短編 Sweets~スイート+S~

春野 土筆

スイーツ~スイート+S~

 チャイムが鳴り響く。

 今日の授業が全部終わったことを知らせるその鐘がなった瞬間に、それまで教室内を張り詰めていた緊張感が一気に弛緩した。

「お疲れ~礼」

 伸びをしていると、和毅が気だるそうに振り返った。どうやら本当にお疲れのようで、声にも張りがない。

 ふぅ、としんどそうに息を吐く顔色も悪い。

「大丈夫か、熱でもあるんじゃないのか?」

 そんな友人の様子に俺は保健室に行くように勧めた。

 だが和毅の方は「今日は日直だから」と俺の言葉を無視して席を立とうとする、が。

「おっと……」

 気丈に振る舞う態度とは裏腹にふらついて机に手をついた。

 額に手を当て、苦悶の表情を浮かべる。

 呼吸も乱れているようだ。

 これは放っては置けない。

「やっぱ、保健室に行けって。日直の仕事は代わりにやっとくから」

「悪い、頼むわ……」

 今度は和毅も観念したのか、俺の言う事を聞いてくれた。

 彼を保健室に連れて行き、彼に代わって日直の仕事をし始める。そして日誌を書き終え、職員室に届けた時には時計は午後4時を少し回ったところだった。

「あっ、やっべ……」

 それを見た俺はすぐさま生徒会室に向かった。

 今日は会長から4時に来るよう言われていたんだった。

 急がないと……。

 一段飛ばしで階段を駆け上がり、3階にある生徒会室の扉を勢いよく開ける。するとそこに件の人物が座って忙しなく手を動かしていることを確認した。

 開口一番、謝罪する。

「すみません、遅れました!」

「礼君、遅かったわね」

 俺からの謝罪に一切の視線もくれず、その人物は目の前の資料に目を通しながら一言だけ呟いた。

 表情は変わらないけれど、相当ご立腹のようだ。

 纏う雰囲気がピリッとしている。

 そっと部屋に備え付けられた時計を見ると4時5分を指していた。

「いいから、早く仕事をやって頂戴」

「はい……」

 会長から分厚い資料を渡される。

 えっ、これ……?

「それに一通り目を通して、この資料に何か追加するところがあれば指摘して」

 呆けている俺にお構いなく指示が出される。

「わ、分かりました……」

「それが終わったら、次はこれもお願い」

 えっ、まだあるんですか……。

 さっきの資料だけでも、漬物石かっていう重量でしたよ?

 戸惑う俺を気にかけるそぶりも見せず、会長は自分の仕事を淡々とこなしている。

 それも膨大な量の仕事を。

 生徒会長――小泉零華は、デキる生徒会長だ。俺と同じ二年生の頭から生徒会に入り(生徒会長で生徒会入りだけど)、会長になって今は二期目。その仕事の速さと効率的な生徒会運営は、先生達からの評判も高い。

 また、会長としてではなく一個人としても、クールな性格と生徒会長という役職が相まって高嶺の花として人気が高い。宝塚の男役にいそうな引き締まった顔立ちと8頭身はあろうかというスタイルの良さで、男女問わずファンが多い。

 間違いなくウチの高校のマドンナだ。

 誰からも信頼され、尊敬のまなざしを向けられる彼女。

 俺も最初の頃は生徒会に入ったことに内心喜んでいた。こんな美人と生徒会メンバーとして同じ時間を過ごせると思うとワクワクが止まらなかった。これまではパッとしなかったけれど、今日からやっと鮮やかな高校生活が始まるんだ――しかしそんな淡い妄想は入会して一か月ちょっとで泡と消えた。

