第五章


 奏斗たちが外に出た時には挨拶などはすでに終わり、参加者たちと主役のニ人が談笑している最中だった。


「おめでとー! 幸せになるんだよ」

「ありがとう、もちろんよ。次はあなたの番だからね」


 友人なのであろう人物と美玲が手を繋いでいる。その姿を、隣で新郎は微笑ましそうに見守っていた。


 穏やかな空間。


 もう一度奏斗は深呼吸をした。

 樹の心配気な視線が頬に刺さるのを感じて目を開け、大丈夫という意味を込めて微笑む。


 大丈夫。

 さっきまで苦しかったのが嘘のように、素直にニ人を見ることができている。

 少なくとも取り乱しはしないだろう。


「奏斗! やっと来たの」


 波瑠が気づき、こっちに来なさいと手招きする。


「挨拶しに行くわよ。あなたたち透さんとは初対面でしょ? ちゃんとするのよ」


 そう言って、挨拶を待つ列にさっさとニ人を引き込んだ。


「何してたのよ?」


 じろっと睨まれて奏斗は内心焦る。

 失恋に泣いてましたなんて実の親に向かって言えるわけがない。


「えっと……教会の中の探検?」


 何とか捻り出した答えに波瑠が目を丸くした。


「探検って……あなたたち高校生にもなってそんなことしてたの?」

「樹もそんなことするなんて珍しいわね」

「……俺はそんなことしてねぇ……」


 波瑠と真理子に樹が静かに反抗している。

 思わずふはっと笑ってしまって睨まれたけれど。

 ごめん樹、と奏斗は心の中で謝った。


「あ、ほら、順番来たわよ」


 波瑠の言葉に奏斗はドキッとした。

 話していた前の人たちが退いて、今日の主役ニ人の視界に奏斗たちが映る。


「おめでとう美玲ちゃん! もー綺麗ねぇ、似合ってるわよ!」

「おめでとう! もうこんなに立派なって……お幸せにね!」


 母ニ人が物凄い勢いで飛び出していった。涙ぐみながらお祝いの言葉を口にしている。

 そんなニ人に美玲は可笑しそうに笑っていた。


「波瑠さん真理子さん! お久しぶりです、今日は来てくださってありがとうございます」


 それと、と少し後ろにいる奏斗たちを見て。


「奏斗くんと樹くんも。来てくれたのね、嬉しいわ」


 ふわりと微笑まれる。

 奏斗は咄嗟に返事をすることができなかった。


「久しぶりっす。おめでとうございます」

「ありがとう。樹くん大きくなったわね」

「あーまあ、中学の時と比べればそうっすね」

「そっか。もう会ったのはそんな前になるんだね。奏斗くんは最後はニ年前かな」


 美玲が樹から奏斗に視線を送る。


「……そうですね」


 彼女が身に纏う純白のドレスが太陽の光を浴びて眩しかった。


「お久しぶりです、美玲さん」


 奏斗はどうにか笑みを浮かべる。

 ニ年前、で思い出すのは忘れもしないあの時だ。





『美玲さん、好きなタイプとかないんですか?』


 母に付いて行った彼女の実家。

 少し離れたキッチンにいる母親ニ人には聞こえないように口にした奏斗の問いに、美玲は目を丸くした。


『どうしたの? 急に』


 珍しいね、なんて言われて。


『別に理由はないんですけど……なんとなく』


 奏斗はそう誤魔化した。


『うーん、そうだなぁ……優しい人かな』


 彼女の答えに、そのくらいならと奏斗は心の中でガッツポーズをして。


『あ、年上と年下の人は考えてないかも』


 次に届いた言葉に固まった。


『え……?』

『同い年の人がいいんだ。ほら、将来置いていかれちゃうの嫌だし、置いていくのも嫌だから』


 それにね、と彼女は僅かに頬を染める。


『今の彼が一番、かな』


 その瞬間、奏斗はあっさりと失恋した。


『……そうなんですか。恋人、いるんですね』

『うん、とってもいい人よ!』


 奏斗くんも好い人見つけた方が良いわよって。


 皮肉だなと奏斗は思った。


 今失恋したしたばかりですよ。


 決して口にはできない言葉を奏斗は呑み込んで。


 ……諦めよう。


 叶わない想いだから。忘れよう。

 距離を置こう。


 その後すぐに彼女が一人暮らしをすると聞いて、奏斗は安心した。

 これで会う機会も少なくなる。

 この想いの整理をつけられる。

 忘れるために。消すために。


 だから、もう――





 ――もう君には二度と会うことはない。




 そう思ってたのにな、と奏斗は苦笑した。


 まだ完全には割り切れていないけど。

 想いも捨てきれていないけれど。


「美玲さん」


 好きだから。

 好きだからこそ。


「ご結婚、おめでとうございます」


 笑っていてほしい。


 奏斗は手に持っていたブーケを差し出した。


 無理矢理じゃない。心からの笑顔で。


「とってもお似合いです。これからもお幸せに!」


 奏斗は笑った。

 白い幸福の花は、ドレスと同じくらい彼女にとても似合っていて。


 輝いて見えて。


「ありがとう、奏斗くん!」


 彼女もとびっきりの笑顔を見せてくれた。






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