20‥‥僕とサラマンダーちゃん
それからの数日を、僕は、ゆき先輩と丹代さんの三人で過ごした。
学校にもいかず、外にも出ず。
隠れるように僕たちは、この屋敷に引きこもっていた。
「うぅああああっ!!? くっやしいなんで全然勝てないの意味わかんない!!」
「仕方ないよ、丹代さん。やり込み具合が別格だもん」
「もう一回! もう一回やりましょう!」
「んふふ。あたしのリロードはレボリューションだからね」
「――はぁ!!? おかしいでしょ、なんでSRなのに連続で……!!?」
「コッキングキャンセルだよ。丹代さん」
「悔しいぃぃぃぃっ!!!」
二台のハードに、二台の液晶モニター。
それぞれを使って対戦する丹代さんとゆき先輩を少し後ろで眺めながら、僕はポテチを噛んだ。
ずっと屋敷にいても暇なので、僕たちは腐るようにゲームに没頭していた。
FPS初心者の丹代さんもだいぶ上手くなり、段々と口が悪くなってきた。
ゆき先輩はさすがというべきか、めちゃくちゃに上手くて、先輩の画面を見ていると酔いそうだ。
「なんか、こうしてると楽しいな」
「蓮もやるかい?」
「いえ、僕はもう少し休憩してます」
「そうか。ごめんよ、コントローラーがもう一つあれば、三人でやれたのに」
「んー、そうですねえ。ネットで注文します? そしたら、外に出なくてすみますし」
「うん、そうだね。注文しておこうかな」
「いえ、僕のためにそんなことしなくていいですよ。丹代さんが飽きた頃に、僕もやりますから」
「でも見てるだけじゃ楽しくないでしょ?」
「そんなことないよ。丹代さんの動き、見てておもしろし。先輩はとても勉強になるし」
「なんか含みのある言い方。ムカつくー。……あ、でもそっか。なるほどぉ、もしかしてゲームに熱中してるわたしの下着姿をうしろから眺めてるんでしょー? 玖楽くんやらしー」
「もう見慣れたからなんとも思わないよ」
「なん…………だと」
相変わらず下着姿で過ごす丹代さん。
四六時中、朝から夜まで下着姿を見ていれば、いやでも慣れてしまう。
慣れたくはなかったが。
「玖楽くん。むしろね……これだけ誘ってるのに、手を出してくれないのは男としてどうなのかなーって、思っちゃう」
「う、うん……ごめん」
「わたしより可愛い顔してるからって生意気。えいっ」
ストローでコーラを吸い上げた丹代さんは、躊躇なくそれを僕に吹きかけた。
「うわっ!? ちょっと、何するのさ丹代さん……!」
「へへ、悔しかったらやり返してみなよ女顔の童顔ロリ美少女っ!!」
「それ、ゆき先輩にもあてはまるよ……」
コントローラーを置いて逃げていく丹代さん。
ショーツで上げられた小ぶりなお尻が、部屋から出ていった。
「大丈夫かい?」
「あ、はい。シャツにコーラかかっただけですから。シミになっちゃうので、ちょっと洗ってきますね」
「いいよ、別に。また新しく買えばいいし」
「そういう積み重ねでお金が消えていくんですよ、先輩。節約できるところで節約しないと」
「ふふ、まるで主婦だね。そのうち、家計管理もきみに任せるかもしれないよ」
「それはマズイですよ。僕、頭悪いので」
立ち上がった僕は、洗面所に向かってシャツを脱いだ。
鏡に映る僕の裸体。
華奢で、色白で、髪も長くなってきた。
脇腹もだいぶ肌色が良くなってきて、痛みも退いた。
でも、少しだけ太ったかもしれない。
お腹のお肉を少しだけ摘んで、げんなりとした。
「……おっと。染み抜きしないと。取れなくなっちゃう」
でも、どうやってやるんだっけ。染み抜き。
確か乾いたタオルとか歯ブラシを使うんだっけ。
ネットで調べようにも、ここに来る途中で僕のスマホを処分したと言っていたから、調べようがない。
丹代さんにでもスマホを借りよう。