 彼女の俺に対する扱いが日に日にひどくなっていったのだ。

 きっかけは5月に行われた体育祭だったと記憶している。一人で仕事を抱え込んでいた(ように見えた)彼女を手伝ってしまったことが災難の始まりだった。

 仕事を無事に完遂し、二人でジュースを飲んでいた時。「また、よろしく頼むわ」とクールな会長が珍しく微笑んだのだ。

 そのギャップ萌えというか、わちゃっとワンチャンというか。

 優しく微笑まれた俺は条件反射のように、「またいつでも手伝いますんで、言ってください!」と下心丸出しの安請け合いをしてしまったのだ。

「会長、クールでカッコ良かったです!」という余計な言葉も添えて。

 ほんと、自分でも何考えてたんだと思う。

 当時の俺を殴ってやりたい。

 そのせいで、どこに提出するかもわからん書類と格闘する毎日が待ってるんだぞ。

「ねぇ、まだかしら……」

「す、すみませんっ、すぐに終わらせます!」

 忙しい時に仕事を手伝うだけならまだよかった。

 この会長、他の生徒会役員の仕事を俺に回してくる今どき珍しいブラックパワハラ会長でもあったのだ。今日のように遅刻するとペナルティとして他の役員がやるべき仕事を回して、その役員には帰宅させる……なんていう、俺に恨みでもあるんじゃないかっていうくらいの仕打ちをしてくる。

 おかげで、最近は生徒会室で会長以外と顔を合わせていない。副会長とか、何してんだろ……あっ、副会長は今体調不良で保健室だったわ。

 てか、書記も会計もみんなどこへ行ったんだ。

俺はただの庶務だっていうのに。

 担当外の仕事を回され「やってられない」というのが正直な感想だが、生徒会役員でいれば内申がある程度プラスに働くので、奥歯をかみしめながらも仕事を日々こなしている。

『でも、会長は俺以上の仕事してんだよな……』

 チラッと隣を見ると、そこには漫画で出てくるような大量の書類。

 恨み節の一つでも言いたくなるが、指示する本人がこれだけやっているのだから強くも言えない。

「お待たせしました」

「ありがと。じゃあ、次はこれね」

 やっと一つ目の仕事を終わらせると、会長は「はい」と間髪入れずに次の仕事をふってきた。

 書類を持つ手が心なしか見た目以上に重く感じる。

 普通「生徒会ってこんなに仕事ないだろ」とは思う。ただこの会長、公約以外にもやたらと活動内容を拡大するもんだからキリがなくなっているのだ。生徒会として全力でしているのはいいことだと思うが、生徒会役員(約1名)の事も少しは気遣ってほしい。

 再び書類に目を通す。

 タイトルは「クリスマスに伴う生徒会主催のパーティー計画」の文字が。

 と〇ドラ!かっ。

 クリスマスに生徒会でパーティーしなくてもいいだろ。

 竜二と大河でもいるのかこの学校。

「……あの、なんですこれ?」

「要望が多数あったのよ」

 ソウナノカーで済ませられたら話は早い。

 そんな要望、断るのが普通じゃないんですか?

「でもこれ、学校が許可しないんじゃないですか」

「だから許可させるために書類作ってるんでしょう?」

「そ、そうでしたね……」

 絶望を感じつつ、もう一度書類に目を落とす。

 これは何かと大変そうな書類だ。

 頬を叩いて気合を入れなおし、俺はペンを右手に臨戦態勢に入った。


「終わりました……」

 それから何時間経ったのだろう。外はすでに真っ暗になっている。

『殴り込みじゃいっ‼』と言わんばかりの勢いで書類に戦いを挑んだ結果、脳内がへとへとになりながらも、何とかある程度の形まで書類を持ってくることができた。

「お疲れ様。もう帰っていいわよ」

「お疲れさまでした……」

 ボーっとしつつ会長に一礼する。

 会長はまだ書類に校正を加えているようで、来た時となんら変わらず書類に目を落としていた。

「お先に失礼します……」

 そんな会長を横目に、俺は生徒会室をあとにした。


     ※


「あ~、甘いものが食べたい……」

 真っ暗な夜道を歩いていると、ふとそんなことが脳裏をよぎった。

 いつもは甘いものなんてあまり自分から食べに行くタイプでもないんだけれど。今日は頭をこれでもかっ、というくらいフル回転させたから脳が本能的に糖分を欲しているのかもしれない。

 我慢できなくなり、途中にあるコンビニに立ち寄った。

 真っ先にスイーツコーナーに足を向ける。そこには色とりどりのスイーツたちが所狭しと陳列されていた。

 ショートケーキにロールケーキ、それにシュークリームやプリン……。

「へ~期間限定か」

 ただでさえ色んな種類のスイーツが並んでいるのに、期間限定のスイーツもたくさん並べられている。秋限定のマロン味やハロウィンを意識したパンプキン味……パッケージに印刷されている美味しそうなスイーツの数々に喉が鳴った。

