると思うんだ。」

と、杉ちゃんが言った。

「ちなみに、仲人というのもさ、今は頼まれ仲人というのが多いけど、昔の仲人は、結婚する前から、二人の世話をしたり、結婚しても二人の生活を助けたりする本仲人とか、結婚する前に、二人の縁談を立てるまでの世話をする下仲人とか、色んなものがいたもんだ。それを、今の時代に復活させてもいいんじゃない?こういう事情がある結婚だったらね。」

「杉ちゃん、結婚したことは一度もないのに、なんでそんな事を知っているの?」

君子さんがそういうと、

「いやあ、和裁屋をやっていると、そういうことにも詳しくなるんだよ。結婚するときは、どうしても、着物が必要になるからね。」

と、杉ちゃんはからからと笑った。

「でも、僕はあいにく、彼女に花嫁衣裳を用意させてあげられるような、経済力はありませんよ。」

龍介は、申し訳なさそうに言う。

「いやあ、そんなモノ、リサイクル着物であればすぐに用意できる。店が近くになくても、通販というものもある。障害があってもちゃんと結婚式をあげられる世のなかになってるよ、今は。もし着物が破れたとか、そういうところがあったら、この僕が直してあげるから、それは心配しないで。」

と、杉ちゃんが龍介の肩を叩いた。

「そうですか。ありがとうございます。和裁の先生って、着物を作る方ですよね。そんな方と知り合えて、嬉しいです。其れなら、通販なんかで見つけられたら、すぐに先生のところに持っていきますから。」

龍介は、とても嬉しそうだったが、由紀恵はちょっと不安になってしまっているようだった。不思議なもので、人間は、強く望んでいた事がかなうと、何だか悪いことをしてしまったような、気持ちになってしまうものである。特に女性はそうなりやすいだろう。

「あなたも、まえむきに生きていけばいいのよ。」

君子さんは、そっと、由紀恵に言った。

「そりゃあね、ずっと一緒にいるようになるから、多少気持ちがぶつかることもあるわ。でも、そうなったら、お互いの事を話し合って、ゆっくり近づいていけるようになればそれでいいのよ。」

「そうでしょうか。」

小さな声でそういう彼女に、

「ええ。大丈夫。あたしたちは、そのためにいるんだから。きっとこういう人が居れば、簡単に離婚してしまうことはなくなると私も思うしね。それを手伝えるんだったら、あたしたちだってお役に立てて嬉しいわよ。それじゃあ、お兄さんが持ってきたお話し、引き受けましょ。」

君子さんはにこやかに笑った。

「しかし、俺たちにそういう、人様の相談に乗ったりできるんだろうかな。俺たち、ただ店をやってきただけで、何も偉業を成し遂げたとか、そういうことはしてないよ。」

チャガタイが、まだ不安そうにそういうと、

「いや、大丈夫です。すくなくとも、敬一も君子さんも、もう15年も結婚していて、まだ飽きていないということは、二人ともちゃんとやってきているということですから。」

「そうそう。経験というものが、役に立つのはいつの時代も同じ。世話好き仲人、しっかりやってくれよ。」

ジョチさんと杉ちゃんは相次いでそう言った。

その日は七時をすぎてようやく日が沈んだ。何だか、やっと、人間の活動を見守り終えて、太陽は眠ってくれたようだ。



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世話好き仲人 増田朋美 @masubuchi4996

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