奇異の強者 五郎
1275年10月23日(健治元年十月三日)。
五郎は安達泰盛との面会の日になった。
「では行ってまいる」
「うむ、頑張るのじゃぞ」
離れを出ると今度は法眼が人を連れてきた。
「これはこれは何とか間に合いましたね」
「法眼様、如何いたしましたか?」
「いえいえ、安達殿との面会に一人では心細いでしょう。こちらの僧をわたくしの代わりに連れて行ってください」
「
「これは頼もしい限り、法眼様ありがとうございます」
そしてもう一人は――。
「おう、某も一緒についていこう」
「なんだ大進も来るのか」
「いいだろう。顔を売るまたとない機会なのだからな」
こうして三人は甘縄の安達邸へと向かった。
五郎は安達邸に着いた。
法眼の推薦状を渡すと邸宅の中へ案内された。
中には何人か面会待ちの人がいた。
「芦名判官殿、奥の客間へお越しください」
「はっ」
五郎は郎従風な二人と順番を待つ。
「竹崎季長殿、奥の客間へお越しください。中へは一人だけです」
「はっ」
五郎はついに安達泰盛と対面した。
――――――
――――
――
そして今、鳳凰のふすま絵が掲げられた豪華な客間。
そこで五郎は去年起きた合戦の出来事を包み隠さず述べた。
恩賞奉行、安達「城九郎」泰盛はそれをただじっと聞いている。
城九郎は話を聞いて、ある情景が心に宿った。
それは若かりし頃に起きた宝治合戦の頃だった。
政敵である三浦氏を滅ぼすために先懸の任を与えられたのが安達泰盛だ。
彼は手勢を率いて敵方の館を襲撃した。
だが先懸は成功しなかった。
早々に館に立て籠もり、抵抗らしい抵抗もなく、自害。
あっけなく終わったのが城九郎の合戦だ。
その後、泰盛の活躍の場は鎌倉殿内の権力争いとなった。
だから羨ましい。
目の前の五郎が先懸をして、後続の集団の勝利に多大な貢献をしたことが、羨ましくて仕方がなかった。
泰盛は思う。
そう、これこそが先懸。
武芸を極めるために鍛錬に明け暮れた武者が垣楯の影に隠れて矢を射る。
違うだろ?
大軍に対してただ一人で駆り、敵の攻撃を一身に引き受けて注意をそらす。
決して膝をつくことなく陣形を崩した後に後続の重装弓騎兵が突撃をする。
これこそが先懸だ。
「これぞ、これぞ正しく先懸だ! 誰が何といおうと先懸になる」
一緒に話を聞いていた郎従たちも驚く。
まさかそこまで言うとは思っていなかった。
安達邸がにわかに騒然となる。
五郎も驚く。
あの馬術の達人、安達泰盛が先懸を認めた!!
「あ、ありがたき幸せにございます」
深く礼を言う五郎。
「お主の先懸について必ずや将軍様に伝えることを約束しよう」
「ははぁ!」
「だが恩賞については、この書類の内容で相違ないと思う。急いで国へ帰り、重ねて忠を尽くすように」
それを聞いて五郎は思った。
幕府の怒りに触れたくない叔父とは事実上決別したも同然だ。
今さら帰る場所もない。
「我が君が確認してくださるのなら、仰せの通り帰国しましょう。しかしわたくしは無足の身です。帰る国はございません。家来になるなら考えるという方々は多くいますが、しかしわたくしは一旗揚げようと思っております。そのような考えですので支援してくれる人は国にはいません。一体どこで恩賞の沙汰を待てばいいかわかりません」
僧侶たちが動くほどだから忘れていたが、そう言えば無足人だったなと城九郎は思い出した。
「そういう事情の場合は山内殿(北条家)へとすぐに報告するように言われている。そこで戦闘については更なる詳細を聞くことになるだろう」
「はい、わかりました」
その日のうちに城九郎と山内壮に向かい役人に同じ説明をした。
五郎が帰路についた頃、安達泰盛は恩賞地の選定などの実務者たちと会合を開いた。
「今日会った竹崎季長は、恩賞は要らないと申していた。近頃では見なくなった奇異の強者であるな。しかし武功を将軍に伝えて何もなしというのは如何なものかと思う」
あの弓馬の達人である安達泰盛が「奇異の強者」と評する。
そのような人物を無足人のままとするのは実に惜しいと役人たちも思った。
「それですが、口利きをした法眼という僧侶が出した書状によりますと竹崎郷周辺で人徳の五郎と慕われている様子が書かれています」
「ほう、まことか」
「さらには竹を売って馬や弓矢をそろえる商才もあるとのことです」
「なんだと!?」
「つきましては肥後の国の地頭職を与えるのがよろしいかと存じ上げます」
「ううむ、それも一考の価値がありそうだな」
幕府にとって所領を与えるに足る人物というのは稀有だ。
例えば五郎の叔父のように与えられた所領を守ると言って奉公を怠る御家人が多い。
所領を与えるのはその領地を切り盛りして武具と兵をそろえるためだ。
それが御家人に土地を与える本来の意味だ。
しかし二代目、三代目となると武具や郎党を継承するので「御恩と奉公」ではなく「損か得か」で判断するようになる。
つまり参戦すれば領地が拡大するだろうという打算が出兵の理由になる。
それではダメだ。
命懸けで戦ったのだから領地がもらえるのではない、領地をもらったのだから命懸けで戦わなければならない。
出兵に損得勘定を持ち出す者に所領を与える理由が無いのだ。
だから地頭職というのは領地を切り盛りする「商才」と領民に慕われる「人徳」、そして御恩に対して必ず奉公するという「仁義」が重要となる。
さらに付け加えるのなら合戦でどれほど功績を上げても名誉以外欲しない「謙虚」さがあれば恩賞奉行所としては仕事が楽になる。
安達泰盛は五郎のような貧しいけれども気骨のある御家人のための新しい制度が必要だと思った。
そのためには幕府の前提を変えるような変革が必要になる。
<帝国>の脅威というのは改革の後押しになるだろう。
そう思い構想を練り始めた。
だがこの構想が諸刃の剣となることに、泰盛はまだ気づいていない。
――――――――――
ということで久しぶりの蒙古襲来絵詞の絵六
https://33039.mitemin.net/i568457/
中庭で列をなしている真ん中に白服の坊主と振り向く御家人がいます。勝手に頼承と小野大進にしました。
この辺の通説はありませんが帯刀した坊主はたぶん僧兵だと思われます。
他の絵巻には廊下の一番前の柱によりかかる青服の男に注釈として「芦名判官」と書かれていますが、絵巻として何を意味するのかよくわかりません。謎ですね。
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