「どれにしようかな……」

 予想外の選択肢の多さに戸惑ってしまう。

 俺の少ない小遣いから考えて、買えるのは一個だけだ。

「パフェも…………でも、和菓子もあり…………おり、はべり」

 いまそかり、だなこれは。

 目の端に生どら焼きの文字が見えて目移り。

 うーん。

 優柔不断が顔を出し、俺を悩ませる。

 まずは洋か和か、どっちにしよう。

 悩む背中に店員さんの「いらっしゃいませー」「ありがとうございましたー」が繰り返し響き渡る。自分より後に入った客が次々と出ていく中、俺はまだ悩んでいた。ちなみに、今はプリン系かパフェ系かで検討中だ。

 プリン系かパフェ系か……子供の時からの夢が詰まっているこの二つのスイーツの二者択一が脳内で激しく議論されたわけだが、その中で繰り広げられた感動エピソードは話すと長くなるので割愛する。

 決して疲れてフリーズしてたんじゃないんだからねっ!

 そして紆余曲折の激闘を経た数分後。

「……これにしよ!」

 俺は「期間限定・特製パンプキンプリン生クリーム入り」を買うことに決めた。決め手は商品下のポップに「大人気‼売り切れ続出‼」ということが書いてあったため、それに流された形だ。

 なんか、結局ポップに踊らされるって……。

 やっぱり別のに変えようかなとも思ったけれど、もう面倒くさかったのでポップは偉大であったという結論で自分を納得させ、レジに向かう。

「一点で、230円となりまーす、いらっしゃいませー」

 会計をしていると店員が入り口に目を向け、流れるように声かけをした。

 ふと俺もその方向に目を向けると黒髪ロングでうちの制服を着た女子が入店した所だった。その制服のリボンの色から同じ二年生であることも分かる。

 ひどく疲れているようで、少しうなだれているが、そこから顔がチラっとあらわになり…………その顔を盗み見た俺は自然と顔を背けた。

 か、会長っ……⁉

 背中越しの会長に緊張が走り、背筋が凍った。決して悪いことはしていないし、逆に手伝ったことを感謝されるべきなのだが……どうやら今までの蓄積からトラウマができてしまっているらしい。

 自分でも驚くこの回避能力。

 反射と言ってもいいレベルなんじゃないか。

 その甲斐あってか、幸い彼女の方は俺に気づいているような様子はなく後ろを通り過ぎていってるし。

「ありがとうございましたー」

 俺は会計を済ませるとそそくさとコンビニを後にした………………訳がない!

「何してるんだ、会長……?」

 入り口の端に隠れ、彼女の行動を観察する。どうやらスイーツコーナーに行ったようで、さっきまで俺が悩んでいた所で同じようにきょろきょろと周りのスイーツを見渡しながら悩んでいた。

 会長、スイーツ食べるんだ……。

 なんでか知らないけど、干し芋とか食べるイメージあったわ。

 だが、その表情はいつも通り鉄仮面のような表情のままで、アハハ~と能天気に踊っている少女漫画のキャラのような明るいものではなかった。

「やっぱ会長……変わらんな」

 その表情を見て、ひとりため息をつく。

「あれにしようかな、これにしようかな」と表情をコロコロと変えてスイーツ選びをしていれば可愛いのに…………いや、それはそれで不気味だな。

 悪人のように、へっへっへっと口角を上げて笑う彼女が目に浮かんだ。

 そうこう妄想しているうちに、スイーツを決めたらしい会長がお堅い表情のままで会計を済ませていた。

 や、やばい……!

 咄嗟に入り口から離れ、それと同時に自動ドアが開いた。

 息をひそめる。

「はぁ~、ここにもなかったぁ…………」

 店から出てきた会長は開口一番、淋しそうに呟いた。

 いつもよりも声音が甘い。

「期間限定パンプキンプリン食べたいよぅ~~」

 すぅっと夜空に消え入るような声が響いた。まるで声優さんが出しているようなシャランとした可愛い声だった。

 潤んだ瞳がかすかに光る。

 俺はこの一瞬の出来事に目を疑ってしまった。

 何度も目を擦る。

 か、か、会長…………だよな?

 俺の目の前にいるのは、鉄仮面・小泉会長だよな?

 石〇純一と見せかけて小石田〇一だった、みたいなパターンじゃないよな?

