4.入学式とクラス分け

 クロエの叫びがこだまする少し前、ミーリアは中央ホールに設置された新入生用の座席に座っていた。

 中央ホールはしゆうしゆう家デモンズが舞踏会場として造った、一つの小城である。

 天井には魔法ガラスが取り付けられており、光の魔道具を点灯させると幾重にも合わさった虹色の光がホールに降り注ぐ仕掛けになっている。学院生の間ではレインボーキャッスルと呼ばれ親しまれていた。

 最上階に学院長の部屋があることから、女学院の中心的な存在だ。

れいだなぁ……中央ホールとアトウッド家を比べると──月とへそのゴマだよ……いや、へそのゴマでもあつかましすぎかも……)

 実家の評価がとことん低いミーリア。

(さっき誰かが言ってたレインボーキャッスルの名前にふさわしいね。光が色んな色に変わってキラキラしてる)

 ぼんやり天井を眺めているが、周囲の視線はミーリアに集中していた。

 胸にある龍撃章ドラゴンスレイヤーしようのせいだ。

 ミーリアがどんな学院生なのか、どの程度の魔法が使えるのか、どこの派閥に属しているのか、どの貴族と仲がいいのかなどを考え、探るような目つきになっている。

 ドラゴンスレイヤーの影響力は絶大だ。

 下手にかかわって自分の家が不利益をこうむることも大いに考えられる。

 少女たちは話しかけるならば人柄がわかってからだと思案していたが、口を開けて天井をぼんやり眺めているドラゴンスレイヤーを見て、本当に彼女が実力者なのか疑わしく思えてきた。一見、まったく覇気のない、ぽわぽわとした少女だ。

 本当にこの子がドラゴンスレイヤーなのだろうか?

 ミーリアの見た目と雰囲気は疑問を抱かせるには十分であった。

 いつしかしばらくミーリアに近づくことはやめておこうという空気が流れ、少女たちはミーリアへの視線を切って、自席の近くにいる新入生へと目を向けた。

「……」

 一方、当の本人は緊張して天井にずっと視線を向けていた。

 不意に誰かと目が合うのが恥ずかしい。

 だが、入学式は重要と自分で先ほど言ったばかりだ。天井だけを見上げているわけにもいかなかった。

(よし……先手として……隣にいる子に話しかけるというのは……どうだろう?)

 友達作りのきようとうとして隣の席に座った子に話しかける──これはオーソドックスな作戦だとミーリアは独りごち、何度か深呼吸したのち、視線を下げてちらりと横を見た。

(おおおっ! すんごい美少女が座ってる……!)

 隣には陶器のように滑らかな白肌、整った輪郭、宝石のようなグリーンの瞳、可愛かわいらしくも美人な少女が姿勢よく座っていた。光沢のある銀髪は腰の横まで伸び、ツインテールにしている。

(ローブを着てるから魔法科──リアル魔法少女だよ。映画の主人公みたいな子だ…‥そういう映画見たことないけど……)

 周囲へ視線を飛ばすと、新入生が隣同士で談笑している姿が見える。

 負けてなるものかと深呼吸をこっそりし、脳内で三度ほど話しかけるシミュレーションをしてから、口を開いた。心臓の鼓動が急激に速くなった。

「あ……あのぉ……あの……」

「……」

 隣にいる銀髪ツインテール女子が首をミーリアへ向けた。

 ほぼ無表情でエメラルド色の大きな瞳を動かし、ミーリアの勲章を見て眉を寄せた。

(ううっ……なんか冷たい反応……)

 過去の失敗がフラッシュバックする。

(いや、そうと決まったわけじゃないよ。きっと彼女が美人すぎるから、こういう反応をするんじゃない? そうだよ、きっとそうだよ)

「なんでしょう?」

 鈴の鳴るような声で銀髪の少女が答えてくれた。

 ミーリアはとつに背筋をピンと伸ばした。

「あっ! あの、私、ミーリア・ド・ラ・アトウッドと申しまして──」

「──それでは、学院長のお言葉を頂戴する!」

 タイミング悪く、司会進行らしき女性教師がホールに声を響かせた。

 銀髪の少女はミーリアから視線を外して前を向いた。

 新入生が一斉に背筋を伸ばす。

(なんてこった……気まずさがマックス……)

 自己紹介が空中に浮いたままぶらぶらと揺れているようにミーリアは思えた。

 少女がこちらを見てくれる気配はない。

 ひとまず話しかけることは頭の隅に追いやり、ミーリアも壇上へ向き直った。変に目立って悪い印象を持たれたくはない。

 正面の壇上に上がったのは、服を着た二足歩行のウサギであった。

(ウサギが丸眼鏡かけて動いてる……私よりちっちゃい!)

