第10話 ひと月遅れのバースデイ

 六月。

 早い学生は、もう内定が出るころ。出遅れた秀人の就活が、うまく進むわけがない。

 特に進展もなく、七月が終わり、八月に。

 佐喜の誕生日が、きてしまった。


 サキ、どうしてんのかなあ。

 就活、してるよなあ。

 国文だと、どういうところを狙うのか。もしかして、国語の教師とか。まじめなサキなら先生向きかも。

 一緒に誕生祝い、するはずだったのになあ。

 

 ぼーっとしている間に、夏休みも終わった。


 九月。

 秀人の就職先は、まだ決まらない。

 残暑が厳しいキャンパスを、リクルートスーツ姿で歩く。熱くなって、上着は脱いだ。ふらふら歩いていると、視界に、見知った顔が。


 あれ?

 秀人は、目を見開いた。

 佐喜、みたいだけど。

 髪をオールバックにして、なんか男っぽい。

 白いTシャツから覗く腕には、しっかり筋肉がついて、スリムだけど、がりがりじゃない、立派な細マッチョ。


 佐喜も、秀人に気づいた。

 二人は、無言で向き合った。

 秀人は焦った。

 

 佐喜、ごめん。ちゃんと、あやまりたかったんだ。

 許してくれなんて、図々しいよね。


 声が出ない。

 いろんな言葉が頭の中でぐるぐるするだけで、何も出てこない。

 佐喜が、無言で通り過ぎようとする。

「うっ」

 秀人は、こみあげる涙を、抑えられなかった。

 振り返った佐喜が、秀人の袖をひっぱり、木陰のベンチに連れていく。

 涙と鼻水が止まらない。差し出されたタオルハンカチで、涙をぬぐった。

「はい」

 次に佐喜が渡したのは、買ってきたばかりなのか、冷えたプロテインドリンク。

「ありがと」

 涙声で、それだけ言うのが、やっとだった。


 佐喜も、同じものを呑み始める。

 並んで座ると、佐喜の腕の筋肉が、いやでも目に入る。以前は、ただ細くて頼りない腕だったのに、きっちり筋肉がついて、いい感じ。

「佐喜。なんか、変わったね」

「そうかな」

 まぶしそうに秀人を見る。

「シュウ。やっぱり、シャツが似合うね」

「そう?」

 前にも、言われたことがある。クリスマスに、シャツをプレゼントされたとき。

 秀人の胸が、また痛む。

 クリスマスにも、佐喜に、ひどい態度をとった。


 この時期に、Tシャツ姿、ということは、もう就職が決まったのだろうか。聞いてみると、

「僕、院に進むから。就活は無し」

「そうなんだ。あ、絵葉書、ありがと。嬉しかった」

「うん」

 どんなに自分がバカだったか、あのハガキで思い知った、とは言えなかった。

「京都失恋旅行。どこへ行っても、シュウを思い出して、めそめそしてた」

「ごめん」

 これだけじゃ済まない。ちゃんと謝罪しなければ。

 なのに、出てきた言葉は。


「あの。あのさ。鍛えてるの?」

 プロテインドリンクも、日常的に飲んでいるのだろうか。

「うん。いつまでもめそめそしてても、と思って。試しに、筋トレやってみた」

 食が細い、たくさん食べれない、と佐喜は言っていたが。一日五食など、回数増やすといいと検索で調べたという。

「ふうん」

「自宅でできる筋トレとか。三か月は続けろって。その通りにしてたら、ちゃんと筋肉がついて。面白くて、やめられなくなっちゃった」


 初秋の風が、頭上の枝を揺らす。

「彼氏とは、うまくいってるの?」

 突然の、質問。

 彼氏。

 カイジのことだ、と、気づくまで、少しかかった。

「捨てられた」

 苦笑いで、応える。

「えっ」

「つーか、あっちは初めから、遊びだった。三か月で飽きたって」

「そんな」

 佐喜の声に、怒りがにじんでいる。

 はっきり言ってしまって、秀人は、胸がすっきりした。


「三か月で飽きた? 信じらんない」

 佐喜は、本気で怒ってくれている。

 こんな自分のために。

 秀人は、また泣けてきた、佐喜が怒ってくれたのがうれしくて。自分のバカさ加減が、なさけなくて。

 通り過ぎる人には、自分たちはどう見えるのだろう。就活がうまくいかない学生と、それを慰める友人、とか。


「ごめん、サキ。ちゃんと謝りたいって、ずっと思ってた」

「うん」

 秀人は、佐喜のタオルハンカチを、にぎりしめた。

「ぐちゃぐちゃになっちゃった。洗って返すよ」

「いいよ、返さなくて」

「ドリンクまでもらって。ほんと、ごめん」

「謝ってばっかだな」

「許してはもらいたいなんて、虫がよすぎるよね。僕のこと、怒ってるよね」

 佐喜は、横に首を振った。

「悲しかっただけ。ずっと好きで、やっと両想いになれたと浮かれて。それが夢だったって、思い知って」

「本当に、ごめん」


「誕生日、過ぎちゃったけど」

 佐喜は、話題を変えた。

「ひと月遅れで、祝いたいんだ。シュウ、つきあってよ」

「僕で、いいの」

 佐喜のバースデーを一緒に祝う資格があるのか。

「うん。シュウに、祝ってほしい」

 いつでもいいよ、と言われたが、早くふたりきりになりたくて。その日のうちに、佐喜の部屋へ。

 半年ぶりの、部屋。

 恋じゃない、とか、うっとうしいとか。

 佐喜を悲しませた自分に、腹が立つ。

 やりなおしたい、と秀人は、強く願った。


「俺、やっぱりシュウが好きだ。誰ともつきあってないなら、もう一度、チャンスをくれない?」

 夢のようだった。

「サキ!」

 秀人は、佐喜に抱きついた。

 なつかしい、ぬくもり。

 佐喜の唇が近づいてくる。

 涙と共に、秀人は、佐喜にキスした。


 布団の上で、二人は固く抱き合う。

 半年ぶりに触れる佐喜の胸は、しっかり筋肉がついていて、あの頃とは、まるで感触が違う。

「すごいね。半年で、こんなになるの」

 愛し気に胸を撫でると。

「もしかして。またシュウと、こうなれたら。もやしのままじゃいたくないと思って」

「えーっ」

 佐喜も、復縁を願っていてくれたんだ。

 嬉しくて、まだ涙が出そうだ。


「ごめんね。僕、はじめてじゃない」

「いいよ、そんなこと。シュウが、ここにいるだけで嬉しい」

 スキンを出してくる、佐喜。

「恥ずかしいよね、ずっと前から用意してたんだ」

「そんなことないよ。嬉しいよ」


 さほど痛くはなかった。

 カイジに慣らされたからだ。

 はじめから、佐喜に、あげればよかった。後悔しても遅いけど。

 これからは、僕はサキだけの、ものだから。

 静かに高まっていった佐喜の呼吸が荒くなり、

「あっ」

 背中の上で、歓びの声を漏らす。

 身も心も満たされて、秀人は幸せた。


 二十歳でみつけた、佐喜との恋。遅くなったけど、二十一歳の今、その大切さを、秀人は、かみしめる。


<了>

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二十歳の恋~このまま君と歩いていけたら チェシャ猫亭 @bianco3

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