 二、三度目を擦ってから凝視するが……やはり目の前にいるのは会長だった。

「か、会長っ……?」

 うそん、と放心状態になった口から本音が漏れ出る。

 すると俺の声が聞こえたのか、すごい勢いで彼女がこちらに振り向いた。

 すぐに目が合った。

「れ、礼君っ⁉」

「ど、どうも…………」

 瞠目する会長。

 彼女のこんな反応も新鮮だった。いつも冷静沈着、泰然自若、性格横暴を売りにしている彼女からは考えられない、余裕のない会長。口に手を押さえて驚く彼女に会長も女子なんだな~、と場違いな感想を抱いてしまう。

 見つけられた俺は恐る恐るコンビニの陰から姿を現した。

「…………もしかして、今の見てた?」

 気まずそうに俺を見たり見なかったりしながら訊ねてくる。

「…………はい」

 いいえ、見てません。可愛い声を出す会長なんて見てませんから、と紳士らしく言おうか悩んだが、憤死しそうな彼女がいたたまれなくなって正直に答える。いつもは白雪のごとき頬がイチゴのように真っ赤になっていた。

 また仕事増やされるの決定だな……。会長のあられもない姿を目にして、何もなしで済まされるわけがない。

 こんなことなら会長なんか気にせず、早く家に帰るんだった。

 次の彼女の言葉を待つ。

 だが。

「そう…………じゃあ私はこれで……」

 身構えていた俺は拍子抜けしてしまう。

 言葉を振り絞るように彼女が言ったのは、たったこれだけだった。「し、死ねっ⁉」という言葉の一つぐらい言われるものだと思っていたのに(決して俺が待ち望んでいる訳じゃない)、彼女はさっと身を翻すとその場を後にしようとした。

 その背中を見つめてホッと肩を撫で下ろす。何か恐ろしいことを言われるものだと思っていたから、何もおとがめなしなのはありがたい。

 でも、その背中は何故か寂しそうな背中だった。

 どこか後ろ髪を引かれる、そんな背中。

 このまま別れてしまえば、何だか自分が後悔するような気がした。

「ま、待ってください!」

 トボトボと覇気のない足取りの会長を呼び止める。

「な、何…………かしら?」

 俺の声に彼女は少し驚いたように振り向いた。

「会長……さっきパンプキンプリン食べたいなぁって言ってましたよね?」

「え、ええ…………あと、真似はしなくていいから……」

 恥ずかしそうに口を尖らせる。

 あっ、可愛い……。

 いつもこうだったらいいのに。

「会長、食べたいんですよね、パンプキンプリン?」

「…………ええ、食べたいと思ってます」

 いつもの自分に戻そうと必死に口調を整えようとする会長。しかし、頬は平常に戻せておらず、ほんのりと色づいている。

「……俺のパンプキンプリン、食べます?」

「ええっ⁉」

 いきなり前のめりになる。

「も、持ってるの、パンプキンプリンをッ⁉」

 ち、近い…………顔が近い。

 信じられないくらい近くに彼女の整った顔があり、その瞳にはキラキラと星が輝いていた。いつもの会長って何だっけ、と思ってしまうような可愛い笑顔を浮かべた女子が目の前にいた。

 

  ※


「ん~~、おいひぃ~!」

「ははっ……良かったです」

 小泉会長は公園のベンチに座り、おいしそうにプリンを頬張っている。

 ちなみに俺は会長が代わりにくれた牛乳プリンだ。

 ただ俺は牛乳プリンを味わうというよりハイテンションな彼女を見つめるのに忙しかった。いつも怖い顔して俺にだけ仕事を回りてくるパワハラ会長が、目の前で小さな子供のように一つのスイーツを幸せそうに味わっている……そのギャップが信じられなかった。

