海東郷の五郎
――翌四日。
五郎は再び甘縄の館に向かった。
そこで肥前国の中野藤二郎という御家人と出会った。
「もしや昨日上訴された竹崎郷の五郎殿ですかな?」
「その通りです。方々の奉行に申し上げましたが取り次いでもらえず。安達様に直に訴えました」
二、三会話をしたら手際よく、面談する場を設けた。
「実は昨日、この御内でしかるべき人々が集まる中で泰清様があなたの上訴の内容を話してくださいました」
中野藤二郎はそう切り出した。
その玉村泰清という男は泰盛の従者のことだ。
彼は昨日の面談の間で後ろで話を聞いていた。
そして恩賞奉行所の会議にも参加していた。
「先懸をしたことを確認して、ウソを言っていたら軍功を取り下げて首を刎ねよという、奇異な剛者だったと玉村様は言われてました。彼ならば<帝国>が再び来たときは駆けつけるだろう、ともおっしゃってましたな」
「それは武士の誉れありがたい事です。ところで将軍様には勲功は伝わりましたでしょうか?」
「いえ、未だに将軍様には伝わっていませんが、あなたの活躍を聞いていると筑紫国の人々が懐かしく思いました。たぶんですが恩賞もきっと出るでしょう」
「恩賞ですか、それはありがたいのですがそれよりも将軍様に武功が伝わることが望み。重ねてお伝え願いますよう申し上げます」
「なるほど、確かに奇異の剛者ですね。私の方からも伝わるように助力しましょう」
「それはありがたい事です」
「代わりといっては何ですが、よければたまに会って九国について教えてくれませんか」
「なるほど、土産話で宜しければいくらでも話しましょう」
その後、面会も終わり五郎は、安達邸を後にした。
五郎はこの中野藤二郎と度々会って話すようになった。
十一月一日。
早朝、五郎はいつもの様に八幡宮に参拝をした。
その帰りに玉村「馬太郎」泰清の使者が訪れたので一緒に安達邸に向かった。
中野が話していた安達泰盛の右腕の男だ。
「本日は御招きいただきありがとうございます」
泰清は「よくぞ参られた。ささこちらに腰をかけなさい」という。
「さて、五郎殿。将軍様は戦争の恩賞として領地の拝領を下されると仰せになりました」
五郎は事前に藤二郎に聞かされていたので驚きはしなかった。
「ありがたき幸せにございます。この御恩は子々孫々忘れぬよう誓い、有事に際しては必ずや駆けつけましょう」
「本来は直接手渡すことはないのだが、沙汰である。ここに参られよ」
そう言われて「ははっ」と言い泰清に近づく。
そして直接下文をもらう。
「さて、このまま帰国されるか?」と泰清がきく。
五郎は少し考えた。
このまま帰国すると言えば恩賞をもらうために上訴したと思われる。
そうではないと言うべきだろう。
「申し上げます。先懸を将軍様に聞き入れてもらい、恩賞を得られることができましたのなら、昼夜問わず急いで帰国し次の戦に備えましょう。そうでなければ恩賞よりも先懸の事を少弐様にお尋ねして頂き、将軍様に伝えていただきますように申し上げます」
「はははは、本当に『奇異の剛者』ですな。安心してください、将軍様には季長殿の先懸の功はお伝えしました。その時に御下文を直接渡すようにわたくしが仰せつかったのです。いま百二十名ほどの恩賞状が大宰府から出されます。しかし先ほども言ったように直接渡すのは貴方だけです」
五郎はほっとした。
「それでしたら、それでしたら――すぐにでも帰国して重ねて忠義を尽くしましょう」
五郎はそう答えた。
「それから御屋形様が五郎殿に馬と具足を与えたいと言っているが、どうでしょう」
「……!?」
百名以上の武功者たちの中で唯一直接渡すという例外、さらに恩賞は増えないだろうと思っていたら所領を与えられるという例外、しまいには――しまいには名馬と具足もいただけるという例外。
五郎はあまりにも厚く遇してもらえたことに感極まって、ついに何も返答せずに畏まってしまう。
