第六章


 「よかったな」


 主役たちとの挨拶を終え離れてから、ふいに樹が口にした。

 何のことかは聞かなくともわかって。


「うん」


 奏斗は遠くに視線を送った。


 人の輪の中心で笑う幸せそうな花嫁と新郎。

 幸せを絵にしたような、そんな光景。

 温かさと愛に満ちた空間。


「ちゃんと笑えてたじゃん」


 もうふっきれたのか? と聞かれ奏斗はうーんと唸った。


「まだ、かな」

「え、いや、だってさっき……」


 意味がわからないといった顔をする樹がおもしろくて、奏斗はふはっと吹き出した。


「まあでも、今までよりは平気になったから、ふっきれたって言ってもいいのかな」


 こうして新郎新婦のニ人が笑い合うのを見ていても、悔しいなとは思うけれど苦しくはならなくなった。


「素直に幸せを喜べるよ」


 変われたんだなあと実感する。

 朝家にいた時からは信じられないだろうなというくらいスッキリしていた。


「買ったあのブーケだけどさ、本当は渡せないなーって思ってたんだよね」

「はあ? なんで?」


 ぐーんと伸びをしながらそう言えば、樹が訝しげに眉を上げた。


「店員さんがさ、最後に花言葉教えてくれたんだよね」


“幸福”と“願い続ける”


 どちらも結婚式にぴったりだと思うけれど。


「なんか、幸福を願い続けるっていう意味みたいに感じちゃって……じゃあ僕に渡す権利ないなぁ、みたいな」


 大切な日に嘘をつくなんて失礼だろう。

 純粋に幸せを願えるなんて思えなかったし。


「でも渡せたよ」


 ちゃんと。心から願えた。

 自分じゃなくても、彼女が幸せならいいって。

 幸せになってほしいって。


 それも全部、樹のおかげだ。


「ありがと、樹」


 連れ出してくれたから。励ましてくれたから。

 奏斗がどうしたいかを優先して、相談にのってくれたから。

 だから前へ進めた。


「いつもありがとね、樹!」


 振り返ってえへへと笑えば、樹は目を丸くして。


「……別に、俺はなにもしてねぇし」


 ふいと顔をそらした。


「そんなことないって! 樹がいなかったらここに来てなかったし、無理にわすれなくても良いって言ってくれたおかげで立ち直れたし、それに……ふぐっ!」

「あーうるさいな、黙れ」


 突然手で口を塞がれ奏斗は目を白黒させる。


「はにすふんだほ!」


 樹の手の下でもごもごと文句を言う奏斗の傍で、ふはっと樹が笑った。


「はは、すっげぇバカ面」


 ぷはっとやっとの事で手をはがし奏斗は軽く睨んだ。


「ひっど! 何だよそれ!」

「はいはい」


 今度は乱暴に髪をかき混ぜられる。


 こいつ……完全に遊んでるな。


 やめろーともがけば不意に力が弱まって。


「……やっぱお前はうじうじ悩んでるより笑ってた方がいいな」


 え? と顔を上げ目の前の瞳を見る。

 その瞳はいつもと変わらず、優しさで満ちていた。


「お前は笑ってろ、奏斗!」


 ニイッと頬を上げた、無邪気な笑顔。

 胸がポカポカしてきて奏斗もつられて笑った。


「……うんっ!」









 いつか、また恋をすると思う。



 今の恋から次の恋へ。

 時は流れていくものだから。



 不安なことも嫌なことも。

 苦しいことだってある。



 でもきっと、もう大丈夫。



 だって僕には最高の親友がいるから。

 支えてくれる大切な存在がいるから。





 そっと幸せを願う。




 届けよう。



 君の幸せと僕の想いを込めた花束を。





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幸せと想いの花束を 詠月 @Yozuki01

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