第9話 短い間だったけど
ついに、佐喜に言ってしまった。終わりにしようと。
秀人が、別の誰かとつきあっていることを、知ったばかり。キスマークを見つけて、動かぬ証拠を目にして。心の整理なんて、つくはずがない。
「終わり?」
涙をぽろぽろこぼしながら、苦しそうな声で言う佐喜。
「うん」
その方がいい、と秀人はつづけた。
こんないい加減なヤツのこと、忘れてくれ、と。
こうして、佐喜との仲は、終わりを告げた。
秀人は、心苦しい反面、ほっとしている。一途に思われるような、そんな資格のある自分ではないからだ。
さんざん嘘をついて、カイジと会い、佐喜を遠ざけた。心から思ってくれていたのに。クリスマスや京都旅行。大好きな人とのイベントを、心待ちにしていた佐喜を、裏切っていたのだ、ずっと。
でも、これで堂々とカイジさんと、つきあえる。
その後も数回、カイジの部屋に行き、やりたいだけ、やった。
が、異変が起きた。カイジと連絡がとれなくなったのだ。
何があったんだ。
秀人は不安になり、アポも取らずに、部屋に行ってみた。平日の午後。カイジのジムの仕事は休みのはずだった。
インターホンを押すと、
「はあい」
ドアが開き、若い男が顔を出した。
目の大きい、かわいい男の子。
秀人は、いやな予感がした。
「カイジは、コンビニに行ってる。すぐ戻るよ」
この子とカイジがどんな関係か、想像はついた。逃げたくなったが、とりあえず待つことにした。
数分して、カイジは戻り、
「なんだ、来てたのか」
冷たい目で、秀人を見た。
「悪いけどさあ。飽きたんだよ、おまえには」
ショックで、声が出なかった。
「三か月、つきあっただろ。大体、そのへんで飽きちゃうんだよなあ」
悪びれた様子もなく、カイジは言う。
たった三か月で、飽きられた。そして、この子が次の相手。秀人は、言葉を失った。
「おまえだって遊んでただろ。キスマークつけてきたりしてさ」
冷たい目で、カイジが秀人を見る。
キスマーク?
覚えがない。でも、佐喜が言っていた。僕のしるしをシュウにつけたくて、と。
そのしるしをつけたまま、カイジと会っていたのか。うかつといえば、うかつだったが。キスマークがどうやったらつくか、なんて、思ったこともなくて。
「あ、三人でやる? だったら、いてもいいぜ」
カイジの口から、とんでもない言葉が出た。
「楽しそう」
見知らぬ子の、くすくす笑い。
秀人は、部屋を飛び出した。
バカだ。
なんてバカだったんだ。
カイジの恋人気どりでいた自分の愚かさに、腹がたつ。
恋なんかじゃなかった。たたの遊び。ヤリモクだったんだ。
カイジは、好きだなんて、一言も言わなかった。かわいいとか、気持ちいいとか、は言ったが。
勝手に自分が、恋をしている気になっていただけだ。佐喜の気持ちをふみにじり傷つけて。
佐喜は、どんな気持ちで、キスしたんだろう。あざがつくまで、何度も首筋に。
一緒にいても、気もそぞろ、自分を見つめてくれない恋人。
一人でいるよりも、二人でいる方が、ずっとずっと寂しかった。
そんなことを、言わせてしまった。
サキは、僕だけを思っていてくれたのに。
こっちは、自分を好きなら手を出したっていい、佐喜も嬉しいだろうと、勝手に決めつけて。
性欲を満たすためだけに、突っ走ってしまった。
やせすぎてて物足りない、マッチョに抱かれたい、なんて。これが義兄さんだったら、カイジさんだったらと、佐喜を抱きしめながら、別の男のことを考えていた。
佐喜に謝りたかった。でも、どのツラ下げて?
ごめん。ごめんね、サキ。
三月末の、ある日。
秀人が帰宅すると、ポストに絵葉書が入っていた。
夕日に染まる五重の塔。
ドキッとして裏返すと、
シュウ
このまま君と歩いていけたら、
どんなにいいだろうと思ってた。
でも、やっぱり夢だった、仕方ないね。
短い間だったけど、幸せを、ありがとう。
天気でね
京都にて サキ
佐喜からの絵葉書。
ていねいな楷書で書かれている。几帳面な佐喜らしい文字。
ひとりで、京都に行ったんだ。
二十日過ぎなら、いつでもいいから、日程を決めて、と、佐喜にすべてを押し付けた、気乗りのしなかった京都行き。
秀人は、しばらくポストの前から動けなかった。
サキ、ごめん。僕が、バカだった。
肉欲に目がくらんで、取り返しのつかないことを。
自分だけを、みつめてくれた佐喜、高校時代から、高一の時から、ひそかな思いを温め続けてくれていた。やっとの思いで告白してくれたのに。
急がないよ、と言った佐喜を、無理に抱いてしまった。
四月。
秀人は、大学三年になり、すぐに誕生日がきて、二十一歳になった。
佐喜と祝うはずだった、誕生日。それを秀人は、ひとりで、迎えた。特に何をする気にも、なれなかった。
現実を見つめなければいけない時が、来ていた。
就職活動。あまりに遅すぎるが、始めなければならない。迷ってばかりの二十歳は、終わった。
紺のリクルートスーツ、ワイシャツ、無難なネクタイ。それらを身に着けて鏡を覗く秀人の顔色は、さえなかった。
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