第7話

王宮魔法大会に参加する魔法学園の生徒は、結局、レオム殿下とユーリの二人だけだった。というよりも、この二人が参加すると知った生徒たちが相次いで辞退してしまったのだ。


この二人と魔力に圧倒的な差があることもそうだけれど、王子殿下と公爵子息相手に対戦したいと思う強者はいなかったようだ。

その一方で自ら志願して魔物討伐部隊に入っていった出場予定者は、この二人の参加に諸手を挙げて歓迎したらしい。強者と対戦することが楽しみだということで。

なんとも頼もしいことである。


この大会は1対1のトーナメント方式で行われる。魔術師の中には魔法を武器に付与して戦う者もいるが、この大会では武器の使用は禁止されている。ただし、防具の使用は認められていて、魔法攻撃を防ぐことに対して効果の高い素材でできた服をそれぞれ着用し、それに加えて火魔法に対して高い防御力を持つ魔物、メーシュの毛で織られたマントが貸し出され、着用することが義務付けられている。

 火魔法で全力攻撃されたら灰になってしまうからね。


勝敗は円形の闘技場から外に出てしまった場合と、本人からの降参の申し出があったときに決まる。

また、勝敗が見えた後の過度な攻撃は違反で失格となる。

闘技場の側には治癒魔法使いが2人待機していて、審判は騎士団の団長が務めることになっている。

 ちなみに魔物討伐部隊の隊長は嬉々として参加するらしく、優勝候補の筆頭である。



私はユーリの戦いを見学するために、スーザン様とおやつ持参でワクワクしながら観客席に座った。


「ユーリは1番目の試合ですわね。お相手は魔物討伐部隊の新人らしいですね」


「昨年の魔法学園の卒業生ですね。私たちとはすれ違いで卒業されているからお会いしたことはないけれど、ユーリ様はご存じの方かしら?」


「どうでしょうね?組み合わせは今日の朝に行われたようなので、対戦相手のことを事前に調べることはできませんから、どのような戦い方を得意とする方なのかで、ユーリの戦い方も変わってくるでしょうね」


配られたパンフレットをスーザン様と一緒に見ながら話をしていたら、闘技場に通じる扉が開いた。始まるようだ。


扉からユーリの姿が見えると観客席から黄色い歓声が上がった。


「ユーリって人気ですね」


大きな歓声に感心してしまう。改めてこの国の女性たちの間でのユーリの人気の高さが分かる。


観客席は圧倒的に女性が多い。魔法学園で見覚えのある女生徒たちが多く集まっているようだ。

その中には、国王席の側に座っているシューラー公爵令嬢やラプラシアン伯爵令嬢の姿も見えた。


「今更ですわね。ユーリ様は王家に近い国内有数の権力を持つ公爵家の後継者であり、魔力の持ち主。それに、あの容姿ですから。憧れている女性はとても多いですわ」


本能で番(つがい)が分かる動物や魔物と違って、人間は見た目や権力が番を決める大きな決め手となるようで、長身で見目も良く、地位も権力も魔力もあるユーリはその条件にピッタリ当てはまっているらしい。


私とスーザン様は闘技場に1番近い席を確保している。結界が張られているとはいえ、最前列は危険なため女性には敬遠されているが、自力で結界を張ることができる私にとっては問題ない。

さらに、心配だからと言ってユーリからは、今日の参加者が着用しているマントと同じ素材であるメーシュという魔物の毛で織られたひざ掛けを渡されている。

メーシュは火魔法を消してしまう毛を持っているが、剣などの物理的攻撃で倒すことができるため、はるか昔、メーシュの毛が目的で乱獲をする人間たちによって絶滅寸前までいった希少な魔物である。

 現在は魔法省によって厳重に保護されていて、命を奪うことなく数年に一度、毛を刈ることだけをしている。野生ではほとんど見ることができなくなったため、メーシュの毛で織った防護類はとても高い価値がある。