僕は新しいシャツに着替えて、丹代さんを探した。
丹代さんは、すぐに見つかった。
「――丹代さん……どうしてサラマンダーちゃんなんか被ってるの……」
「……!」
地下倉庫から上がってきた丹代さんもといサラマンダーちゃんが、僕を見て駆けてきた。
横にも縦にも大きいサラマンダーちゃんが突進してくる様子は率直に恐怖だった。
しかし、狭い廊下で躱すことも逃げることもできなかったので、僕は仕方なく手のひらを広げて受け止めた。
「――ぐふっ」
「……!」
来るとわかっていても、結構痛いな。
押し倒された衝撃にうめきながらも、抱きついてくるサラマンダーちゃんの頭を撫でた。
「丹代さん、重いから早く退いて」
「……!」
「もう、ちょっと丹代さ――」
「玖楽くん……呼んだ?」
「――…………え?」
僕の頭上から、声が降りてきた。
視線を上げてみると、艶かしい素足が映る。
その上には、きょう一日ですっかり見慣れたショーツがあって。
引き締まった腹部があって。
服を着たままではわからなかった、豊満な胸があって。
頭部には、僕の知っている丹代さんがいた。
「……丹代……さん?」
「う、うん……ねえ。玖楽くん。それ、だれ」
「………」
ごくりと、その場の誰かが生唾を呑み込んだ。
僕か。丹代さんか。あるいは、サラマンダーちゃんの中身からか。
得体の知れない恐怖が、下から駆け上がってくる。
途端に、重みが増してくる。
サラマンダーちゃんによる物理的な重みと、精神的な不可。
僕は、震える声で言った。
「だ……だれ……?」
サラマンダーちゃんの無機質な目が、僕を見た。
冷汗が、変えたばかりのシャツに張り付いた。
サラマンダーちゃんはゆっくりと僕の上から起き上がると、背中部分を弄った。
もぞもぞと、茶色の毛並みが揺れる。
数瞬後、サラマンダーちゃんが取り出したのは、一丁の拳銃だった。
警察が使ってるのと同じような。
引き金に指を入れられるように、グリップを握れるように、右手だけ中の人の指が突き出ていた。
白と黒色のネイル。
忘れるはずがない。
あの日――デパートのベンチで、僕の手の甲に突き刺した、ネイルチップだ。
「……あ、あげ……は」
僕の震える声音に反応したサラマンダーちゃんが、僕を一瞥する。
けれど、すぐに視線は丹代さんへ向かった。
右手の、拳銃とともに。
「ハロー、丹代さん。叫んだら殺す。動いても殺しまーす。部長命令。黙ってそこで見ててね~」
「……っ」
「本当は殺してやりたいけど、私のれんを汚したおまえらを殺してやりたいけど、れんの前だからやらないよ。命拾いしたね、このクソビッチども」
言って、サラマンダーちゃんの頭部を片手で脱ぎ捨て、素顔を晒したアゲハは、銃を丹代さんに向けたままその場で着ぐるみを脱ぎ捨てた。
露わになるアゲハの肢体。
丹代さんとは違って、アゲハは中に学校の制服を着ていた。
「さあ、れん。お家に帰ろう? 悪い魔女の家から、一緒に逃げよう?」
「アゲハ……」
「怖かったでしょう? 辛かったでしょう? 可哀想に、れん。まるで男の子のように扱われて……可哀想なれん」
差し出されたアゲハの手。
僕は、恐るおそるその手を握って、立ち上がった。
――瞬間、頬に彼女の手のひらが炸裂した。
デジャブ。
昔も、こんなふうに叩かれたっけ。
「心配したよ、れん」
「……ごめん」
「行こ」
「……うん」
熱を帯びた頬を抑えて、僕は頷いた。
丹代さんの歯軋りの音が、廊下に響いた。
ヤンデレに飼われた僕は、キミに溺れ堕ちる。〜さイけでリっく〜 肩メロン社長 @shionsion1226
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