泰清は少し驚いたが、忠義に厚い男とわかっていたので何も言わずに時を待つことにした。
午後遅く、泰清は黒栗毛の馬を引き渡した。
「この馬はですね。いい馬なのですよ。それでですね。性格についてはですね」
しかしせっかく頂くのだから真剣に聞き続ける。
「――ですのでね。週に一度はですね。遠出をしないとね。機嫌が悪くなりますね。それからですね。満月の夜はですね――」
そろそろ覚えきれない。
しかし、無下にするわけにもいかない。
五郎は早く説明が終わらないかと願い始めた。
「おお、左枝五郎の洗礼を受けておるか!」
日が暮れようという時に安達泰盛が見に来てくれた。
もう一人、知らない若者を連れている。
「――っは!? これは安達様、この度は格別の配慮をしていただき誠にありがとうございます」
「よい、それよりワシの弟を紹介しよう。名は
「安達『弥九郎』長景といいます。五郎殿の武勇は兄から聞いています。もしよろしければ異国合戦について教えてください」
そう言って縁側に座る弥九郎。
五郎は「もちろんです」といい文永の役の見聞きした詳細を述べる。
それから手短に戦について話す五郎。
長景は熱心に語る五郎の話を聞き、所々で質問をして<帝国>の知略の恐ろしさを実感する。
「はい、私が知り得たことは以上になります」
「なるほど、よくわかりました。兄が改革に乗り出したのも頷けます」
「さて、弥九郎。もう日も落ちたことだし今日はこのへんでしまいとしよう」
「ええ、そうですね。五郎殿、今後とも将軍様に変わらぬ忠を尽くしてください」
「はい、この御恩は一生忘れません。この後も将軍様に大事があった時は、一番に先懸をします。これを今日の決意とします」
「うむ、ではその日まで領地の発展に尽くすように」
「はっ!」
五郎は合戦の勲功として肥後の国、海東郷の地頭職を得た。
――それは十一月一日 末の時である。
彼にとってそれは思いがけない事だった。
しかしこれは彼の知り得ない所で幕府が重大な問題に直面している影響からだった。
御恩に対して奉公をしない。
それは社会体制その根幹の崩壊を意味する。
この崩壊を防ぐための手段の一つが、五郎の異例の出世に繋がったのだ。
美談のように思えるかもしれないが、問題は今まさに幕府の中枢では死にかけの老人の延命治療をしていることだ。
だが皮肉にも延命措置によって鎌倉は幕末を迎えることになるのだった。
――――――――――
最後は駆け足ですがこれで蒙古襲来絵詞の上巻「文永の役」編は終わりです。
この後は領地開発しながら6年後の弘安の役に備える話になります。
ハ抜きだらけの文永の役を整理してここまで勢いで書いてきました。 通説は無視しましたがほぼ史実通りです。
問題は次の弘安の役も史料が乏しく、さらに約二か月と長丁場になります。
つまり文永の役1日の推移を1か月かけて構築したのだから弘安の役2か月分の検討に約5年を要するということです。
――ということで次回更新は約5年後になります!
冗談です。合戦二つ三つ分ぐらいなので数カ月後には再開します。
それに合わせて無理やりテンプレ成り上がりを組み入れた本作ベータ版の更新はおわりの予定です。
書いてみて思ったのが絵巻準拠かつ背景描写まですると全体的にもっさり感が出てしまいます。
これでは読んでいて飽きてきます。
ですのでよりスマートな物語にするために竹崎季長の軸におきながら全体を見直します。
ぶっちゃけ合戦描写以外は全部ナレーションで飛ばすぐらいの気持ちで行こうと思います。
最後の絵七になります。
https://33039.mitemin.net/i580611/
左から
竹崎季長
安達長景
一番奥が安達泰盛
となります。
元寇Re:Boot~ベータ版~ かくぶつ @kakubuturikyu
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