「ふぅ~、おいしかった~!」

 食べ終わって唇をペロッとなめる。

 なんだこれ、可愛いかよ。

「も、もしよかったら、俺のプリンも食べます?あんまりお腹減ってないので……」

「えっ、良いのっ⁉」

 あまりにおいしそうに食べる彼女に俺のプリンも差し出す。すると彼女は再び目を輝かせて、プリンを食べ始めた。

 餌付けを思い出すな、これ。恐る恐る差し出した人参をすごい勢いでジャガリコしていくウサギのように、会長も一口また一口とプリンを口に運んでいく。

 なんか可愛いな、会長。

 夢中にプリンを頬張る会長は見ていて飽きなかった。

「ずっとこうだったらいいのに…………」

「ふぇ?」

 気を抜いていた俺は、彼女の声にハッとした。

 が、もう遅い。

 心の声が漏れ出てしまっていた。さっきみたいに、勝手に言葉が口から零れ落ちていた。

 そのせいでさっきは会長に気づかれたし、今回は余計な一言をいうなんて。学習せずに同じミスするなんて……はぁ、ラノベ主人公かよ。

 ラノベ主人公過ぎる自分にあきれ、また、その事実に浸っていると、会長が「いま言ったのはどういうこと?」というような顔でこちらを見ていた。

 さっきまでのゆるゆる日常系はどこへやら急に戦慄が走る。

 いきなりのシリアス展開なんて、聞いてないっすよ……。

 でもまぁ、その原因を作ったのは俺なんですけどね、すみません。

「え、えっとですね……これは~…………」

 必死の弁明を図ろうとするが、額から一筋の冷や汗が落ちた。ジッ―と俺を凝視する会長からさりげなく視線を逸らし、何か上手く誤魔化す方法はないか、頭を回転させる。

 仕事を増やされるのだけは勘弁してほしい。

「あの…………ですね」

 だが、良い言い訳は何一つ思いつかない。くそっ……、放課後の仕事で俺の少ないMPが底をついていやがる…………!

 言い訳は机の上で考えるんじゃない、目の前で考えるんだ‼

 仕事を増やされたくない一心で「あー」だの「うー」だの言って時間を稼ぐが、結局何も思いつかなかった俺は言葉に詰まってうなだれてしまう。

「す、すみません…………」

 これは、怒り爆発だな……。

 せっかく仕事も終わって、可愛い会長も見れたのに、ツイてないな……。そういう所も含めてラノベ主人公なんだよ、自分などと一人反省会を開いていると、それまで黙っていた会長がついに口を開いた。

「――礼君は、ずっとこんな私が良いの?」

 ……えっ?

 叱られるとばかり思っていた俺は、その甘い声に思わず顔を上げた。そして、驚く俺の目の前には、上目遣いでこちらを見つめている会長の姿が。

「か、会長?」

「礼君って……クールな私が好きなんじゃないの?」

「は、はい~…………?」

 な、何をイッテルンダ、この人は。

 言ってることが唐突すぎて杉下〇京みたいな返事をしてしまったじゃないか。

 俺の思考が一斉に停止し、フリーズする。

 疲れてるのに新たな情報を追加してくるんじゃないよ……。

「クールな会長が好き、ですか?」

 体裁の上では冷静さを装って聞き返す。

「…………だって、体育祭の後に礼君言ってたじゃない」

 すると会長は恥ずかしさを隠すように小声になって、過去の言動を掘り起こした。

 忘れたの?という瞳を向けられる。

 逡巡した後。

 あ~、確かに言いました。ノリと勢いで、そんなこと。

 過去の自分の言動を振り返る。

 あれのおかげで悪夢へとひた走るわけですけど。

「私ね、人見知りで……自己紹介の時に上手く喋れなくて…………で、そのまま黙ってたらクールキャラってことになっちゃって…………」

 すると会長は唐突に自分が会長になった訳を話し始めた。

「このキャラのせいで、高校に入ってからもあんまり友達もできなくて…………なぜか、敬語で話されたりはするんだけどね?……で、生徒会長になればすぐに友達出来るでしょ~って思ってなってみたら、もっと敬遠されるようになっちゃって…………バカだよね、私」

 それまで自虐的な内容とは対照的にペロッと舌を出す会長。

 照れを隠そうとするその姿に心臓が大きく跳ねた。

「……それで、どうしようか悩んでたんだけど……体育祭の時に君にカッコいいって言われて…………それで、その……それまで言われたことなかったから真に受けちゃって………………クールキャラでもいいのかな……ううん、君にもっとカッコいいって言われたいから、もっとクールを磨かなきゃなって……」

 そこまで言って会長は俯いた。

「…………俺がカッコいいって言ったのを真に受けた、ですか?」

「そ、そう……」

 えー―――…………。

 まぁ、確かにそうですけど。

 体育祭の時の会長、カッコ良かったですけど。

 だからってよりクールになろうとした結果、部下をこき使うドSになっちゃ意味ないじゃないですか。

 それとさっきからこの人の言葉を聞いていて思ったことがある。

 会長って結構な不思議ちゃんなのでは?