 沈んでいたテンションが上がった。

 ウサギな学院長は青いビロード生地のローブを着ている。魔法使いであるらしい。

(可愛いっ! 真っ白なもふもふ! ウサちゃんが学院長!)

 壇上に上がったウサギは工業科の教師からマイクらしき筒を受け取ると、鼻をピクピクさせて口を開いた。

「優秀なるアドラスヘルム王国の淑女たちよ……入学、誠におめでとう」

(声がダンディ……まさかのイケボ)

「私がアドラスヘルム王国女学院の学院長、ジェイムス・ド・ラ・マディソンである。最初に断っておくが、私がウサギである理由は蒐集家デモンズが造った、この城全体と大いに関係がある」

 新入生全員がイケボなウサギの言葉にざわつく。

「未知への探索は大変素晴らしいことだ。しかし、時に代償が高くつくこともある」

 ウサギ学院長が視線を学院生に飛ばした。

 皆が息をのんだ。

「私は二十年前、このとりでの調査をしていた際に魔道具で身体からだを作り変えられてしまった。いらぬ好奇心が時に危険を伴うこともある……。現在は安全であるが、私が知らぬ仕掛けがまだ城に残っているかもしれない。女学院で暮らすからには、この教訓を常に胸の中に置いておきたまえ。よろしいかな?」

(魔道具……呪われたのかな? 可愛いからいいと思うけど、本人は大変そうだね)

 学院長の話は十五分ほどで終了した。

「では、スター徽章を配布します! 各自、速やかに装着してください!」

(そういえばスター徽章って何の意味があるんだっけ?)

 魔法科の四年生がトレーに置かれた徽章を運び、ミーリアの前に差し出した。

うわさのドラゴンスレイヤーさん。あなたも1つ取って?」

 優しい笑顔の上級生がさらに前へ出したので、ミーリアは細い指で徽章を取り、胸につけた。

 ミーリアの胸には龍撃章ドラゴンスレイヤーと、スター徽章が2つ輝いている。

 上級生の胸にはスター徽章が5つついていた。

「あなたがアクアソフィアに選ばれることを祈っているわ」

 四年生はそれだけ言って、次の新入生へとトレーを差し出した。

「え? あの……」

(あの人のリボンは水色……なるほど……アクアソフィアクラスなんだね)

 ミーリアはどうやら自分が歓迎されていると知り、うれしい気持ちになった。

 隣にいる銀髪ツインテールの新入生はミーリアの胸についた勲章と徽章へ一瞬だけ視線を向け、眉を寄せた。不機嫌そうな表情だ。

「それでは最後にクラス分けを行います! これから全員に夢見る種を配付いたします!」

 司会進行の工業科教師が大きな声で言うと、ホール内がざわついた。

 全学院生がこのクラス分けに一番注目している証拠であった。

 蒐集家デモンズが残した四つの塔がある。その塔の屋根の色になぞらえて命名されたクラスに新入生は割り振られるのだ。

(鉢植え? これから育てるのかな?)

 先ほどトレーを持っていた上級生の優しそうなお姉さんが、片手で持てるほどの小さな鉢植えを配っている。

「今一度確認をしておきましょう! がローズマリア、三日月花がクレセントムーン、しらがホワイトラグーン、ラベンダーがアクアソフィアです! どの花が咲くか──手にとって三分間祈りをささげてください!」

(祈り? 祈りを捧げると花が咲くの??)

 夢見る種は蒐集家デモンズが作り出した合成魔法植物である。

 駐在する騎士を塔に割り振る際にデモンズが使っていた代物で、性格やこうの傾向によって四種類の花が咲く奇怪な一品であった。また、この手順を踏まないと、寮塔の内部に入ることができないという魔法工学の仕掛けも施されている。

 塔は「赤」「黄」「白」「水色」の四種類。

 薔薇/赤/ローズマリア

 三日月花/黄/クレセントムーン

 白百合/白/ホワイトラグーン

 ラベンダー/水色/アクアソフィア

 となる。

(みんな祈り始めてるよ!)