 私は前世も含めて見たことはないが、図鑑で見る限りでは耳が長く、毛がフワフワしているとてもかわいらしい魔物である。


そのメーシュのひざ掛けをスーザン様と一緒に膝にかけ、ユーリの試合を見守った。


審判の合図で両者が闘技場に上がる。ユーリは普段通りの涼しい顔をしているが、心なし楽しそうである。

観客席も物音一つ出ない張りつめた空気となる中、「始め!」という騎士団長の声とともに、闘技場の空気が揺れ始めた。


この大会の主な戦い方は、風魔法か水魔法で相手を場外に押しやることである。

そのため、魔力が高いほうがやはり優位だ。

しかしながら、瞬時に魔力を発動できる能力や、魔法の組み合わせなども戦い方に大きな影響がある。


両者とも魔力を発動するための言葉を紡いでいるようだけれど、声は観客席までは届かない。

魔法を繰り出す速さは相手のほうが早い。風の魔法によりユーリの足が一歩下がるが、負けじとユーリも風魔法を繰り出す。

魔力はユーリが圧倒的に高いが、相手もそのことが分かっているだろう、魔法を繰り出す立ち位置を細かく変えながら、次々と風魔法を放っている。


魔力が次々と放出されるのをワクワクしながら見守っていたら、闘技場の上をクルクルと楽し気に飛んでいる私の契約精霊であるエメさんの姿を見つけた。


(エメさんも楽しみにしていたからね)


魔法大会が開催されることを知ったエメさんは大喜びだった。魔力がいっぱい放出される場所は精霊たちにとって栄養源となるらしい。イキイキとして風魔法の間で飛び回って遊んでいる。

私にはエメさんの姿しか見ることができないけれど、エメさん以外の精霊もいるのかもしれない。


1回戦は圧倒的な魔力の差を見せて相手を場外に押し出し、ユーリが快勝した。2回戦も勝ち上がり、3回戦のユーリの相手は、魔物討伐部隊の副隊長となった。

筋肉隆々の副隊長は魔術師というより武闘家といった見た目である。


開始の合図とともに副隊長がユーリに向かって駆けてきた。

ユーリはとっさに風の防御壁を作ろうとしたが間に合わず、副隊長が繰り出した足蹴りをまともに受けて場外に吹き飛ばされてしまった。

吹き飛ばされた距離を見る限り、足蹴りに風魔法を纏わせて威力を増しているようである。


「場外!タック副隊長の勝利!」


あっという間の試合終了だった。場外に蹴り出されたユーリは唖然としている。

魔力ではユーリのほうが高いだろうけれど、ユーリが魔力を繰り出すこともなく勝敗が付いてしまった。さすが魔物討伐隊の副隊長である。魔物は魔法を放出することができるまで待ってくれないからね。副隊長の見た目通りの戦い方に感心してしまった。


場外に降りてきた副隊長が何やらユーリに声をかけ、副隊長から差し伸べられた手をとりユーリが立ち上がった。

言葉を交わした後、ユーリは苦笑いをしながら私に視線を向けた。


「?」


2人が何と言葉を交わしたのか分からないけれど、視線が合ったので小さくユーリに手を振った。


「あの・・・。あれは、ありなんでしょうか?魔法ではなく、力づくで場外に出すことは・・・?」


あっけに取られた様子で呟いたスーザン様に小さく笑ってしまった。

蹴りに風魔法を使ったことには気づいてないようである。

だけど、魔法を使ってなくても問題にはならないであろう。


「ルールでは力づくはダメとはなっていないですよ」


「でも魔法大会なのに・・・」


「場外に出されたくなければ、魔法で対抗すれば良いのです。魔法で対抗することができなかったユーリの負けですわ」


武器の使用は禁止されているが、武器を使用しなければ問題はない。ルール内で行っていることなので、蹴るという行為はちょっとイレギュラーな戦い方だったかもしれないけれど、何も問題はない。

けれど、スーザン様以外にも納得していない様子の女性が騒ぎ立てる中、勝者の副隊長が何故か笑って非難の声を上げる女性たちの声に手を振っているので、笑ってしまった。

魔物討伐隊の副隊長は楽しそうな人間である。


ひと際大きな声で騒いでいる声は、シューラー公爵令嬢のものだろう。シューラー公爵令嬢の座っている席を見ると、立ち上がって文句を言っているようである。


「あれ?」


叫んでいるューラー公爵令嬢の隣に座っているラプラシアン伯爵令嬢が、何故か闘技場ではなく、国王席をじっと見つめている視線に違和感を覚え、嫌な胸騒ぎがしたのである。

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前世が竜だった令嬢は、お菓子職人の嫁になりたい! @mikan-sakura

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