 どう自己紹介でミスったら、あざといくらいの可愛さ満点の彼女がクールキャラなんて言う方向になるんだ。それに会長になったら友達増えるかも、ってそれ『一年生になったら』レベルの考えじゃねぇか。

 てか、クールを磨くってなんだ?

 ここまで俺が生徒会に入ってから半年くらいの付き合いにはなるが、彼女が不思議ちゃんだと思ったことは一度たりとてなかった。いつも仕事は迅速かつ正確だし、発言もクールで厳しい人のそれだった。

 全然気づかなかった、というか気づかせなかった……?

「じゃあ、なんでいっつも俺に仕事を回してきたんですか?」

「そ、それはっ…………………………ふ、二人きりで……い、一緒にいたかったから」

 かあぁぁぁっ~~~、と頬を一気に上気させる会長。

 ふ、ふぇ?

「え、え、えええええええぇぇっっっっっ⁉」

 夜の公園に俺の絶叫が響き渡った。

 あれだけ俺が負担に感じて、憂うつにさせていた色々なこじつけに基づく仕事は全部会長が俺と一緒にいたかったからっ?

「あと……私のクールさもアピールしたかったし」

 ふふっ、とちょっと恥ずかしそうに頬に手を当てる小泉会長。

 いや、そこは全然大丈夫です。

 逆に会長の評価、俺の中でどん底に落とす要因になってましたから。

「じゃあ、会長は嫌がらせで俺に仕事を回してたんじゃないんですか?」

「そんなことするわけないじゃない?」

 何で私が君の嫌がることをするの、とリアルガチなトーンで返される。

「で、でもっ、仕事に手こずってたらよく怒ってくるじゃないですか」

「そ、それは…………私、不器用だから……ただ礼君とコミュニケーションを取りたかっただけで…………でも会長モードだとどう話しかければいいかわからなくて」

 それでいつも怒ってたんですか?

 ただコミュニケーション取りたくて失敗するって聞いたら、高〇健も驚きだよ。

 この女、やばいよやばいよ……。

 一連の行動にツッコみも渋滞気味になってしまう。

 どんだけぶっこんで来るんだ、この会長。

 さすがに気後れしていると、

「ごめんなさい。これ全部、自分勝手よね。もし礼君が嫌だったら……クールキャラはやめるし、これから仕事も回さないから…………」

 俺が戸惑っていることに気づいた会長は、あたふたとしながらそう言うと、急にだまり込んでしまった。まるでこれまで自分がしてきたことを反省しているように。

 会長は正直な人だ。自分がこうだ、と思ったものは疑いもなく突っ走る。会長職はもちろんの事、クールな演技もそうだと思った方向に全力で演じ切る。多少それがずれていたとしても。それで、今回のように失敗してしまうこともあるけれど、それは会長がどんなことにも全力で取り組んでいることの証でもあるわけで。

 間違いなく、これは会長の長所だ。

「……俺としてはこれからもクールキャラも良いですし、仕事もこれまで通りで大丈夫です………………ただ」

「……ただ?」

 俺の言葉を待っている彼女の顔が、ずるい。

 こんな可愛い顔ができるのに、今までよく隠していたと思う。

 俺は平常心を保つように視線を逸らして。

「たまにでいいので、素の会長も見たいな…………なんて」

 一つだけ彼女に要望を出した。

     

     ※


 翌日。

「礼君、仕事はどう進んでる?」

「あっ……もう少しで終われそうです!」

 いつものように、落ち着いた彼女の声が狭い生徒会室に木霊する。

「それが終われば、今日は上がりだから」

 その言葉を聞いた俺は、やる気が俄然アップした。

 データを入力し、表をまとめ上げる。

 後は……これをクリックして。

「できました……!」

 会長にできたての書類を見せ、確認してもらう。

「うん、ちゃんとできてるみたいね。もう上がっていいわよ」

 彼女に促されて帰り支度をする。

 だが会長は仕事がまだ残っているらしく、まだパソコンに入力していた。

「……手伝いましょうか?」

「いいの?」

「一人で帰りたくないですし……」

 ボソッと自分でも恥ずかしいと思うようなことを口走ってしまう。

 そんな失言を見逃すはずもなく、彼女が俺の方を無言で凝視した。

 その視線に耐えられなかった俺は、コホンとわざとらしく咳をして何事もなかったように彼女の隣に座り直した。

そんな俺に会長は。


「ありがとうっ、礼君!」

 

 爽やかに透き通った優しい笑顔を向けてくれた。

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