 隣を見れば、銀髪ツインテールの女子が鉢植えを抱いて真剣に祈っている。

 周囲を見渡せば、あたふたしているのは自分だけだった。

(私もやろう)

 ミーリアも鉢植えを抱き、祈り始めた。

 しんと静まり返るレインボーキャッスル中央ホール。

 神聖な儀式を見守るように、天井の魔法ガラスから様々な色合いの光が少女たちの頭上に降り注いでいる。

 教師や上級生も、かたをのんで見守っていた。

 ミーリアの持っている小さな鉢植えが震えだした。

 目を開けると、土から茎がにょきにょき生えてくる。ほどなくして先端がつぼみになった。

 非科学的な現象にミーリアが両目を見開くと、ポン、と音を立てて花が咲いた。

(水色のラベンダー! お姉ちゃんと一緒のアクアソフィア!)

 よし、と心の中でガッツポーズを作る。

 しかし、喜びも一瞬であった。

 ポンと咲いたアクアソフィアが不穏な振動を始め、強風にあおられた風車のように回転した。花が強烈なヘッドバンギングを開始する異常事態だ。

 あまりの不気味な動きにミーリアは顔が引きつった。

(ひいいいいいいぃぃいぃっ! ラベンダーがご乱心してるっ?!)

 両目をかっ開いてラベンダーを見つめることしかできない。

(どどどど、どうしたら! このままじゃ入学できないとかある?!)

 入学式で入学拒否されたらたまらない。

 ミーリアは顔を上げて周囲を見回すが、まだ他の新入生は鉢植えに祈りを捧げている。教師も上級生もこちらには気づかない。

(魔法! 魔法で止めるしか──ッ!)

 魔力を練ろうとした瞬間であった。

 ご乱心ヘッドバンギングをしていた水色のラベンダーがぴたりと動きを止め、ドン、という射出音のようなものを響かせて約千本に増殖した。

「ひぎゃあ」

 あまりの衝撃にミーリアは背もたれを支点にひっくり返り、一回転して後ろの席へどさりと落ちた。不幸中の幸いか、後ろの席には誰も座っておらず、鉢植えはどうにか手放さずに済んだ。

(いたたたた……って、何が起きたの?!)

 地面に尻餅をついた状態で前を見れば、もっさりと成長したアクアソフィアが視界に飛び込んだ。小さな鉢植えに、両手で抱えるほどの花々がアンバランスに生えている。

(花がアフロヘアーみたいになってる件)

 意味不明すぎて思考停止しそうだ。

(周囲の視線をビシバシ感じるんだけど……)

 尻餅をついて鉢植えを腹の上に抱えたままちらりと視線を横へ向けると、隣に座っていた銀髪少女が目を見開いていた。何それ、という顔つきだ。

(ああああっ、あの顔は絶対あきれてる顔だよ)

 どうにかばんかいしようとぎこちない笑みを浮かべてみるも、銀髪少女はそのまま目をらした。

(つらみぃ! つらみマシマシラーメン麵バリ硬ぁっ!)

 思わず泣きたい気分になるミーリア。

「何事ですか?!」

 近くにいた女性教員が、カツカツとヒールを鳴らしてすごい勢いで近づいてきた。

 ミーリアは恐る恐る顔を上げ、女性教員を見上げた。

(見るからに怖そうな人……これはまずそう……!)

 女性教員は漆黒のローブを身に着け、見事なわしばなが突き出ており、その上で鋭い瞳がけいけいと光っていた。年齢は四十代。髪は真っ黒であるのに肌が青白く、こうかつな魔女をほう彿ふつとさせた。全身黒くめであるのに、赤いスカーフを巻いている。

 ミーリアは鉢植えを持ったまま起き上がり、元の場所へ着席した。

「……あー、あのぉ……なんか種が壊れちゃってるっていうか……花がおかしくなっちゃったというか……アハハ~……」

 絵に描いたようにしどろもどろな言い方をするミーリアを見て、女性教員が凍りつくような冷たい視線を向けた。

「……なんですかコレは?」

「知りません! 私は無実です! 祈ったらこうなりました!」

 ホール内の全学院生が視線を集中させる。ただでさえドラゴンスレイヤーであるせいで注目を浴びているのだ。ミーリアはこれ以上なく目立ちまくっていた。

 女性教員がしげしげとアフロヘアー状態になったアクアソフィアを検分し、ギロリとミーリアをにらむ。そして左胸に輝く龍撃章ドラゴンスレイヤーを見つけ、ゆっくりとうなずいた。

「あなたが噂の新入生……。入学式から問題を起こすとは指導が必要ですね。祈りの際、魔法を使ったでしょう?」

「え? 使ってませんけど……」

「夢見る種は薔薇、三日月花、白百合、ラベンダーのいずれかが一輪だけ咲く合成魔法植物です。このように大量に花が咲くことはありません。よって、あなたが魔法を使ったことになります。白状なさい」

「本当に魔法は使ってません」

(使ってないんです! このアフロは無実なんです!)

「よろしい、職員室に行きます。今すぐ立ちなさい」

 ミーリアは職員室という言葉から説教を連想して、肩をこわばらせた。

「キャロライン教授、待ちたまえ」

 そのときだった。

 半泣きになりそうであったミーリアと女性教員の間に、誰かが入ってきた。

「デモンズの日記に、夢見る種には別の仕掛けがあるとの記載がある」

(ウサちゃん学院長……!)

 まさかの学院長、ジェイムス・ド・ラ・マディソンが仲裁に入った。

 どこからどう見てもウサギである学院長からイケボが発せられ、キャロライン教授と呼ばれた女性教員も一歩下がった。

 小柄なウサちゃん学院長は身長百二十cmほどに見える。

 様子を見に集まってきた教員たちの視線が、自然と下がった。

「レディの話し合いに割り込んですまないね。夢見る種は合成魔法植物であり、祈りを捧げた人物の趣味嗜好・思考形態を魔力の波長から分析し、四種類の花を咲かせると言われている」

「存じております」

 キャロライン教授が低い声で渋々首肯した。

「そして、もう一つの役割がある。知っているかね?」

「それは……わかりかねます」

「魔力測定器の役割だ」

 ぱちりと指を鳴らす学院長。ウサギの手で器用なものだ。

「魔力測定器……それはどういうことでしょうか?」

 キャロライン教授がいぶかしげに目を細めた。

「単純なことさ」

 学院長がまぶたを開閉させて、ミーリアを見つめた。

「膨大な魔力保有者に限り──花束になる。蒐集家デモンズらしい遊び心のある一品だな」

 学院長が周囲を見上げ、見回し、鼻をひくつかせた。

(私の魔力が多いからこんなことになったのか……蒐集家デモンズって人、自重してほしい……)

 もっさりと生えたアクアソフィアを見てミーリアはため息をついた。

 えんざいが晴れてあんした。

「君は期待の新入生、というわけだ」

 学院長がもふっとした手でミーリアの肩をたたき、ウサギスマイルを浮かべた。

「ありがとうございます」

(きゃわいい……)

 ミーリアも笑顔になる。

 それに水を差したのはキャロライン教授であった。

「学院長。故意でないにしろミーリア・ド・ラ・アトウッドは神聖なる入学式を騒がせております。スター徽章を1つ没収でいいのではありませんか?」

 彼女は何の恨みがあるのか、ミーリアのフルネームを記憶しており、許すまじと眼光を鋭くさせている。

(私、何かしちゃったっけ……?)

 いわれのない敵意を向けられ、肩を落とすミーリア。

「キャロライン教授。故意でないなら罰則はない。この件は終了だ」

「……承知しました」

 学院長の迅速な対応にミーリアは安堵した。

 スター徽章にどんな価値があるのか知らないが、せっかくもらったものだ。こんなアクシデントで没収されたくない。

 ウサ耳をぴくりと動かし、学院長が口を開いた。

「ではミーリア嬢、クラス分けが終わったら学院長室へ来なさい。必ずだ」

「……私が、学院長の部屋に、ですか?」

「いかにも。いいね」

「はい。わかりました」

 入学初日にして学院長に呼び出しを受けてしまった。

 周囲からはひそひそと話す声が聞こえてくる。

 隣の銀髪女子は悔しそうにまだ何も咲いていない自分の鉢植えを睨んでいた。

(ううっ……私のせいじゃないのに目をつけられてしまった……クロエお姉ちゃんにまた心配されちゃう……)

 クロエは今まさに時限爆弾式の金貨二千枚を受け取って「ミーリアッ!」と叫んでいた。

 ある意味シンクロしている。

「未来有望なレディ諸君! 話はおしまいだ! さあ、己がどのクラスになるのか、今一度鉢植えへ祈りを捧げたまえ!」

 学院長の声がホールにこだまし、新入生の少女たちは手に持っている鉢植えに意識を戻した。

「ではミーリア嬢、また後ほど会おう」

「次に問題を起こしたら許しません」

 学院長、魔女っぽいキャロライン教授が背を向け、離れていく。

 ミーリアは入学早々悪目立ちして頭を抱えたくなったが、クロエと同じアクアソフィアクラスになれたことをまずは喜ぼうと前向きに考えた。


           ~続きは書籍でお楽しみください!~

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